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『香霖堂、酒屋開店!?』

 森近・霖之助さんが店主を勤める香霖堂で夜のみ酒屋を運営していることが本日未明明らかになった。
 何でも本人が言うには『外から来た本にカクテルの作り方が書いてあったのでどうにか自分で材料を揃えようと思いどうにか自分で集められるかと考えた瞬間に紫さんが僕に渡したんだ』とのこと。
 開店時間は夜から夜明け。行ったとしても開店していないときがあるので要注意である。
 なお、料理に関しては大抵の物を作ってもらうことは出来るが時々によってはない場合がある。
 それも含めて酒(カクテル、日本酒、ウィスキーなんでも揃えているようだ)を楽しむことが出来る。
 入場制限は七人であり、それ以上は椅子の都合上はいることは出来ない。
 本人曰く『静かなBarにしたい』とのことで、余り五月蝿くすると店から叩き出されることもあるので要注意である。
 余り味わえない種類の酒も多く落ち着ける空間にいたいというのなら貴方も一度行ってみてはいかがだろうか。


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【Bar Korindou】


 ちりんちりんと小気味良いベルの音……ではなく風鈴の音が響く。なるべくならベルの方が良かったのだがさすがになかったのだから仕方がない。
 あえて作るのもまた赴きがあっていいのだろうがそれはまた時間のある時にしておこうと思う。
「邪魔しますよ、店主」
 本日最初のお客さんは、ここを開店してからの常連とも呼べる式神、八雲藍くんだ。
 二日に一回の頻度で訪れ仕入れついでに酒を飲んでいく。飲む分以上に酒を持ってきてくれるので上客といったところだろう。
「ああ。適当な椅子に座ってくれ」
「いつも思うけど『いらっしゃいませ』とは言わないんですね」
「ここを経営するのは娯楽のようなものさ。そこまで本気になる必要もないだろう?」
 言いながらシェーカーを棚から取る。最初のうちはカップを使っていたが、見得と満足を両立させるために練習しどうにか使う必要もなくなった。ここまでくるのにどれ程の時間をかけただろうか。
 最も練習のための時間は有り余る程あったから問題はないが。
 貴重な時間を自分のために使う。それほどの贅沢はないだろう。
「今日は少し酔いたいんですけど、いつもより強いものにして欲しいな」
 正面の椅子に腰掛て藍くんが疲れた顔で溜息を吐いた。彼女の主人がまた何か無理をやらせたのだろう。
 ならば疲れている身体には、少しばかり甘いものがいいはずだ。
 注文の強さにも間違っていないだろう。
 ドライ・ジン、ライムジュース、そして砂糖をシェーカーに容れ軽く流れるような仕草で振る。自分で流れるようにというのは少し可笑しい話かもしれないがそれもまた悪くない。
 自分に酔うことさえできないのなら人を酔わす物を作ることなんて出来ないのだから。
「……ああ。作っておいてなんだか柑橘系は平気かい?」
「別に構まわないわ。そういうのは余り気にしなくても平気ですよ」
 白を基調としている色となったギムレットをシャンパングラスに注いで静かに藍くんの前に置く。
 珍しそうに香りを嗅ぎ、更に味目のために赤い舌が口から出され、グラスの中の海を舐めるように少しだけ口に含んだ。
 いつもいつも、作る側としては次が心臓に悪い。美味しく思われればそれは素直に喜ばしく、逆に不味いと思われる事は素直に落ち込む。そこに関して言えば、道具作りと大差がなく、だからこそ僕はバーテンの真似事をしているのだろう。
「……うん。少しばかり甘くて、美味しいですね」
「ああ。それなら良かった。季節は少し遅かったけれど、時間としては丁度良い時間だろうね」
「ちなみにこれの名前は?」
「ギムレット。夏の日にこそ最高の味なんだが。……君の身体も少しはすっきりしてくれるといいんだがね」
 油揚げを切りその周囲にブロッコリーを盛り付けて出す。勿論サービスだ。いや酒と代金を比べれば僕の方がまだまだ得なのだけれど。
 帰るころを見計らって酔い覚ましに味噌汁も作ってあげようか。
「柑橘系は今まで敬遠していたのだけれど悪くないですね。今度からこういうのも頼みたい」
 柔らかく微笑みながら静かにカクテルを飲む姿は、彼女にとても似合っている。
 毎回だが僕はそう思う。
