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 月が、空に見えていた。
 霞むような形。
 丸いはずの月はぼんやりと輪郭が見えない。
「生きたままここに辿りついてしまったのか」
 声が聞こえた。
 若い男の声。
「助かりそうもないね。すぐに永遠亭にでも連れていくことができれば別なんだろうが」
 草を踏む音が近くまで聞こえてくる。
「あいにくと僕にはそんなスピードも何もないんだ。悪いね。安心してくれ、供養はしっかりと行おう。ご家族にお知らせする事はできないかもしれないが。そこは死を望んだ君の罰だ。死神と閻魔様にでも説教を……」
 何がどうなっているのか私にはわからない。
「店主さん。おこんばんわ、お品物をお引き取りにきましたわ」
 もう一つ、女性の声が聞こえてきた。
 鮮明に聞こえ。
「……ああ、ふむ。なるほど。いや、残念ながらこれは品物ではなくてね。また後日お願いできますか?」
「あら、結果は見えているのに?」
「楽しみは後に取っておくものでしょう」
 意識が、切れた。


「おや、おはよう。酷い傷だったんだが。もう動いても平気かい?」
「はい。ありがとうございます、森近様」
 先日、私は彼に助けられた、らしいのですが。その時の記憶は薄くてよく覚えていません。
 記憶力には自信があるのですけれど。
「うん。君の回復力は目を見張るものがあるね。完全に傷が治ったら、そうだな。店の仕事でも手伝ってもらうとしよう」
「あ、はい。ありがとうございます。助けてもらった上に、傷の手当まで……。仕事ぐらいならいくらでもしますのでいくらでも仰ってください!」
 服だって貸してもらっているのですし。この御礼は是非返さなければ、私は私が許せません。
 人を手伝うのも好きだし、命を助けてもらった恩は返したいと思うのが人情というものですし。
「いや、気にしなくてもいいよ。君もここに来るまでの記憶はないんだ。ゆっくりと思い出して外の世界について教えてくれるだけでも嬉しいしね」
 恩人である、森近・霖之助様はそういって微笑んだ。何故だろう、胸のあたりが軋むような、顔が赤くなるような感覚は。
「重ね重ね本当ありがとうございます!」
 礼ばかり言葉にしても伝わらない。森近様が言うように、怪我が治っていれば何か力仕事を手伝えるんだけど……。
「あ、お料理なら作れますが」
「……ふむ。いや、今度にしよう。君もあまり部屋の中にいては気が滅入ってしまうだろうから外にでも出ようか。危ない事にはならないだろうしね」
「妖怪とか、ですか?」
 昨日、私の看病をしながら森近様はこの世界についての説明をくださった。
 この世界は、幻想郷。
 人々から忘れされた存在や、闇に生きるも闇がなくなる世界に絶望して逃げてきた存在の、最後の楽園。
 故に、一般的に存在しない妖怪はこの世界に存在する。
「ああ。だがまだ昼だしね。この近くには危険な妖怪も少ない。出歩いても問題ないだろうさ」
「でもお仕事は……」
 私のせいで仕事が滞ってしまうのは遠慮したい。今でさえ迷惑をかけているのにこれ以上迷惑をかけたくないと、切実に思う。
「僕は骨董屋だと説明しただろう? お客が来なければ暇だし来たところで鼠がせいぜいさ」
「鼠……?」
 妖怪の類なのでしょうか。そういう者にも店を開いていると聞きましたが。
 疲れたような顔で仰られるのを見ると、そういう輩は退治しなくてもいいのかと思ってしまいます。
 妖怪には、適わないから諦めているのでしょうか?
「それに僕としても散歩は嫌いじゃない。本を読むがそれよりも好きというだけでね。用があれば歩く気にもなるさ」
 そう言って立ち上ガル姿を見てはこれ以上拒否するのも悪い気がするので、私は森近様に頷きを返します。
 優しい、とても優しいお方だと思います。
「では、お言葉に甘えて、よろしくお願いします」


