「咲夜、散歩をするから付き合いなさいな」
「はいお嬢様」
 紅魔館の当主、レミリア・スカーレットの言葉に完璧で瀟洒なメイドである十六夜・咲夜がすぐさま、というには少しだけ時間を要したが日傘を用意する。
 すでに準備は終わっているらしくレミリアは日傘を受け取って歩き出した。咲夜は侍従として当然の振る舞いとしてすぐ後ろに侍る。
 妖精が動く館を出て外へと踏み出す。
「お二人ともお出かけですか? お気をつけてー」
「ええ。夕方には戻るからよろしくね美鈴」
 門番の仕事を果たしている紅・美鈴の前を通り二人は館の外を歩き始める。
 太陽の光は眩しく大地を照らし、温かい風は二人の体を撫でていく。
「……嫌な天気ね」
「全くですね。干しておいた洗濯物が乾いて太陽の匂いを残すほど嫌な天気です」
 機嫌悪く言うレミリアに咲夜はのほほんと言葉を返す。主人が黒といえば白であっても黒になるのだから当然の返答と言えた。
 多少皮肉気に聞こえるのはご愛嬌という奴だろう。
「布団はきちんと干してきたの?」
「勿論です。まだまだ他には任せられませんから」
 冷静な顔をする咲夜を見上げ、そう、と言葉を返してレミリアは前を歩く。
 しばらく無言で二人は歩き続ける。安らかな静寂が続く。
「嫌な天気は少し眠たくなるわね。咲夜、木陰は近くにあるかしら?」
 侍る咲夜に顔を向ける事なくレミリアは言って咲夜は言葉を受けて首を回そうとしてすぐそばにある木陰に気付く。
「はい。丁度良い場所に」
「そう。なら少し座りましょう」
 先に歩き先に座り。
「こんなに悪い天気だと眠たくならない?」
 横に座る咲夜へとレミリアは問いかける。
「こんなに悪い天気ですので、少しばかり美鈴の気持ちもわかります」
「そうね。それじゃあ私の膝に頭を乗せなさい。これは命令よ」
 それは、咲夜にとって予想外の言葉。本来なら自身が頭を貸すべき場面。
 普通ならそれに対して一度の拒否をするべきなのだろう。だがそこは完璧で瀟洒なメイド。主の威厳が損なわれる事がないように、また主の心配りを受け取るために一礼と微笑みを浮かべて寝転びその膝へと頭を乗せた。
「最近疲れていない?」
「十分に休息はとっているつもりですよ。何か館にご不満が?」
「ないのが不満かしら」
 メイドを叱る手間も貴族には必要なのよ、とレミリアは笑い。
 これからどこか手を抜きたいものです、と咲夜は微笑む。
 互いの木陰から太陽の光を見つめながらゆっくりとした時間が流れるままにその場で同じ体勢を取り続けている。
「咲夜、休暇を取る事になりそうかしら?」
「……どうでしょうか」
 曖昧な微笑みを浮かべて咲夜はレミリアを見ながら言葉を紡ぎかねるようにしていた。
「休みは欲しい?」
「短い休みで結構です。お嬢様のお世話ができないのではもっと疲れてしまいますわ」
 次の問いにはころころと笑いながら答えた。本心からだとわかるような笑みで。
「お嬢様はお綺麗ですね」
「咲夜の方が綺麗よ」
 膝に乗っている頭を撫でながら言う。
「貴女の方がよっぽど美しいわ」
 続かない言葉を吐き出し咲夜はレミリアに撫でられるがままにされる。どこか恥ずかしげに、どこか誇るように。
「ありがとうございます」
 礼を一つ言葉にして、しばらくの間無言が続いた。
 雲が流れ太陽が少しだけ傾く程の時間。二人はそこに居続ける。
「ねぇ咲夜。紅魔館は最高よね?」
「勿論ですお嬢様。私の主が居るお屋敷ですもの、最高でなくては困りますわ」
「そうね。それに、最高に楽しいもの」
「貴女の居る場所ほど楽しい場所は幻想郷と言えど中々ありませんわ」
 レミリアの言葉に咲夜は心のからの真実を告げる。
「ええ。……眠い? 咲夜」
「少しばかり。でもまだ寝るのは早いと思いたいのですが」
「あら、吸血鬼は昼寝るものよ。その侍従が寝ていても不自然じゃないでしょう?」
「そうですね。では少しばかり、眠らせて頂きます」
 言って、咲夜は静かに目を閉じる。その顔をレミリアは静かに壊れ物を扱うような手で撫で続ける。
 太陽が沈み始め空が茜色になるまでそのままで居て。
「……ありがとう、咲夜」
 咲夜は、眠り続けている。レミリアの声に応じることなく、静かな顔で。
「綺麗な顔ね。嫉妬しちゃうわ」
 レミリアは微笑みを浮かべながら、咲夜の頭を抱きしめる。
「休暇を出すわ咲夜。だから、またね」




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