 勿論心奪われるとまでは行かないものだが。けれどこの店に彼女が居るということは僕としても悪くない。
 誰かが絵を描けばここに飾ってもいいぐらいだろう。口に出して言うことは出来ないが。
「こうして静かに飲むのは好きかい?」
「そうですね……。橙と一緒に居る時間を無限とするのなら、この店に居る時間は無限から三途の川を渡る時間を引いたぐらいに好きですよ」
「素直に嬉しいと言っておくべきかい?」
「お任せします」
 静かに笑い声を立てながら、藍くんが油揚げを食べるのを微笑ましく見て、そして顔を逸らす。
 誰かの食事を眺めるのは余りよい趣味じゃない。僕の名前が霖だとしてもね。
 静かに時が流れるのを他愛も無い話をしながら感じていれば、また風鈴が鳴った。
「あら、お邪魔でしたかね」
 にやにやとした顔で入ってきた鴉天狗に呆れの顔を浮かべて僕は首を振り、また藍くんも苦笑しながら首を横に振る。
 確かに傍からみればそんな風に見えなくもないかもしれないが生憎、僕と藍くんは客と店主。もしくは友人といったところだ。
「まぁ椛も食べないようなネタですし、それにガセじゃあどうにもならないですからね。あ、私にも一杯ください。私に合ったものでも一つ」
 藍くんの隣に射命丸・文くんが座り早速注文をよこしてくる。ついでとばかりにテーブルの上に置かれたのは大きな鮭。
「成程。さかなですか」
「はい。ムニエルって奴にしてもいいですよ。そっちの方がカクテルには合いそうですしね」
 どこでとってきたのか予想以上に新鮮な鮭に、少しばかり僕も意欲が出てくる。これなら確かに閉店した後の肴としては格別だ。
 少しばかりとっておいてじっくりと味わうとしよう。
「なら魚に合うかどうかはともかく君に合いそうなカクテルでも出そうか」
 鮭をクーラーボックスの中に仕舞い、ウォッカ、ホワイトキュラソー、そしてさっき使ったライムジュースを足して静かに振る。
 文くんの目が挑戦的なのは僕の腕前を見るつもりなのだろうか。それとも未知の味へ挑戦する酒豪の瞳か。
 どちらにしても僕は楽しんでもらうだけだから関係ないといえばないが。
 振り終わり、ロックグラスに注ぐのはカミカゼというカクテル。勿論玉砕はしないが、彼女に合うのはこれだろう。
 鴉天狗の速さに追いつけるなんて、神風ぐらいしか僕には思いつけない。
「綺麗な色ですね」
「そうですね。それに匂いも中々」
 藍くんが興味深そうにグラスに注がれたカミカゼを見つめ、その視線を浴びながら文くんが匂いを嗅ぎ半分ほど口に入れ、しばらく口の中で味わった後に、こくんと喉を鳴らす。
 さて。酒豪の口にこれは合うだろうか。
「……日本酒とは少し毛色は違いますね。ここに音楽でも加われば雰囲気も出るんでしょうが。そこまでは言いません。とりあえず、味はそう悪くないですよ」
「今度来た時は私もそれを頼みましょうか。……けれど、カクテルは種類が多いから全て飲むにはどんな方程式を使えばいいのやら」
「あはは。数字の魔術師でもそれは算出できないんですか?」
「温度、作り手の微かな違いで味が変わりますからね。全体数をはじき出すのには少しばかり時間はかかりますよ」
 彼女らが話すのを聞きながら僕は鮭の調理を始める。だがその前に少しばかり趣向を凝らそうか。
 本格的な音楽とは言わないまでも確かに音楽というのは合って困るものじゃない。むしろ、雰囲気を作るなら音楽の一つでも流しておいた方が確かに良かった。
 僕が静かな方が好きだからあえて流さなかっただけで別にそれに気づかなかったわけじゃないが。
 思い至る前に、彼女に指摘を受けただけだ。
「さて。それじゃあ魚の前にこんな肴でも流すとしようか」
 レコードを店から持ってきて、流すのはかの稗田・阿求も絶賛していた曲だ。
 音楽を言葉で説明するほど僕は野暮ではない。小説風にでも言うなら想像にお任せといったところだろう。
「おぉ。一気に雰囲気が出てきましたね」
「……なんで最初から付けなかったのかと少し疑問だなぁ」 
 鮭を焼いているため今の言葉は聞こえなかったという事にしておこう。
 相変わらず静かに話している二人の話をそれとなく聞き流しながら鮭に味付けを施していく。
 更に盛り付けるがこれだけでは少し寂しいので更にレモンを添えて、これでいいだろう。
 少しばかり時間は経っていたが、しかし女性が二人居ればそれだけで時間というのは早く過ぎ去っていくものだ。
 匂いに二人が僕の方向を見て、更にその匂いに釣られたのかまたドアが開き風鈴の音が店に小さく響いた。



