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 ちりんちりんと今日もカウベルが鳴った。
 彼女がまた来たのだと確信して本を閉じる。
   

それはそれは血のような


 昼に来た魔理沙はキノコを持っていなかった。それがいつからだったのかを僕は覚えていない。
 ただそれでも普通に会話はしているし魔法の相談に乗る事もある。
 前は生理現象が来ない事を相談されてしまったのでアリスを呼び泊まらせた事もあった。
 思えば最初に僕の所へと来たのはきっと大きな間違いだったのではないだろうか。
「あら。……魔理沙、来ていたのね」
 勿論、今の店にあの魔女はもう居ない。だから彼女は魔理沙の残り香、いや残滓でも感じ取ったのだろう。
 あの子が住んでいる場所の匂いは独特だ。とはいえ犬でもなければ嗅ぎわける事できないだろうに。
「昼間にね。ツケは相変わらず払ってくれないよ。……それでこんな夜更けにどんな御用かな」
 風に揺られて鈴の音が軽やかに鳴り響き、彼女は僕の言葉を無視する。
 まるで鈴の音に言葉が遮られたとでも言うような薄い笑みを浮かべながら。
「それで良い物あるかしら店主さん。何か珍しい物とか、ね」
 彼女はいつもこう言う。これが妙齢の女性に言われた台詞ならば僕も男として多少の高揚は覚えるのだが。
 いや、だが目的を理解していれば例えそれがどんなに魅力的な女性だろうと心は萎んでしまうだろうか。
「頻繁に来ないのは嬉しいけれどそう易々と売りたくない品物だよ。出きるならこのままお帰り頂きたい所だ」
 恒例の文句。通過儀礼のような言葉。
 僕らは毎年、いや半年に一度の割合でこんな会話をする関係に成り下がっている。
「あの時は喜んで施したのに、最初だけ甘くして後は厳しいなんて詐欺師のようね」
 お湯を温める。どうせ彼女以外に客は来ない。なら今夜は一夜の暇つぶしを兼ねた娯楽を楽しもう。
「互いに弱っていたからさ。雨に打たれれば身体は冷える。夏なら余計にね。互いに冷えた身体を温めるために僕はあげたし君も受け取った。それだけの事じゃないか」
「それは認めるわ。でも暖め合う切欠を作ったのは一体誰だったかしら?」
 切欠はきっと僕だろう。そこを付かれてはぐうの音も出ない。
 だが原因はそもそも彼女だ。あの瞬間現れなければ僕だってもう少しまともな思考が出来ていただろう。
 とは言ってもそれはすでに起こった出来事で語る意味もないのだが。
「それはそれとしよう。それで、そろそろ君はここに来る事もなくなっていいんじゃないか」
 今までとは少しだけ違う話を投げる。
 そろそろ彼女もわかっている事だろう。
 馴れ合いの関係が悪くないとは言わないが、それは健全という言葉とは程遠いという事に。
「不健全だからって? 貴方に言われたくないわ。私も貴方も健康って言葉とは遠いでしょう」
「僕は半分妖怪で君は妖怪だからだよ。痛んだリンゴは周りにも感染するしね」
 心の均衡が壊れてしまえば、それは狂いだ。狂った妖怪は誰の始末にもおけない。博霊の巫女が出張るか妖怪賢者が動く事態になるだろう。
「貴方もいい加減しつこいわねぇ」
「君が気にしなさすぎなだけだよ」
 だが正直な話をしてしまえばこの関係が永遠に、僕が死ぬまで続いても問題がないいうのも事実だ。
 傷を舐めあって、かさぶたにしないように何度も傷つけあう。それを舐めあう、そんな永遠。悪くはない。
 だが、好ましく思えないのも事実だ。
「いい加減いいだろう。たまたま手近に居た、人間のような物を慰み物にしたかった君と、僕を少しでも必要とする子が欲しかった僕だ」
「残念だけど私はまだ必要だし貴方もまだ必要でしょ。そういう存在。あと百年もすれば大丈夫だと思うんだけどね」
「あと百年もしたら習慣になっているよ。続ける事に疑問を覚えなくなったらおしまいだ。何より、僕らは他人でしかないんだ」
 子ではない。夫婦でもない。主従でもない。僕らはあくまで他人だ。だからそれなりである必要がある。
 そうしなければ、縁が続きすぎてしまう。
「……あぁ、そういえば、そんな事を言ってたわね。子は一世、夫婦は二世、主従は三世、他人は五世。まぁ私たちが死んでも生まれ変わるのかわからないけどね」
 僕はまだしも、妖怪は闇に還るだけだろう。いや、僕も実際はどうなのだろうね。案外なりたくもないのに地縛霊にでもなるのかもしれない。
 それはそれで地にも血にも縛られた哀れな男として教訓も含めた笑い話にでもなるのだろうか。
「まっ、色々置いておいてさ。そろそろいいんじゃない?」
「……他の女の匂いがするんじゃないのかい?」
「馬鹿ね。それを征服するのがいいんじゃない」
 ヤカンが鳴くように音を出す。月は僕らを覗いているように窓から見えている。鈴の音は喉を鳴らすかのように鳴らず。
 彼女は、僕を組み敷く。
 動かれた時にはもう遅かった。飛び乗るように僕を押せば枯れた枝を踏み潰すように、彼女は僕の身体を倒しているのだ。
「……せめて火を止めさせてくれないか」
「そっちはデザート。こっちが主食」
 彼女は口を小さく開けて、赤い舌で自身の唇を潤す。
「こんなにも月が紅から、楽しい夜になるかしら?」
 だから、僕は飲まれる瞬間を一瞬でも延ばそうと抵抗を行おうと考え、放棄する。
「こんなにも月が紅のに、永い夜にはならないさ」
 最後の会話は終わり、真っ黒な礼服に身を包んだ彼女は僕の喉に小さく噛み付いた。