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四季流転〜終

「あら綺麗な花ね。花なんて飾る趣味が有ったの?」
 紅い、頭を垂れるように咲く花を見ながら髪についていた桜を払い紅白の巫女、博麗・霊夢が自然に入ってくる。
「ん? あぁ、霊夢か。ちょっとした縁があってね。毎年春になるとその花を渡してくる人がいるんだ。迷惑な話だがね」
 溜息をつきながら本を閉じて香霖堂店主、森近・霖之助は立ち上がり奥へと入る。
 その背中についていくように霊夢も歩き、いつもの居間に座り、霖之助はお湯を沸かし始める。
「あら、お茶をくれるの?」
「そういう気分なだけだよ。たまには出しても罰は当たらない」
「加護があるかもしれないわ。私は巫女だもの」
「白黒の鼠が来ない加護かい? それだったら嬉しいんだがね」
 もう一つ溜息をついて沸かし終えたお湯を急須に入れ、霊夢用の茶碗にお茶を注ぎついでに煎餅を出す。
「あら、珍しいわね」
「この間稗田から貰ってね。美味しい物を一人占めするほど僕は狭量じゃないさ」
「あら、私だって誰か来たら何か出すわよ」
「この間行った時は確かに鰯の頭を出されたね」
「お頭付き程豪華なものはないわ」
 適当に言い合いながら少しの間そこで静かでゆったりとした空気を楽しみ、置いた本が気になったのか霖之助はまたカウンターへと戻る。
「ところで霖之助さん。あの花の名前はなんていうの?」
 特に気になったわけでもないのだろうがなんとなくとでも言うように霊夢が座っている霖之助に聞く。
「あぁ。麝香連理草(ジャコウレンリソウ)というんだ。花言葉は自分で調べるといいさ。里の誰かに聞けば教えてくれるだろう」
「そうね。幽香にでも会ったら聞いておくとするわ」
 幽香、という名前が出た瞬間霖之助の背中が一瞬だけ強張った、ように霊夢には見えた。
「ねぇ霖之助さん」
 何気ない振りをして本を読んでいる霖之助に霊夢がお茶を飲みつつ問いかける。
「……なんだい? とうとうツケを支払ってくれる気にでもなったのかい?」
 振り向く霖之助の顔は呆れ顔であり、その言葉を本人も信じていないのが見て取れる。
 果たしてそれは当たり前のごとく的中し、霊夢はまさかとでも言うように手を振った。
「異変が一年も起きなかったら払ってあげるわよ。それで、霖之助さんは魔理沙のミニ八卦炉とかガラクタとか色々作ってるわよね?」
「そういうのは得意でね。材料さえあれば大抵の物は作れる。後、僕はガラクタを作ったことは一度もないよ」
 軽く頷き、霖之助は霊夢の言葉の続きを待つ。
 聞く、ということは何か深く聞くことなのだろう、という考えをもって。
「へぇ。それじゃあ……風見・幽香の日傘を作ったのも霖之助さんなんでしょう?」
 霊夢が言った瞬間、霖之助の表情が変化する。
 今までのような呆れたようなものではなく、どこか不機嫌そうなものへと。
「……あぁ、そうなるね。僕は商売人だからね。頼まれて、自分の作れそうにないもの以外は何でも作るよ」
「深い縁なのかしら?」
 何気なく言われた言葉に霖之助は深く溜息をついてかぶりを振り。
「不快な縁と言ったほうが正しいかもしれないね。……それで、聞きたいのは彼女の日傘を作ったのが僕だってことかい?」
 苦々しい口調で、だがしかし。どこか悔しげな口調が混じっていることを、霖之助は気づいているのかどうか。そして、霊夢も気づいて いるのか。どうか。
「ええ。どんな関係なのかしらって」
「ちょっとした商売客と店主ってだけの間柄だよ。それぐらいしか繋がりはないさ」
「昔の恋人とかだと思ったわ」
 霊夢の台詞に、霖之助がドン! とカウンターに頭をぶつけ数秒、焦りながら香霖が起き上がる。
「……霊夢。はっきり言っておくけれど僕と風見・幽香はただの商売上の関係だ。別にそういう事になったことは、ないよ」
 切り捨てるように幽香の名前を出して霖之助はまた本を読むことを続ける。
 霊夢は怪しく思いながらも、しかしそこまで興味があったわけでもないので気にしないことに決める。
 けれど最後に何かを言おうと霊夢が霖之助を見ると、耳が赤くなっており。
 一つ小さな溜息を吐いて霊夢はお茶を啜った。


 ++++

「風見・幽香か」
 霊夢が帰った後、霖之助は布団の中で物憂げに考えていた。
 懐かしい名前を聞いたものだ、と。
 彼女のことを思い出すとき、霖之助の心に淡い痛みが訪れる。まだ、今よりもまだ少しばかり若かった頃の事を。
 考えを首を振って紛らわし、別の事へと霖之助は思考を進める。
「しかし……霊夢もそういう事に興味が湧いてくる年頃か。嬉しい、と言うべきなのかな」
 灯篭の灯りを吹き消し、霖之助は娘の成長を悲しむ父のような気持ちになってくる。
 小さい頃から、とは言わないが。それなりに長い年月成長を見守っていた少女なのだから。
「霊夢も恋をして、大人になるのだろうか」
 目を瞑り、あまり寝る必要もないのが、霖之助はまどろみに落ちてゆく。
 霊夢が誰かと恋をするならば幸せになればよいと思いながら。


 ++++

 季節は夏。風が静かに吹き、その温さがそこにいる二人の頬を撫でていた。
「ねぇ、××」
「ん? なんだい?」
 この間拾った映写機に映る物のように霖之助は自分の記憶を見ていた。おそらくこれは夢だろうと思いながらも、しかし自分の意思でど うすることも出来ない。
 声は映写機に移ることはなく、ただ字幕のみがそこに描かれる。おかっぱ頭の少女が呼ぶ名前は黒く消されており、伺い知ることは出来 ない。
「××は、人間じゃないんだよね」
 少女が困ったように言う言葉に、霖之助は驚いたような顔になる。
「……なんで知ってるんだい?」
「そりゃ解るわよ。だって貴方ったら……こうして何年か経つのに全く変わらないんだもの」
 霖之助の様子に、思わず笑ったという風に和服を着た少女は笑みを浮かべる。霖之助はその言葉を聞き顔を青白く変化させる。
「確かに、ばれる……よね。……それじゃあ、これで僕たちが会うのは終り、かな」
 悲し気にか細い笑みを浮かべる霖之助に少女は驚いた顔になって慌てて今にも震えそうな手を掴む。
「何でよ。別に私は、そんな事気にしないわ。貴方が何でも、貴方は私の大切な人なんだから」
 手に込める力を強くしながら少女は自分の思いを込めて霖之助へと言葉を放つ。
 動揺を顔に表し、霖之助は逡巡するように視線をさまよわせる。
「……でも、僕は……。半分だけ、妖怪なんだよ?」
「関係ないわよ。私はこうやって、一緒に遊んでくれて、私が壊した物を直してくれたりする××が好きなんだから」
 心細げな声で言う霖之助を少女はしっかりと抱きしめる。心までも包み込むように。
「でも、ごめんね。変なこと聞いちゃって」
「別にいいさ。君とこうしていられるならそれで」
 霖之助は掴まれた手を一旦はずし、そして握り返す。
 二人の間に自然と笑みが咲いて。