 歩く風は冷たく、でも日の光は暖かく。その日が私には大変心地よいものと思えます。
 太陽は私を祝福してくれているような、そんな錯覚をいだいてしまうのです。
 暖かい陽の光と、優しい人。
「うん。ここから先が人間が住んでいる里だ。何かあったらあそこに行けば悪いようにはしないだろうさ。後ここらへんには、ああ居た」
 森近様が周辺の説明をしながら黒い球体を指さしました。
 あれは、なんでしょうか? 私の記憶には一切の知識が存在しないのですが。
 物知りだと思っていた自分にとっては少しショックです。
「あれが宵闇の妖怪。ルーミアだ。悪い娘じゃないから話しかけてもいいと思うよ。君なら食べられる心配もないだろう」
「森近様のお知り合いだからですか?」
「ああ、そう思ってくれていいさ」
 ルーミア、と森近様が空に浮かぶ黒い球体を呼べばその黒い球体は地面に降りてきて、霞むように闇が消えました。
 陽の光があたり溶け落ちるように。
「おー。霖之助だー。そこのはなんなのだー? お仲間?」
 中にいたのは、少女です。私は少しだけ驚きました。
 妖怪なのだと聞いていたので、見ただけで叫び声を出してしまうような存在だとばかり。
「初めまして、私は……えーと」
 そういえば、私は名前を忘れていたのです。
 森近様の家では森近様と私しかおらず、呼ぶのに不便はなかったので思わず失念してしまいました。
「仲間のようなものさ。名前は、そうだね。とりあえずハル、でどうかな? そろそろ季節も春に近いということでね」
「あ、はい。ありがとうございます! では、あの、ルーミアさん。私の名前はハルです」
「よろしくねー、ハル。霖之助ー? ご飯はないのかー?」
 ルーミアさんが呼んでくれて、私の鼓動が少し早くなったような気がします。
 森近様が名をつけてくれたおかげでしょうか?
 人に名前を呼ばれるというのはとても、嬉しいものがあります。
「残念ながら今はないよ。今度僕の店にくれば、何かしらはあげられるかもしれないけどね」
「そうなのかー。わかったー」
「ああ、そうだ。この子と今度遊んでくれないか? ここに気てからまだ慣れていなくてね」
 それもまた、驚けることでした。
 確かにこの世界にきてから外で遊ぶことも少ないのですが妖怪の方と遊ぶことになるとは予想もしていないことです。
 でも森近様が安全と判断したのですから、私はそれに従っても大丈夫なのでしょう。
「おー。わかったー。空は飛べるんだよね?」
「……いや、まだ飛べないと思う。まだ、日が浅いからね」
「え、人間でも空を飛べるようになるんですか?」
 私の言葉にルーミアさんは首を傾げて、森近様は苦笑してしまいます。
 何か変な事を言ったでショウカ? 自分ではちょっとわかりません。
「ということだ、ルーミア。今日は帰るけれど、いつでも来てくれるかい?」
「おー。ふたりともばいばいー」
「あ、はい。それでは、また!」
 手をふってルーミアさんが空に戻るのを眺めて、少しだけ羨ましいと思ってしまった。
 私もいつか空を飛べるように、なれるのでしょうか。
「うん。空の飛び方はまた今度、説明しよう。それじゃあ暗くなる前に店に戻ろうか」
「はい、森近様」
 まだ私はここに慣れていないだけなのかもしれません。
 慣れれば、ここの人たちは飛べるようになるのでしょう。


 この世界に滞在して幾日か過ぎました。
 ハルと呼ばれ、ルーミアさんとでかける度に様々な方と出会います。
 蟲の妖怪のリグルさん。八つ目うなぎを焼いているミスティアさん。氷清のチルノさん。
 他にも猫の妖怪である橙さんに、紅魔館というところの門番をしているという紅美鈴さん。
 様々な妖怪の方と出会いました。
 人間の方とはまだ一度も会っていないのですが、それでも妖怪の方々は優しくて、思わず人間よりも良い存在なのかと考えてしまうのです。
 とはいえ、なんら問題があるわけではないので困ったことはないのですが。
「んー? ハルって、なんなの?」
 チルノさんと遊んでいると、たまにそんな事を聞かれます。
 私は、人間なのですが。やはり人間が妖怪と遊んでいると不思議なものなのでしょうか?
「ハルは霖之助の仲間らしいぞー」
 いつもルーミアさんが笑ってそう言ってくれるのですが、チルノさんはわかったようなわからないような顔をして首を傾げます。
 聞いていることと何かがチガウのでしょうか?
 よく、わかりません。
「まぁいいわ! あたいがサイキョーなのは確かだしね!」
 そういって、やっぱりこの会話は終わります。
 チルノさんは何が聞きたいのでしょうか?
 私もそんなに気にすることはないと思うのですが。
「そういえばさ、ハルって幻想郷に来る前は何してたのさ。人間とか襲ってたの?」
「……あはは。何言っているんですか。人間を襲うわけないじゃないですか」
 チルノさんはいつも何か変な事を言い出すのですが、いきなりこんな事を言ってきたのは初めてです。
 それとも幻想郷では人間が人間を襲う事が日常的な事だったりのするのでしょうか?
 だったら、怖いんですが。
「……? ハルこそ何言ってるのさ、あんた、妖怪でしょ?」
「え……?」
 その言葉に、何か、ヒビが入った、気がした。
「あーあ。チルノー。待ってて、霖之助呼んでくるねー」
「ん? あたいなんか変なこといった?」
 私が、人間じゃない? いえ、そういうことじゃなくて。私が妖怪? いえ。姿を見ても、私は普通です。
 普通じゃないのは、じゃあ私はどこ? 何?
 私は妖怪? けれど妖怪は人ではなくて。
 じゃあ、私はいったい、なんなのでしょう?
「え、あ、え? あたい何か変な事いったの?」
 うろたえるチルノさんに手を横に振って別に大丈夫だということを示します。
 いえ、大丈夫です。きっとチルノさんの言った事はきっと何かの間違いです。