「今日は楽しかった。また来るとしますね」
「それでは取材ついでに来ますので、今度はとびっきりをお願いします」
 最初から最後まで居た二人が帰り、これで今日は閉店だろう。今日来たのは藍くん、文くん、レティ、八意さん、そして珍しく地下からパルスィさん。
 人数としては多いほうだろう。香霖堂の方に客が来ないのにこっちに来るというのはどうにも釈然としないが。
 けれど僕としても楽しめた。パルスィさんが酔い潰れたのは少しばかり困ったけれど。
「さて。それじゃあ鮭を焼いて一人酒と洒落込むかな」
 コップを全て洗い終え器具も洗おうと手を伸ばしたところで、シェイカーが僕の後ろから伸びた白い手によって奪われる。
 僕の知る限りこんな事が出来るのは一人しか居ないが。
「あら、今日はもう閉店かしら?」
 後ろを振り向けばそこには姿はなく、声のした正面を向けば。
「……やぁ。そうしようと思ったところだったけれど気が変わったよ」
 八雲・紫が静かに椅子に座り微笑んでいた。僕には少しばかり苦手な人だ。
 いや。けれど。
「それじゃあ、何を――」
「今日はもう閉店にいたしましょう? そうしなきゃ、貴方が飲めないじゃない」
 そういって彼女はシェイカーを柔らかい動きで振り、隙間から取り出したグラスに桃色のカクテルを注ぎ、柄を細長く綺麗な指で僕の前に置いてそのシェイカーを隙間の中に入れて新しいシェイカーを僕に渡す。
「……そうですね。なら今日は閉店としましょう。……飲む前に僕から一杯、いいですか?」
「ええ。こちらからお願いしたいぐらいですわ」
 彼女の冷たい指と僕の指が触れ、受け取りすぐに、心の内の動揺を隠すように材料を入れて、振る。
 動揺が味に出なければいいんだが。
 そうでなければ、僕がこうして振れるようになった意味がない。
 檸檬色をしたカクテルをグラスに注いで、彼女の前に差し出す。
 その間、彼女はずっと笑んだままで。まるで僕の心の奥底まで見通すような笑み。
「……何に乾杯をしようか」
 心がかき乱される。ああ、だから僕は彼女が苦手だ。
「お互いに、ではなくて?」
 そういって、彼女の手にグラスが握られゆっくりと僕の方向へと傾けられる。僕もまたグラスを握り、彼女とグラスと同じ高さにあわせ、少しばかり持ち上げ口に含んだ。
 味は、甘く。そして、苦い。それはまるで。
「ねぇ。霖之助さん」
 ハッ、と顔を向ければ彼女もまたカクテルを飲んでおり。
 酒かそれとも他の何かか。彼女の頬は仄かに赤く。
 まるで林檎のように甘そうで。
 思わず、僕は彼女に手を伸ばしてしまった。




 布団から起き上がると気だるさが身体に残っている。昨夜の熱はすでにこの手にはなく、何かを逃がしたような苦さが口の中によみがえる。
 彼女が僕に渡したカクテルの名はスイートハート。
 強烈な甘さの底に存在するのは微かなほろ苦さ。
 僕の心を見透かしていたかのような、そんなところが、僕が彼女を苦手とするところだ。
 けれど彼女という存在は僕を逃さないかのような美酒とでもいうべきだろうか。
 酒という毒は僕を蝕んでしまう。
 彼女は僕の誘いに掛かるように、けれど僕を誘い込み、僕の心をかき乱す。
 八雲・紫。
「……結局、また感想は聞けなかったわけか」
 服を着込みながら、心に仕舞えない言葉が外に出る。
 僕が彼女に渡したカクテルの名はビトウィーン・ザ・シーツ。余りにも直接な、意味。
 冬だというのに来てくれた彼女へ送るものとしては不適切だった、とは思わない。
 それだけは確信を持っていえる。
 けれど。
「甘く、苦く。そして辛い。全く、深いものだね」
 今度来た時にはカクテルの味をきちんと聞いてみたい。
 その時に僕が彼女に酔っていなければの話だが。



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