映写機の場面は移り変わる。


「私にも、実は隠してたことがあるの」
 季節は春。
 多くの命が芽吹き、花が咲き乱れる季節。そして多くの花が咲く中に二人の男女がいる。
「ん? 何をだい? まさか君まで半妖だなんて言うんじゃないだろうね」
 笑いを含めた口調で霖之助が問えば少女は子供のような満面の笑みを浮かべる。
「そうだったら貴方も私も幸せなんだけどね。でもそうじゃないわよ。あっ、目は閉じてて」
「なんだかわからないけど、それじゃあ期待しておくよ」
 少女に手を引かれ霖之助は歩き、周囲から花のにおいが漂い始め。風が吹くと同時に木々が揺れる音も聞こえ始めここが魔法の森と呼ば れる場所に近いところだという事に気づく。
「おいおい、まさか森に入るんじゃ……」
「まさか。私はそこまで考えなしじゃないわよ。でも、森の近くね」
「けれど妖怪だって出るかもしれない」
「その時は、守ってくれるんでしょ? ××は私の神様だもの」
 楽しそうな口調で彼女が言い、霖之助は曖昧な表情で目を瞑ったまま笑みを浮かべる。
「大層な信頼を与えてくれて嬉しいことだね。でも、所詮は妖怪さ。それも半分だけね」
「妖怪でも神様として奉られてるところもあるんでしょ? 貴方がいったことよ?」
「さて。どうだったかな」
「そうよ。私は貴方の言ったこと、絶対に忘れないから。……死んだとしてもね」
 一言一言、区切るように、念を押すように少女は言い。引いていた手を離して立ち止まる。
 霖之助が目を開けようとするが、
「まだ。あと、もうちょっと待って」
 少女にそういわれ、更に少しの時が過ぎ、風が大きく吹いたところで。
「いいよ」

 目を開ければ、そこには一本の巨大な桜の木。鮮やかな桃色の花は風に揺られ、散り、儚げに舞う。
 周囲の桜すらその巨大な桜の引き立て役に過ぎないかのように密かに揺れていた。
 夜だったのならば更に幽玄の美しさを連想させるであろう桜。だが昼間でも美しさは荘厳でありそして麗しさを感じさせる。

「これは――」
「綺麗でしょ。これが、私の秘密!」
 手を広げて彼女は桜の舞い散る花弁を背景に満面の笑みを浮かべる。
「――うん。綺麗だ。とても」
「でしょ?」
 楽しげに言う少女に霖之助は惚けたように頷く。
 花に目を奪われているのかそれとも華に目を奪われているのか。
「ふふ。いつかこんな所に住みたいわね」
「その時は僕も一緒に住みたいな」
 少女の言う言葉に霖之助は自然に口に呟いてしまい、すぐに気づいたように顔を赤くする。
 同じように少女も顔を赤くし、そして恥ずかしそうな、それで居て寂しげな笑みを、浮かべる。
「……うん。そんな時が来れば一緒に、ね」
「…………うん」

映写機の場面は移り変わる。


 季節は冬となり、魔法の森は深い茶色で満ちていた。
「寒くなってきたね」
「あぁ。……君は風邪を引きやすいんだからちゃんと暖かくするんだよ?」
 自らの着る物を、厚着をしている少女に掛ける。
「……僕の物は君のとは比べ物にならないけれどね」
 掛けてから苦笑し、少女も頷きながら嬉しそうな笑みを浮かべる。
 寒空の下。二人は魔法の森の近くにおり、そして葉が全て落ちている桜の木を見つめていた。
「なんか寂しいね」
「春になればまた見れるさ」
「……うん。また、見られるといいね」
 霖之助の手をぎゅっと握り締め少女は俯く。少女の言葉に霖之助は唇を噛み、その手をしっかりと握り返した。
 他に暖かいもののない、灰色の森の近くで。
 霖之助と少女は互いのぬくもりを分け合う。
 まるで何かに引き裂かれるのを恐れるように。冬という、季節だからだろうか。
「……あ、雪」
「……道理で寒いと思った……」
 空を見れば少女と少年の上からは雪は微かに降ってきていた。
 時の歩みを止めてしまうかのように遅さで、雪が降り始める。
「積もるかな」
「どうだろうね。誰に聞いた話か忘れたけれど、雪というのは結晶らしい」
「結晶って?」
「あぁ。小さな何かが集まっている、というのかな? よく見ると綺麗らしいよ」
 そう言って落ちてきた雪を一つ手に持ち、霖之助は少女と共にその雪を覗き込み。
「……溶けちゃったね」
「……君と一緒にいるから僕が暖かいんだよ」
「なにそれ」
 くす、と彼女は笑い霖之助もまた、楽しそうに苦笑する。先程までのような雰囲気は消え今はどこか暖かい、楽しそうな雰囲気に満ちて いる。
「私たちがここに居たら積もらないかな?」
「僕たちがここに居れば積もるさ。僕たちは幸せだからね」
「?」
 霖之助の言った言葉に少女は疑問そうな顔になり、霖之助はどこかばつの悪そうな顔で視線を宙にさまよわせる。
「あー。つまり幸と雪をかけただけの言葉遊びだよ」
 恥ずかしそうな顔で霖之助は顔を赤らめ、納得したように少女は笑い。
 雪は少しだけその降りが早くなる。まるで二人の幸せをここに集めるかのように。

  