 ――なら私は何故こんなに動揺している――

「大丈夫です、私は、人間ですから」

 ――何故こんなにも必死に人間である自身を肯定しようとする――

「私は、私は」

 ――ここに来る前に、何をした?――

「ねぇ、あんた大丈――
「五月蝿い!」
 ほんの少し、手を振ったつもりだった。
 少しだけ力を込めたつもりだった。
「え?」
 ドサ、という音と共に前を向けば、そこには顔の半分がないチルノさんの姿があって。
 手を見れば、確かに一部が、片手についていて。
「え、うそ、そんな、でも、私、力」
 力をそんなに入れた覚えは、なくて。
「うそ、うそうそ。夢、そう、あはは。夢を見ているんだ」
 だって。こんな、人間の力で簡単に壊レルハズガナイノニ。

「ええ、人間じゃないもの」

 コトバガキコエタ。
「記録は隙間に流されても本質は変わることはないわ。やっぱり、私の言った通りになったでしょう? 店主さん?」
 イツカキイタヨウナコエ。
「……惜しいね。犠牲になったのが妖精という所が幸いかな。僕としては、もう少しは、夢が見られるんじゃないかと思ったんだが」
 モリチカサマノコエ。
「代金はお高くつきましてよ?」
「少し、安くしてもらえないかな」
「サービスしますわ」
「モリチカ、サマ。ソンナ」
「……すまないね」
 寂シソウナ顔ヲ、ナサラナイデクダサイ。
 イイカケテ。ワタシノ意識ハ、キレタ。


「人の形をした機械が、人の心をもつ。これだけ言ってしまえば美談なんだが」
 蘇ったチルノを送り適当な言い訳をしながら、僕はその機械を持ち上げる。
「すまない、持ってくれないか?」
「あら意気地のないお方」
 妖しい笑みを浮かべながら八雲・紫はそう言って軽々と持ち上げた。
 妖怪と人妖の差がこれか。これだけの力があれば道具を拾うのももう少し楽になるんだろうけれど。
「美談とは美しいだけではないでしょう?」
「全くだ。しかし、付喪神だったのか、それとも人になりかけていたのか。気になりは、するね」
 名称は機械人形。用途は、殺害。
 外の世界で作られた彼女はいったいどのように人の心をもつようになったのか。それとも、ただの妖怪化だったのだろうか。
 もしくは、二つか。
「初めて見た時は名称がぼやけていたせいで物だとは気付かなかったんだが。……記憶がなくなれば、妖怪と化す事もないと、予測したのだけれどね」
 付喪神は総じて怨念の妖怪だ。溜り、淀んだ思念や記憶が物を妖怪へと導く。
 ならば記録という物が一切なくなれば、妖怪にならず、だがその影響を受けることになるのではないかという事を思ったのだが。
 試みはどうやら失敗に終わったようだ。
 今目の前に居る彼女の名前も、用途もしっかりと見えている。
「……もしかすると、あの時に葬っておいた方が彼女には幸福だったのかもね」
 一概には言えないが。道具として終わった彼女は僕のエゴによる結果だ。
「あら、どうでしょうか。記録を失っていたとはいえ外の世界では得られない幸せを一時でも得たのです。十分過ぎる幸せではなくて?」
「……どうだろうか」
 何にせよ終わってしまったことは仕方がない。
 人に成りかけていたのか、妖怪に生りかけていたのか。今となっては確認する術はないのだからね。
「とりあえず君の予定は何かあるかい? ないなら、無縁塚まで付き合って欲しいんだが」
「あら奇遇ですわ。私も少しばかり入用で無縁塚まで向かっていますの」
 幻想郷に存在するモノは、彼女にとっては須らく慈しむ存在なのだろう。
 一部を除いてかもしれないが今はそれはありがたかった。
「ねぇ、お仲間が産まれなかった人妖さん。ご一緒してくださいません?」
「……お付き合いしましょう」
 そう。結局僕は、僕と似た存在が欲しかったのかもしれない。
 実験ということや、曲がりなりにも道具という存在という事で興味を惹かれたと言うことはできる。
 だが、結局こうなっても僕の心は動かない。
 予測していた結果だからか、それとも。
「……やはり、まだ春は遠いようですね」
「ええ。今日もまだ寒さが肌に痛い季節ですもの」
 何を考えているのかわからない表情を浮かべて紫がわらった。
 春は、ほど遠い。
 



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