香霖堂店主、森近・霖之助は静かに本を読む。
 客は稀には来るのだがその稀は今日ではないようで、霖之助は一人で静かに読み進めていく。
「相変わらず辛気臭い顔をしているわね」
 ちりんとカウベルが鳴り香霖堂に一人、いや一匹の妖怪が入ってくる。それに対した霖之助は顔を上げるだけで終わらせる。
「あら、お得意様が来たっていうのに何か言葉はないのかしら」
「いい加減、君が来るのも慣れたんだよ」
 時間は三時。時計の中に潜む鳩が外に飛び出し餌を要求するには良い時間。
 レミリアはやってくるのは決まってそんな時間だと言う事を霖之助は長い時間の中で理解していた。
「あはは。慣れるのはいい事だと思うわ。店主、紅茶の時間よ」
 そんな風にレミリアは言って勝手に中に上がりこむ。それに頭を指で押しながらも霖之助は紅茶の茶葉を取り出して準備を始めた。
「君のメイドは紅茶を入れるのが得意じゃないのか?」
「何年前の話をしてるのよ。人間は成長するのが早いのよ?」
 霖之助は良く知っている事を聞きながら苦笑する。人間の成長は早い。妖怪らに比べて早すぎる程に。
「そうかい。それで、紅茶を飲みにきたわけじゃないだろう。あてつけに使われるのはアレ以来やりたくはないんだが」
 新しいメイドの紅茶が不味いからという理由でこの店まで来ていた事を思い出しながら霖之助は紅茶を入れる。
 一応はお得意様という事で血のサービスも忘れない。
「一応聞くが僕の血は美味しいのかい」
「だったら無理やりにでも吸うわよ」
 それもそうかと納得し霖之助は紅茶をレミリアの前に出し、人里で買ったクッキーを棚から取り出し前に置く。
 それを見ながら、レミリアは溜息を吐く。
「そうやって怠ってるからうちのメイドに抜かされるのよ」
「僕は別にパティシエになりたいわけじゃないよ」
 苦笑しつつ紅茶を出し、二人は向かいあって座った。
「それで何の用だい? 入り物は君の所のメイドが仕入れているはずだが」
 座り、紅茶を飲みながら霖之助はレミリアへ問いかける。
 涼しい顔で紅茶を飲みながら懐へ手を入れて、写真を一枚取り出されるのを見ながら霖之助は怪訝そうな顔でその写真を手に取った。
「……ああ、これはまた。懐かしい」
「咲夜の部屋をようやく掃除する気になってね。そしたらこれが出てきたのよ」
「それは半分忘れていただけだろう」
 写真に映っているのは霊夢や魔理沙。咲夜などを中心としたとある日の宴会。
 それは何気ない日常だったのだろう。
 霊夢はいつものように苦笑しながら呑んでおり。魔理沙は大笑いをしながら呑み。咲夜はレミリアに酒を酌んでいる。
 他にも多くの妖怪などが映りこみその日の情景を想起させる。
「随分と、懐かしい物を」
「ええ。こっちには沢山あるから一枚あげようかなってね」
「……ありがたく受け取っておくよ。少し経ったら誰かにあげるかもしれないがね」
 その写真を懐に仕舞い、改めて霖之助はレミリアを見る。
 ドレスの色は黒。帽子もまた黒い。
「それで本題は?」
「そろそろ執事やらない? 店主のいれる紅茶も嫌いじゃないんだけど」
「冗談はともかく……本題はなんだい?」
 笑顔で出された事を切って捨てて霖之助は溜息をついて問いを投げる。
「そろそろ異変を起こすから、巫女の服でも用意しておいてよ。代えを作ってた方が店主も楽でしょ?」
「アレから随分時間が経ってるからね。……今回の巫女でも見ようって事かい?」
 呆れながら首を横に振りだが止める事はない。
 平和な現代において博麗の巫女が平和ボケなんて起こさないように異変はそれなりの頻度で起こらなければならない物だからなのだろう。
「前回の理由はよく覚えてないが今回はどんな理由で起こすんだい?」
「最近は吸血鬼の恐ろしさが話されてないらしいのよねー。なら、怖さを少しぐらい思い出させないと妖怪の恥じゃない」
 満面の笑みで言う姿。それは直接的な怖さは感じる事は出来ないだろう。
 だが。
 底知れぬ恐ろしさを覚える事は出きる。
「どうやって起こすんだい?」
「これからパチェとでも考えるわ。まぁ、期待して待ってなさい」
「霧はやめてくれよ。洗濯物が乾かない」
「メイドにも言われるし善処するわよ」
 肩を竦めながら言うのを見てから霖之助は紅茶を飲み始め、レミリアも同じく飲み始める。
 それから二人は他愛もない会話をした。
 必然的にそれしかする事もなかったのだろう。
 時計の針が三から五に移動する間は話しを続け、レミリアが立ち上がる。
「それじゃあね、店主。この店を辞めたくなったらうちの執事として雇ってあげない事はないわ」
「機会は僕が死んでも訪れないと思うがね。……そうだ、最後に一つ聞きたいんだが妖怪は死ぬとどこへ行くんだろうか?」
 店から出ようとしていたレミリアが立ち止まり、困ったような笑みを浮かべて振り返る。
「消えちゃうんじゃないかしら?」
「六道を巡る事はないという事かい」
 人の幻想から産まれた妖怪は己の存在意義を果たすために存在する。果たして死すれば善。果たせず死すれば悪。
 だが妖怪は存在意義を果たさなければ意味がない。
「さぁ? そこらは閻魔にでも聞けばいいんじゃないかしら。……歳を取ると死んだ後の事を考えるっていうから気をつけなさいよ」
 レミリアはそれだけ言うと振り返らずに去る。それを見送り霖之助は溜息吐いた。
 顔には幾つかの皺が刻まれ、すでに壮年と呼ぶに相応しい香霖堂店主。レミリアの言った言葉もあながち間違いではないのだろう。
「僕ももう歳か。……死した僕の魂が何処へ行くと言うのかを考えてしまってはそう言われるのも仕方ないか」
 もう一度溜息を吐いて霖之助はレミリアが来るまで読んでいた本を読む。
 香霖堂の時は静かに刻まれてゆく。妖怪から見れば短く人から見れば長すぎる時をゆっくりと、だが確実に。


 
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