そして、映写機の場面は、移り変わる。

    
「大丈夫かい?」
 季節は秋となり、枯葉が二人の足元に落ちている。
 枯葉を踏みながら二人は歩き、その最中に少女が小さく咳をした。
「けほ……。……うん、大丈夫」
 霖之助に支えられながら少女はその場に立ち、咳き込む。
「今日はもう帰ったほうが」
「あんまり会えないんだもの……。少しだけいいでしょ?」
 心配そうな顔をする霖之助に少女は小さく首を振り気弱げな表情で微笑みながら霖之助の服を強く、強く握る。
「大丈夫。私はまだ平気だから。まだ少しだけ、やることが残ってるから。だから平気」
 服を握り締めたまま、少女は立ち上がる。
「……そうか」
「うん。……桜の木も、散っちゃったね」
 霖之助に寄り添いながら少女は少し前まで生い茂っていた桜の木を眺め、少女を抱きしめながら霖之助は頷く。
 まるで何かをこの場に繋ぎ止めたいかのように、二人はその場で寄り添いあう。
「……ねぇ、××」
「……ん?」
 桜を見つめる視線は追悼のような視線。
 まるでもう二度と咲かない者を見るかのように、少女はその木を見つめ続ける。
 それに気づきながら、霖之助は気づかない振りをして少女と共にその桜の木を見つめる。
「……ごめんなさい。一緒に住むって言うあの時の約束やっぱり叶えられないかもしれない」
「別にいい。君が居てくれれば僕はそれで――」
「ごめんなさい」
 彼女の継げた謝りの言葉。それは拒絶ではない。ではないが故に霖之助の心に深く鋭く、根強く突き刺さる。
「……きっともう、駄目。春は迎えられないし冬も迎えられないと思う」
 霖之助に抱きついたまま少女は顔を胸に埋める。
「ごめんなさい」
「……気にすること、ない。僕だってそれを知っていたんだ」
 泣きながら謝る彼女を霖之助はただ抱きしめる。
 静かに、けれど強く。
「だから平気だ」
「……ごめんなさい。こんな気持ちを貴方に味合わせて、ごめんなさい」
 ただ彼女は謝る。声を震わせ。涙を見せず。ただ、何もかもが色あせたこの場所で。
 謝り続ける。
「……じゃあ、一つ約束して欲しい」
 謝る彼女へ、頭をなでながら霖之助は優しく声をかける。
「いつか僕がここに住んだ時。その時またここに会いに来てくれないか? そして一緒に桜を見ると」
「……でもそれは――」
「君じゃない君が来た時、僕は少しだけ君を思い出して、そして君の事を幻視しよう。君を忘れないように。君を覚えていたいから。君が 居なくなっても君の事を忘れないために。そして君を思い出とするために」
 霖之助はただなでる。
 少女の、愛しい少女の頭を撫でる。
 これはなんの意味もないことかもしれない。けれど。彼女を忘れないために。
 霖之助は彼女を想うために、言う。
「……うん。約束だよ、××」
「あぁ、約束だ。阿弥」
 一つの約束と共に霖之助の時は秋として季節を止めた。




 そして、映写機は、別の物語を紡ぎだす。





「ふぅ。今日はこのぐらいだろうか」
 めぼしい物を全て拾い終え供養も済ました状態で霖之助は無縁塚に立っていた。
 拾ったものは小物だけなので腰に備えてある物入れに全て入れ無縁塚を後に香霖堂へと向かい歩き出す。
 大した物はなく何かを加工する時にしか使えないような物ばかりだが、それでも霖之助からしてみれば良いものだ。
 秋風が霖之助の頬を撫で過ぎてゆく。その風を心地よく感じながら霖之助は森の中を慣れた足取りで通りすぎようとし。
「……!」
 妖獣の気配を感じる。
 大きなものではないが、しかし準備を何もしていない霖之助には厳しいものだ。
(待て。知能のある者かもしれない。いやまずは見つからないように逃げることが先か。見つかることがないのが最善だろう)
 普通の人間よりも長く生きてきた者として霖之助は知っている。
 強い者に巻かれることは好みではなく、そして敵うはずがないのであれば自らの命を最優先にすることを。
 それは、恥ではない。
 生きるために行う手段の何が恥だというのか。
「……そうだとも。生きること以上に大事な事はあまりないんだからね」
 自分に言い聞かせるように言い、気配のする方向を避けて回り道を選択する。
 枯葉を踏み、その音がくしゃりと音をたてる度に霖之助は周囲を警戒するが、気配は動くことなくそこにあり。
(……音に敏感な妖獣ではないのかもしれないな)
 もしくは知能のある妖獣か、と考え安堵の溜息を一瞬だけ漏らし。
 気配が、動いた。
「なっ」
 その動きは高速。妖獣なのか、大きな唸り声が大きく発せられる。
 向かってくる動きに迷いはなく離れている場所からも息遣いが聞こえてきそうなほどの脅威。
 つまり、妖怪は罠を張っていたということなのだろう。
 そして愚かにも罠に掛かった妖怪の、いや半妖の名が森近・霖之助。
「……ッ!」
 気配を背中に感じながら霖之助は走る。心臓が通常より早く脈打つ。人間ではない身とはいえ、その運動能力は決して高くない霖之助に とって妖怪の狩りに抗う術はない。
 けれど簡単に命を投げ出す気はなく。
「……運が、悪い!」 
 香霖堂まで着くことが出来ればマジックアイテムの何個かはある。けれど今日に限って、無縁塚に行く最中に小さな妖獣を退けるために 用いてしまっている。
 あの時帰っていればこんな事にはなっていなかったのだろう。けれど悔いてもそれは詮無いことであり。
「くッ!」
 背後にギチギチと歯を鳴らす音が聞こえる。それは、百足。
 尋常ではない大きさをした蟲が霖之助に這いより、その体を頭から突っ込ませる。
 間一髪でそれを前に飛ぶことによって回避したが地面に突撃した事によって生じた風圧と衝撃が霖之助を襲いその身体は宙を舞った。
 目に映るのは百足の巨大な横に開いた口と、二つの凶暴な牙。
 それが眼前にまで迫ったその瞬間大きく開かれた口は、一気に下にまで堕ちる。
「――」
 ZUN、という音が響き、同時にグシャ、という何かが圧倒的な力で潰れる音が聞こえ大地に落ちた霖之助は慌てて振り返る。
 視線の先、百足の上には緑の髪を蟲の体液で紫に染め、チェックのスカートをたなびかせ白いブラウスを同じく紫に染めている、涼やか な笑みを浮かべる少女が佇んでいた。
 百足に突き刺っているのは今の衝撃で壊れてしまったであろう日傘。
 それを百足から引き抜きくるくると回しながら開き壊れ具合を確認してからまた閉じて、その少女は変わらぬ笑みを浮かべたままにその 日傘を横へと振り。
 紅い彼岸花が咲き乱れる。
「彼岸花なんて上等過ぎたのかしら。合わない花だったから倒れたのかしらね」
 紫に濡れた日傘を開け、ひしゃげた状態のままくるくると回しながらその少女は笑みを崩さない。
 霖之助の心臓がまた大きく高鳴る。
 あれ程の巨体を一撃で潰したという事実と、その笑みを絶やさぬ姿から発せられる妖気によって。
「……礼を言うべき、だろうね」
「あら。お礼をくれるのかしら。なら欲しいものがあるのだけど」
「残念ながら今は持ち合わせがなくてね。けれどお茶と風呂の一つでいいなら是非ご用意させて頂くよ」
 冷や汗を流しながら言葉を選ぶように霖之助は言い、その少女は笑みを浮かべたまま頷く。
「お茶菓子もお忘れなく。よろしくお願いするわね香霖堂さん」
「……勿論僕の知っている中で最高級の物を出させて頂きますよ」

「花がないわね」
 そう行って少女、風見・幽香は香霖堂内部を自らの花で埋め尽くす。
 咲く花は唐菖蒲、女郎花などの秋の花。
「貴方にはこの花がお似合いかしら?」
 そう言って咲かすのは鶏頭の花と桔梗の花。  静かに控えめに咲く桔梗と雄弁に自らの美を誇るように咲く鶏頭。
 二つの花を目の前に咲かせられ霖之助は戸惑うが、しかし首を横に振る。
「どちらも僕には合いそうにありませんね。そもそも僕に花は似合わない」
「華を拒絶するにはまだ若いでしょ。それとも若さ以外の場所が枯れているの?」
「さて。どうでしょう。……風呂は湧いたけれど、どうしますか?」
「勿論入るわ。服は洗っておいてくれないかしら。代えの服は……そうね、貴方の物で我慢しておきましょう」
「わかった」
 覗くなとは言わずに幽香は風呂の中へと入っていき、霖之助はそれを見終わってから服を桶に漬ける。
 妙な液体で染みになり始めている服は石鹸をあわ立て一旦置いておき、霖之助はお茶とお茶菓子の準備を行い始める。
 棚に置いてあるお菓子を幾つか出しその内の花の形をしたお菓子を置いておく。
 お湯は沸かし終え急須の中にお湯を注ぐ。
 これで風呂からあがった際にはちょうど良い湯加減になるという計算が霖之助にはある。
 計算という程ではないが。
「さて。けれど何の用なのだろう」
 先程の幽香の霖之助への呼び方は『香霖堂』であり、それはつまり――
「客、ということなのだろうね」
 香霖堂と呼ぶ者は少なくはないがしかしそう呼ぶ人間は大抵客だ。
 そう呼ぶということは香霖堂に用があるということなのだから。
「ふむ。あんな強大な妖怪がこんな店に入用だとは考えにくいのだが」
 あれ程の強さの妖怪ならば己の腕だけで大抵のことを乗り切ることが出来る。
 そして人型ならば人里にも顔を出すことも出来る。ならば並大抵の物はそこで揃うはずだ。
「……まぁ客というなら金を払う限りは大歓迎だが……」
 命の恩人ではあるのだから金の代わりという事があるのかもしれない。
「まぁ勝手に持っていくような事でもないだろうからいいだろう」
 とある二人の少女を思い浮かべ霖之助は一足早くお茶を口に含む。
「このぐらいの温さなら丁度良いか」
 熱さを確かめながら何を買うのかを考える。けれど、やはり何も思いつくわけがない。
「とりあえずあがるのを待つのが良いかな」
 妖怪でも女の子なのだから風呂も長いだろうとのんびりを構えて待つ。

「いいお湯だったわ。どうもね」
「ああ、それなら良かった」
 時間にして一時間と三十分。すっかりお湯も冷めてしまったため暖めなおす事三回。
「こちらの湯は冷めてしまっているようね」
「時間は平等じゃないからね。君の時間とお湯の時間は比例していないようだ」
 温まり霖之助の服を着ている幽香に対して小さく溜息をつきながら新しくお湯を沸かし始める。
「花は水でもお湯でも関係ないけれどね。……あらこのお煎餅美味しいわね」
「それは良かった。……お礼はそれだけで良いんですか?」
「それでもいいんですけど。日傘をくれません? 私がここに来た時に毎回一つ」
「……それだけでいいのかい?」
 予想外の言葉に、霖之助は少しばかり驚く。望んでいる物が大きなものではなかったことに。
「さっきので一つ壊れてしまって。だからその代わりに。それに最近花を荒らす妖怪が増えてきたから殺さなくちゃいけない。だからいち いち買ってると間に合わないの」
 微笑を絶やさず言い終わり。
 返答を求めるように薄く目を開き。
 問いかける。
「その間に壊れない日傘を作って欲しいのですけど?」
「……。分かりました」
 数秒考え、霖之助は、頷く。
 壊れない日傘。何を使用すればいいのかは不明だが、しかし。
 それは商売人としての霖之助以上に製作者としての霖之助の心を静かに燃えあがらせる。
「その仕事、確かに承りました」
 茶を飲みながら霖之助は静かに返答を行った。

 衝撃が響き香霖堂が揺れる。棚に置いてある物が揺れ、幾つかの物が倒れた。
 下に落ちる物がなかったのが僥倖だろうか。
「……全く。ここまで来ないで貰いたいんだが」
 香霖堂の奥で作業をしていた霖之助は首を振りながら呆れ気味に溜息を付き外に出る。
 最初に目に飛び込んできたのは巨大な尻尾。次はぶち抜かれた腹。最後にどこを見ているのかわからない亡羊な瞳。
「……妖獣かい?」
「小物だけれどね。皮が厚いから良い材料になるんじゃないかしら。店主さん程厚くはないでしょうけど」
「厚さでは君には劣っているつもりだけれどね」
 その妖獣の上からいつものように血で身体を染めた幽香が降りる。傘はひしゃげており今回もまた強引に使ったのだということがわかる 。
「それは一応傘なんだ。少しは服を守るために使わないのかい?」
「日傘は日と雨から身を守るものだって知らないの?」
「血の雨とも言うだろう」
 ひしゃげた傘を受け取り霖之助は服を用意し始める。
 出あった日から計七回行っている一連の作業。
 前日に言われた時間に風呂を用意し、お茶を容易し、置いてある代えの服を出しておく。
 そして霖之助が思索し、試作した傘を玄関に置いておき幽香はそれを持ちまた数日間居なくなる。
 今の霖之助の生活の循環はそんなものだった。
 無縁塚に行く時は幽香が護衛としている時もあり妖怪や妖獣と出会うことも減っているため。
 今では無事に様々な物を手に入れることが出来ていた。
「……ふむ。立派な商売ではあるか」
 護衛と引き換えに傘、お茶、風呂を提供する。正式に護衛として誰かに頼めば高く付くのでそれなら安いものだろうと霖之助は思い直し お茶の葉を取り出し急須に入れる。
 すでに幽香は風呂へと入っており、花の香りが静かに漂っていた。
 毎回、風呂で咲かせた花を渡され枯れれば外に捨てるというのも慣れればそれ程苦ではない。
「けれど鉄鋼でも強度に難ありか。……何かしら付加属性をつけなければならないかもしれないな。付けるとすれば木あたりだろうか……?」
 傘の柄を持ち曲がり具合を角度を変えて霖之助は何度も観察する。
 壊れ具合からどのように力を入れたのかを再度確認する。初回に比べれば随分とマシにはなってはいる。
 けれど。
「木気と金気は相性が悪いから使うなら木か……? いや、強度を上げなくても柔らかさがあればあるいは……?」
 傘を眺め呟く。時間を忘れる程に思考に没頭するが。
「おっと。そろそろあがる時間か。とりあえずは今日の夜に行おう。とりあえずお茶の準備を行わないとな……」
 立ち上がりお湯を沸かし始めたと同時に突風が香霖堂の中に吹く。
 なじみのある風を感じ振り向けばそこに居るのは一匹の天狗。
「……おや。こんにちは」
「どうも、清く正しく射命丸です。新聞のお届けに参ったんですが……外のあれは一体なんですか?」
 黒い翼を小さく畳み店の中へと射命丸・文が入る。他の場所へはもう配り終えているらしく、新聞が一部脇に挟まっている。
 そして文は好奇心に目を光らせ、片手にペンを持った状態で聞くが。
「大したことじゃないよ。それで今日の見出しはなんだい?」
「あ、はい。阿求さん――九代目の稗田が等々本格的に幻想郷縁起の執筆に入る、というのが見出しですね」
「――」
 霖之助の手から急須が落ち、割れる。
「あやや! 大丈夫ですか?」
「……大丈夫だ。そうか、稗田のが……。君はもう挨拶にはいったのかい?」
「はい。私の情報が欲しいとの事ですし」
「そうか。……それじゃあ、新聞のお礼にお茶でも出したいところだけれど今は立て込んでいてね。また今度でいいかい」
 何かを考えるようにし始めた霖之助に、文は疑問の表情を浮かべる。けれどこうなった霖之助に何を聞いても無駄だということを、文は 知っている。
 その様子に溜息をついて文は「それではまた。今度色々聞かせてくださいね」と言って早足に飛び去り。
「急須が割れてるけれど天狗にでも割られたの?」
 風呂からあがりいつもの服装に身を包んだ幽香が頭を拭きながら歩いてきて、割れた急須に眉を潜める。
 何故いるのかわかったのかは不明だが、しかし霖之助は横に首を振り何かを考えるように顎に手をやる。
 まるで幽香のことなど見ていないように。
「とりあえずお茶をくれない? 喉が渇いたわ」
「……あ、ああ。……いや、すまない。今日はこれから出かけなければならなくなった。今回の分の改良は施していないが前回のよりは良 い日傘がそこにあるから持っていてくれ。僕は稗田家まで行かないといけなくなったんでね」
「稗田? あぁ、あの」
「ああ。それじゃあ――」
 家の物は勝手に使ってかまわないから、と霖之助が言おうとしたところで首を掴まれ、一気に引かれ霖之助はその場に倒れる形となる。
 頭を床にぶつけ、その状態のまま幽香を見上げればやはり笑顔。
 だがどこか空恐ろしいのは、
「お茶は?」
「……わかった」
 気のせいでは、ないだろう。

 結局お茶をいれ服を洗い霖之助が香霖堂から出たのはすでに夕方。
 文から話しを聞いてから約二時間程が経過していた。
 この時間では話しを聞くのが間に合わないかもしれないな、と思い。けれど挨拶に来たといえば多少の挨拶ぐらいは出来るだろうと希望 のように考え直す。
 里に入り見慣れた道を歩く。
 様々な人とすれ違い、中には霖之助の顔を知っている者もいるがそれら全てを無視し、屋敷の前まで足を進め。  かつてよく見ていたその屋敷を瞳に入れた。
「……およそ、百年ぶりだろうか」
 呟きは風に消え、その表情は暗闇に紛れる。
 早足だった足はまるで何かに迷うように重く、遅くなる。
「……いまさら会ったところで……僕は変わって、彼女も代わっている」
 苦く、寂しげに霖之助は口の中だけで呟き屋敷の前で足と止めた。
 門をたたけば誰かが現れるかもしれない。
 霖之助を知っている者はいないかもしれないが、しかしその子孫がいるかもしれない。
 だから何だといえばそれまでだが。
 だが、それを思い浮かべれば霖之助の心は鈍る。
「……いや約束が合る。かつての僕とかつての彼女との約束が」
 心が枯れる前の約束。
 森近・霖之助ではなかった少年と今代の稗田ではない少女の最後の、そして幻想のような約束が。
「……彼女は覚えていないだろう。けれど」
 一瞬、霖之助は惑う。
 約束を思い出として捨てるか。それとも約束を果たし、彼女を思い出とするか。
「考えるまでもないことだ」
 意を決して霖之助は重厚な歴史を感じさせる扉を叩いた。

「どうも初めまして。稗田家今代当主稗田・阿求と申します」
「ええ。初めまして。香霖堂店主森近・霖之助と申します。この度は幻想郷縁起の執筆を始めると聞きご挨拶に参りました。外の世界の物 や珍しい物が入用でしたらどうぞご利用ください」
 一人で住むには広い、そして豪奢な畳張りの部屋に霖之助と、稗田・阿求が互いに頭を下げていた。
 それは初対面の者同士の挨拶。
 歴史書を描く者と情報や物を渡す商人のやり取り。それ以上ではなく、それ以下でもない。
「はい。その時はよろしくお願いします。けどわざわざ魔法の森近辺からというのはありがとうございます」
「大した手間ではないよ。里に用事があったからね。そのついでに来たから遅くなってしまったのだが。それは申し訳ない」 「いえ。昼間は多くの方が来られたので今の時間で丁度良かっと思いますよ。……ところで、あの森の近くに住んでいて何か困ることはな いんですか?」
「困るような事はないさ。精々妖獣がたまに出て命の危険にさらされるのと瘴気が厳しい時がある程度だね。それ以外は困ったことはあま りないさ」
「それ以上に困ることはあまりない気がしますけどね……」
 少しの間二人は話を行う。
 ある程度の情報交換、という程でもないが少しばかりの話しを行う。専ら霖之助が最近の妖怪と人間の話を聞かれ、霖之助はそれに受け 答えをするといった具合だったが。
「……なるほど。ではそれ程険悪というわけでも?」
「ああ。命名決闘……今では弾幕ごっこが出来てからは概ね順調だろう。……今の代の巫女も育っているし問題という問題は少ないだろう ね」
「なるほど。……っと、それでは時間も時間ですしこの辺りで帰られた方が良いのでは?」
 阿求が言えば確かに外はすでに陽が沈みきっており月が空に浮かんでいる。
 それを確認し霖之助は頷きを返し立ち上がった。
「そうだな。お邪魔したね。あぁ、あと霧雨の当主様はもう?」
「いえ、あの家の方とは懇意にさして頂いてますので明日こちらから挨拶に伺おうと思いますが、何か?」
「霧雨の家とはこちらもも懇意にさせてもらっているんだ。昔からの友人でね。今度会いに行くかもしれないとできれば伝えておいてくれ れば。それでは」
 一礼し、それに阿求も頭を下げるのを確認し終えてから霖之助は廊下に出る。
「では玄関までご案内します森近様。どうぞ」
 部屋から出ればそこには女中が一人待機しており、霖之助に頭を下げる事もなく、そして振り返る事もなく歩き出す。
 それに少しばかり眉を潜めながらもその後ろを歩き――
「あの方は阿弥様では御座いません、森近様。……この家に仕える者は貴方を快く思ってないことをお忘れなきよう」
 ――小さく、けれど霖之助の耳に聞こえるようにその女中が呟いた。
「……君は」
「お爺様が貴方の事をお話になっておりました。あの男が居なければ、と。今でこそ妖怪に対しての風当たりが弱くとも私どものような者 には悪く映るのを忘れなさらず。では」
 玄関までの案内を終え、女中は一瞥をくれると早足に霖之助の視界から消え去る。
 それを見てから霖之助は草履を履き稗田家の外に出ると、大きく溜息をついた。
 落胆であり、憂鬱であり、そして安堵の溜息を。
「予測はしていたけれどいざ実感するというのは……酒が飲みたくなるようだ」
 寒風を身に受けながら呟く。
「……寒くなってきたな。もう、秋も終りか」
 星空を見上げる霖之助の顔は、見えない。
 何を思っているのか、何かを思っているのかわからないままに霖之助は香霖堂へと足を進めた。



そして物語は少し時間が進む




「今年も終わりなのに、私の日傘が作れていないわね」
「いや、もう少しなんだ。あともう一捻り何かがあれば完成するかもしれないじゃないか。その証拠にその傘は中々壊れなかっただろう?」
 言いながら霖之助が指差すのは歪に曲がった日傘。
 柄は古い樹を削って作ったのか年代物のような茶色。陽を防ぐ場所には一見すると柔らかそうな布がつけられている。
「そうね。二戦は耐えられたけど。私は壊れない傘が欲しいの」
 笑みは変わらないが、しかし声には急かすような色が混じっているのは気のせいだろうか。
「樹に鉄を混ぜるアイディアは悪くないと思ったんだがね。布もやはり強度に問題があるか。何か神気のある樹、もしくは怨念の篭った樹 があれば柄は大丈夫かもしれないね。幌の部分も同じような物にすれば可能かもしれないが……」
 悩む顔をしながら幽香に二杯目のお茶を汲み、何かから逃げるように霖之助は製作のために頭を回す。
 どこにそんな物があるかと悩み、思考し。
「そういう樹なら裏庭にあるでしょう? 停まっているような大きな桜の樹が」
 お茶を飲みながらゆっくりと静かに幽香が言って。
 霖之助は顔を驚きに歪ませる。
「……わかってたのかい」
「そもそも私がここに来たのはあの樹を感じたから。夏に気づいて、秋になっても色を落とす気配がせず、冬でも眠ることはなく。その土 も同じように色を集めもせず。まるで、あそこだけ時間が停まっているみたい。そして、そこに居を構える店主も死んでいく秋のように花 の散ったような半妖」
 驚きから、納得したように頷き、しかし霖之助は迷う。
 その樹を使うことを躊躇うように。
「……僕はこれでも好奇心旺盛だ。それ程枯れてはいないよ。それにあの桜の樹は約束がある。だから――」
「そんな約束私には関係ないでしょう? 私は日傘を依頼したのよ。それに一本丸々使えと言ってるわけじゃないわ」
 一旦言葉を止めてお茶を飲み、薄く笑みを浮かべながら。
「……確かに今の貴方には合いそうな花があるわね。紫苑に秋明菊、その二つの花に隠れるように金木犀。新しく小さな赤熊百合」
「僕は」
「私は四季のフラワーマスター。人に合う花を探すのは造作もないわ。造花は知らないけど。……貴方がどんな恋をしてどんな恋を引き摺 ってどんな恋に花開かせようとしているのかは興味がないの。私が貴方に求めるのは壊れない傘。それだけ」
 お茶を一気に飲み幽香は新品の傘を持って立ち上がる。
「……わかった。次に来る時までには作る。けれど、それを作れたら一つ頼みたいことがあるが、いいかい?」
 立ち上がり後ろを向いた幽香に声をかけ、数秒の時が流れ幽香は肯定の頷きを振り向かないままに返し。
 霖之助は一人香霖堂で横になった。
「……僕が新しい恋……? ……まさか、だ。僕が誰に……」
 畳の上に横になり呆然とした顔で呟く。
 一瞬だけ頭に横切ったのは誰の姿か。それは霖之助自身にも、わからなかった。

「ん? 目録をかい?」
「はい。今回の幻想郷縁起には香霖堂も乗せようと思いまして。魔法の森に近い店は珍しいですからね。加えて貴方なら五十年程で店を畳 むとは思えませんし。それに、外の世界の物も興味がありますし」
 稗田の家に来て、阿求と世間話をしているとその申し出をされ、霖之助は少しだけ考えて頷きを返す。
「別に構わないよ。それに目録を持っていくのも大変だろうから僕の家で見ていくといい。それならば嵩張ることもないだろう」
「そうして頂けると助かります。色々歩いてみたいとも思いますし」
 小さく頭を下げる阿求に首を横に振り、何度か頷く。
「そうか。……大体何年ぐらいの計画を立てているんだい?」
「そうですね。様々な妖怪の方にも話しを聞きたいところですし、三、四年程を目標に書こうかと。今の時代ならばこれまでと違う物が書 けそうな気がするんです。だから、少しでも長く様々な事を見て、聞いて書いていきたいと思いまして」
 楽しそうに微笑みながら言う阿求に霖之助は小さな、気づかない程小さな笑みを浮かべ阿求の頭を撫でる。
 娘の頭を撫でるように、そして愛しい存在を慈しむように。
「ああ。時間はまだまだあるんだからね。楽しみながら編纂をするといいさ。幻想郷に住む者は君のソレを読むことを楽しみにしているは ずだ。だから君の力になる者は多くいるだろうからね。勿論僕もその一人だ」
 撫でられたことに驚き、まるで兄のような手のひらの温かさと、そして優しさに。暖かいその手に頬を少しだけ緩め、歳相応の子供よう に阿求は少しだけ安心したような笑みを浮かべ、優しさに少しだけ甘える。
「……わっ。ん……。……妹さんでも居るんですか? 撫で方が慣れてそうなんですけど」
「あぁ、すまない。……霧雨の所の娘さんの面倒をたまに見ているからね。こうしてやると喜ぶんだ」
 手を引っ込め、霧雨の娘さん、霧雨・魔理沙という少女のことを思い出す。
「あぁあの……。最近家出をしたと聞きましたがお元気なんですか?」
 しばらく魔理沙についての話を行い、今の代の巫女である博麗・霊夢についての話を交えながら幻想郷の未来について笑いを交えて話す。
 幼い子供とは思えない稗田・阿求と、老成した雰囲気を持つ森近・霖之助。
 対等の関係で二人は話しを続け。
「それじゃあそろそろお暇するよ。楽しかった。目録を取りに来る時は春かい?」
「そうですね。冬では少し寒いですしね。香霖堂には桜がありますし花見ついでに行かせて頂きます」
「ああそうするといい。それでは」
 頭を下げて慣れた足取りで霖之助は玄関まで向かい早足に稗田家を後にする。
 そして、ある程度離れた所で、霖之助は顔を抑える。
「……何故知っているんだ? 彼女は来たことがないはずだが……。女中に聞いたのか? それにしては……断言しすぎていた。記憶に残 っている? いやそれはないはずだ。……何かで見たのか? 絵で? いや、あの店を書いた絵はなかったはずだ……。いや。文々。新聞 か……? それなら納得は出来るが……」
 呟きながら暗い夜道を、霖之助は一人呟きながら歩く。
 それを目撃した男が恐怖に駆られ、妖怪が出たと大騒ぎをしたのは、また別の話しだが。

「桜の樹の太い枝を加工し、溶かした金剛石の欠片を含んだ。更に木気を増しているから例え折れても曲がってもしばらくすれば元に戻る だろう。これで強度に問題はないはずだ。幌は桜の芽と、外の世界の『紫外線から身を守る』ことを用途としたクリームを複合し火鼠の衣 の切れ端を使用している。弾幕だって防げるだろうね」
 完成した日傘を――すでに日傘という段階ではないが――を渡す。幽香はそれを閉じた状態のまま何度か振り手に馴染むかを確かめ。 「……良さそうね。今年までに終ってよかったわ」
 嵐の前の静けさのような笑みを浮かべて、幽香はその日傘をしっかりと握り締める。
「ああ。けれど、何故今年中に?」
「花を荒らす妖獣の退治は、年が変わるまでに終らせたいじゃない」
 日傘を開け、初めて幽香は霖之助の前で差す。
 どこか儚げであり、そしてどこか恐ろしいその姿に霖之助の背筋が一瞬だけ、あわ立った。
「それは、確かにね。……あぁ、一つ頼みたいことがあるんだが」
「何?」
 素っ気なく、まるで霖之助のことなどもうどうでも良いかのように幽香は返事を返す。
 すでに頼んだ物は出来た、だから、関係は切れたとでも言うように。
「……もし、春になってもあの桜が咲かなかったら花を咲かせて欲しい。とある日に」
「その時の気分によるわ。それじゃあまたどこかでね香霖堂さん」
 風に揺られる花のように、幽香は去っていく。
 霖之助は森の奥深くに入っていくその姿を見送り何かが一段落ついたような溜息をつき、そして首を傾げる。
 僅かな胸の痛みがある事に。
「……まさか。だ」
 覚えのある痛みを強引に振り切って霖之助は中へと入る。
 冷たい風が、やけに身に染みた。

「春か」
「春ですね」
 リリーホワイトが空を舞い強風が葉を揺らし様々な春の香りが風に乗って幻想郷に行き渡る。
 春の風を涼しげに浴びながら里のとある家で碁を打っているのは森近・霖之助と稗田・阿求の二人。
「ここでこうして居るのは楽しいが編纂をしなくてもいいのかな?」
「昨日里の人に様々な話を聞いていたところですから。こうして貴方と話すのも編纂の一環ですよ。貴方の店にも様々な人や妖怪が訪れて いるそうですし、その人と合う橋渡しにもなるのではないかと」
 パチッと小気味良い音を響かせ黒い碁石を置き、お茶を飲みながら阿求がいえば霖之助は頷き、白い碁石を指しながら外を見る。 「確かに色々な客が来なくもないね。赤字にもなっていないし僕は経営がし易い良い環境だ」
 外にある桜は咲き始めており、まだ満開とは言えない。
 だが、あと数日もすれば花開くだろう。そしてそれは。
「香霖堂の桜もそろそろ満開だ。良い季節にもなったし来週辺りにでも来るといい。酒ならば多少はあるからね。君と僕と、後は射命丸君 でも誘えば悪くないだろう」
 碁石を交互に打ち合いながら、その打つ早さを徐々に上げていき。
「はい。では来週伺わせて頂きます。……しかし、強いですね」
「やることがない日は一人で打っていることもあるからね。知り合いや友人と一局こなすこともある。それなりに慣れているつもりだよ」 「貴方の周辺でやる人が居るんですか」
「勿論だとも。月に何回かはしているさ」
 疑いの篭った目で少しだけ阿求は霖之助を見るがどうでもいいと思ったのか大したことではないと思ったのか疑問を打ち捨て碁盤を見て 次の手を考え始める。
 考えている顔を見ながら霖之助は思う。
 阿弥とは似ていないな、と。
 そう考えることは阿求に対し失礼なことなのかもしれない。
 だがそれを考えてしまうのは一つの思い出が終わりに近づいているからだろうか。
 春という、始まりの季節は本人が望む望まないに限らずその歩みを促す。
「……恋というものについて君はどう思う?」
 悩み、一手を指した阿求へ霖之助が同じく一手を指しながらいい、阿求は不可解な顔をしながら更に一手を打つ。
「恋ですか? ……そうですね。私は分かりません。神に、閻魔に仕える身なので不浄であるわけにもいきませんし。まだ私は子供ですか ら。ただ先代の阿弥は恋をしていたようですけれど」
「ほう。女中などから聞いたのか?」
「蔵を整理している最中に一つの手紙があったんです。名前は掠れて居ましたけれど。ただ、謝りたいとありました。死期に近づく自分を 好きでいてくれた事に対しての謝罪したいと」
 互いに恋焦がれ相手に、死んでいく罪と、生きていく罪。
 それともそれは罪ではなく罰か。
 恋をしたことが罪だというならば、の話しになるが。
「それはまた。……人が死ぬのは仕方がないだろうに。こう言ってはなんだが、阿礼乙女ならば尚更にね。そんな者を好きになるような者だ。覚悟していたと思うんだがね」
「当人同士の問題ですから。ただ好きな人を残して死ぬというのはどういう気持ちなのか想像が付きませんね」
「そういった経験を味わいたくはないだろうからね。最悪想像だけで留めておくのが正解なのかもしれない」
 碁盤に一手を打ち、まるで自分の気持ちを確認するように霖之助がそう言って。
 春風がまた、吹く。

「……そろそろ時間だろうか」
 香霖堂の中から桜の木を見ながら霖之助が呟く。
 大樹は裏にあるため、今は見えない。咲いているのか咲いていないのか。咲き始めているのかすらも確認することをやめている。
 あの日、あの時、あの場所で。
 霖之助と桜の樹は一人の少女との約束によって時を止めており、そして花が咲くのはその約束を果たす時だと霖之助は思っている。
 それが勘違いなのかどうかはわからない。
 ただ霖之助はそれを信じている。それだけだ。
 花が咲いていなければそれはきっと。
「あの桜が約束を果たす事を望まず、それは彼女が僕との約束を反故とし己の事を思い出として欲しくないということだ」
 阿弥は記憶として霖之助を縛ることを望むのか、それとも思い出として永遠に残ることを望むか。
 そして霖之助はどちらを望んでいるのか。
 
「……どちらにしても――」
 何も変わらない、と呟こうとしてやはり頭に誰かの姿がよぎり。
「すみません」
 打ち消すように、阿求の声が香霖堂に響いた。
「あ、あぁ。ちょっと待ってくれ」
 思考を一旦打ち切り、大きく息を吸い外に出る。
 外に居たのはまだ阿求一人だけで文はまだ来ていないようだった。
 その事に対して頷いて霖之助は返事を返す。
「それで花見からするかい? それとも目録から見るかい?」
「いえ、一番大きな桜の樹を見させてくれませんか? 綺麗らしいので」
 首を横に振り、周囲の桜を眺めながら何かを探す阿求にいぶかしげな視線をやり、心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
 息を飲む音さえ聞こえそうな中で、霖之助は頷き秋や冬以外では足を運ぶことのなかった裏庭へと進み。
 何故知っているのかを必死に考えながら。
 まさか、記憶が残っているのかと思いながら。
 そして。
「……わぁ」
「…………」
 果たして桜は、咲いていた。

 過去に見たそのままに色あせぬまま。いや、過去に見た時よりも荘厳に、壮麗に。
 鮮烈な桃色の花は風に揺られ、儚げに舞い、けれど誇るようにその花を満開にし。
 周囲の桜はその巨大な桜と戯れるように揺れており。
 夜だったのならば、それは気高さを感じるであろう桜。だが昼である今こそこの桜は誰かに感動を与える。

「これは――」
「綺麗、ですね。これが先代の、秘密の場所」
 小さく手を伸ばし、阿求は舞い散る花弁を手の平に掴むように乗せ楽しげな笑みを浮かべる。
「……あぁ。綺麗だ。……先代の、とは?」
 楽しげに言う少女に霖之助は惚けたように問う。
「あ、はい。先代が手紙を私に残してまして。――この桜を見てくれって」
 言葉に耳を奪われ、目は桜に奪われている。
「――ありがとうございます。こんな場所が今もあるのは貴方のおかげですね」
 状況が、かつてに似ていたためだろうか。
 霖之助は一瞬だけ、桜の前に彼女の姿を幻視する。
 手を広げ、舞うように、桜の花弁を背景に満面の、とても楽しげな笑みを浮かべる彼女の姿を。
「――阿弥ッ」
 自分にも聞こえないような小さく呟き、霖之助は幻の中の彼女に手を伸ばし、触れた。
 手に暖かい感触が広がり彼女の楽しげな声を幻聴し、彼女の全てを記憶から引き出す。
 優しく暖かく儚い少女の記憶全てを。
「…………」
 記憶の中の彼女を、ただ抱きしめる。
「……あの大丈夫ですか?」
 そして幻は阿求の声で消え去り、気が付けば霖之助はその場に立っているだけ。
「あ、あぁ。大丈夫だ。少しばかりこの美しさに当てられたのかもしれないね」
 眼鏡を元に位置に戻すために手をやり、頬が濡れていることに気づき驚き、しかし拭わぬままに桜を見続ける。
「けど」
 心配そうに見る阿求の瞳に微かな笑みを返し霖之助は文が来るまでの間、そこに佇んでいた。
 
「礼を言うべきかな」
「私は何もしていないけどね」
 後日、幽香が香霖堂に足を向けた。
 いつものようにお茶とお茶菓子を出し二人で三時の休憩を取る。
 礼を言う霖之助に幽香は首を振り真実か嘘かわからない返答を行う。
 約束を果たして咲いたのか、幽香が咲かせたのか、それともただ何の意味もなくただ今年に咲いただけなのか。
「そうか。それならば礼を言う必要はないね。貸し借りはなしということかい?」
「ええ。最も傘の時点で貸し借りなんてないけれど」
 そしてしばらくの間二人は風に吹かれて散っていく庭の花を眺める。
 ゆっくりと過ぎる時間を。
「貴方の秋は終ったのかしら?」
「さてね。ただ停まったものが停まることをやめてもすぐに終わりはしないだろう」
 ゆっくりとお茶を口に含み、苦笑しながら霖之助が答え幽香はそうね、と頷きを返す。
「けれど秋に咲く花もある」
「ええ。秋には秋の花が咲くわ。豊穣の秋だもの」
 お茶を置き、霖之助は迷うような顔をしてから意を決したように口を開こうとし。
「貴方に花を一つあげましょう」
 霖之助の言葉を遮り幽香は一つの花をちゃぶ台の上に咲かせる。
 頭を垂れるように紅く咲く花は、どこか妖しさを秘めているように見える。
「……これは?」
「触れてみれば名前がわかるでしょう? それを元に花言葉でも調べてみるといいわ」
 そう言って幽香は立ち上がる。
「……つまりこれが――」
「私はそれを咲かしただけ。良い花でしょう? それじゃあまた」
 軽い足取りで幽香は来た時と同じように、まるで花が風に揺られるように香霖堂から出て行った。
 それをどこか悼みを伴った顔で見続け霖之助は溜息を付く。
「後で誰かに聞いてみるとしようかな……」
 どこか寂しげな顔で花を振り返り、淡い期待を抱いて霖之助は外を見る。
 外に桜の花は、すでに散りゆくようであり、それは。
「……夏も近い、か。……けれど、秋の終わりは今だ遠くかな」
 最後にもう一度溜息を付いて霖之助をその場に腰を下ろし目を閉じた。



そして映写機の稼動は、止まる。



+++

「…………寝すぎたかな……」
 外を見るとすでに太陽は半ばまで昇っていた。
 気だるげな動作で布団から起き上がり居間への襖を開け。
「よっ。珍しいなお前が寝てるなんて」
「お邪魔してるわよ」
 白黒の魔法使い霧雨・魔理沙と霊夢が座ってお茶を飲んでいた。
「……あぁ、おはよう。……勝手に入るのは構わないが一言欲しいものだね」
「あら言ったわよ」
「ああ。お邪魔するぜってここでな」
 平然と嘯く二人に溜息をつきながら霖之助もお茶を入れてその場に座る。
「けど無用心だな。物がないからって鍵ぐらいはかけておくべきだろ」
「泥棒が居るところに来る泥棒は居ないだろうという考えだよ」
 お茶をすすりながら魔理沙を横目で見ながら答え、一息つき。
「そういえば霖之助さん、昨日の麝香連理草の花言葉が分かったわよ」
「あぁ、あの花そんな名前なのか。どんな意味あるんだ?」
 言葉に心底嫌そうな顔をして外を見ている霖之助を無視して霊夢は聞いた言葉を言う。
「麝香連理草の花言葉は、別離、優しい思い出、門出らしいわよ。幽香が居たから聞いたんだけど」
「へぇ。縁起がいいのか悪いのかわからないな」
 率直な意見を魔理沙が言って、頷きながら霖之助が溜息を付いた。
「別れを突きつけるのか、思い出に浸れと諭されているのか、新しい門出を祝福されているのか。どの意味をとればいいのか全ての意味な のかわからないものだよ」
 かつてその意味を知った瞬間を思い出したのか霖之助がまた溜息をついて霊夢と魔理沙は顔を見合わせて肩をすくめる。
 その二人の仕草に不可解そうな顔をして霖之助が二人の顔を交互に見る。 
 霖之助の仕草に二人は苦笑気味の顔になり呆れた口調で魔理沙が笑った。
「そんな難しく考えることないだろ。単純に考えればいいんだよ」
「ええ。綺麗な花だもの。別に嫌味なんか込めてるわけじゃないと思うわよ。誰が送ったのか知らないけどね」
 二人の言葉に首を傾げる霖之助に更に二人は呆れ、声をそろえて霖之助に対して笑う。
「単純にさ」
「簡単に考えて」
『祝われている(んだぜ)のよ』
 一瞬だけ不可解な顔をした霖之助は少しの時間をかけて意味を理解して、顔を苦笑の形に歪め、次の瞬間声をあげて笑う。
 二人は珍しい物を見た、という顔になり、そして呆れ、笑う霖之助を見ながら苦笑してお茶を飲む。
「……はは、なんだ。……全く。女の子には敵わないものだね」
 しばらくして笑いを収めた霖之助は視線を麝香連理草に向ける。
 麝香連理草はただそこで、優しげに咲いていた。
 桜の花を背景にしながら何も変わることなく、ただ咲き誇っていた。



END

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