'前作『四季流転』の続きのようなものです。
’随分キャラ崩壊が進んでるなぁ、というものです。
’ろくなものではないギャグなので合わない方は申し訳ありません。
’テンポは悪いです。聴牌。麻雀やりたいです。
’それでもよろしければどうぞ。





霖春


 真っ白な桜の木の前で、一人の半妖――森近・霖之助――が酒を飲んでいる。
 花見に対する言葉は要らない。
 桜を楽しむ霖之助は桜の前に言葉は不要と考える。
 魔とも呼べる桜に惑わされたのか。それとも桜に酔ってしまったのか。
 霖之助は涼やかな、けれど憂いを帯びた顔で酒を口に運ぶ。
 最中微かな風を受けひらり、と酒の上に桜の花が舞い落ちた。
「……粋な計らいと、感謝の一つでもしたものかな」
 小さな笑みを一つ浮かべ霖之助はその桜を見つめる。
 風が吹き桜の花が揺れ、落ちる。そして吸い込まれるように花は酒の上にまた舞い落ち。
「柄じゃないがこんな日は君の事を思い出すよ……」
 顔を上げ桜へと一つの名が零れ落ちる。
「あや」


 バタン、と思わず倒れてしまいそうな事に気づき、先ほどまで後ろから脅かそうと画策していた射命丸は慌て、そして猛烈に焦る。
(ななななな、何をー!?)
 現在空中で絶賛静止中。エンターボタンは伊達じゃありません。可愛く美しく射命丸です。
 いや、そんな事はともかく。
(て、店主さんが私の名を!?)
 思わず体温が上昇するのを、射命丸は感じていた。こんな桜の日の、しかも一人で秘めやかに行っている花見。
 霖之助ならばそれを高尚で優雅な嗜みとでもいうだろうか。
 誰にも見つからないようにしているのかどうかはわからないが、おそらく誰もいないと思って気を緩めているに違いない。
 だからこそ一人での呟きは誰にも聞かせるつもりがないことは明白だった。桜の白さも吃驚の白さ。
 とにもかくにも、霖之助が呟いた名を射命丸は聞いてしまった。
 妖怪でありゆうに人間の何十倍も、そして霖之助の軽く(多分)十倍程は生きてはいても、その精神は少女。
 呟かれた名を聞いて、全身の体温が魔理沙をも越える音速で上昇してしまうのは仕方のないことに違いない。
(い、いえ。ダメです。そう、私と店主さんは生きる世界が違うのですから! 私は山の天狗で店主さんは魔法の森の店主。これじゃあ違いが……あんまりないじゃないですか!)
 やけに沸騰し始めた頭で全力で自分を説き伏せようとし、そして一瞬で説き伏せられる射命丸。
 その思考速度、幻想郷最速の名は伊達ではなかった。
(いや、確かに店主さんは数少ない購買客でたまにお茶も出してくれますし悪い人ではありませんが、待て、待つのです射命丸・文。そんな簡単になびく少女でよいと!? 何、私は妖怪で店主さんも半妖なのです。その恋心百年ぐらい……心変わりするかもしれないじゃないですか! 半分は人間ですよよく考えなさい文! 人間とはたった数年という瞬きのような時間で心変わりをする生き物です! その血が流れている店主さんも同じでは!? でも半分は妖怪……って妖怪の方が簡単にくっついたりはなれたりするじゃありませんか! そりゃ享楽的ですからね私たち!)
 その今の思考速度たるや、おそらく八雲・紫ですら敵わないだろう。
 現在の思考が全て一秒未満に交わされたのだ。
(ええ。よく考えなさい射命丸・文。とりあえず保留で何事もなく挨拶を行えば良いじゃないですか。これでも天狗。嘘は嫌いですが隠し事に関しては鬼に劣ってはいますが負けてはいませんとも)
 何度か空中で頷き、射命丸が元気よく声をかけようと顔を上げた瞬間。
「……何をしているんだい?」
 霖之助が射命丸のほうを向きながら呆れた顔をしていた。
 一気に、射命丸の顔が真っ赤に燃える。この場から去れと羞恥心がわめき叫ぶ。瞬殺のファイナルブリッ……もといラストスペル!
「し、失礼しましたーー!!」
 風よりも早く、空気の壁をあっさりと突破して音速の衝撃を周囲に与えながら射命丸は逃げていった。
 脱兎? いいえ。その姿まさしく張遼。逃げることに全力を注げば千年で培われた翼に追いつけるものなどなし。
「……なんだったんだいったい」
 不審気な顔で逃げる際の衝撃で散った花を頭から被りながら霖之助は不可解そうな顔でそう呟いた。
 

「隠すの得意とか、全然ダメじゃないですかー!」
「へぇ天狗様。正直わけがわからないんですがねぇ」
 飛び去っていった射命丸が真っ先に飛んでいったのは河城・にとりが普段いる山の中。
 特に理由はない。あえて言うならばなんとなく話しやすかっただろうか。
「にとり、貴方がもしも男性に告白されたらどうする?」
 真剣な目で、いやさ血走った目で問い詰めるように近づく射命丸に、にとりは厄介な者に出くわしたとでもいうような顔になりながら頭をひねる。
「へぇ天狗様。あたしら妖怪はそんなこと適当に処理してるじゃないですか。気分で決めりゃいいんですよ。どうせ長くもっても百数十年 ですからねぇ。人間じゃあるまいし死ぬまで連れそうわけでもなし。軽ーくあみだやらなんやらで決めりゃいいと思いますよ」
「くっ、さすが妖怪。手堅いわね。じゃ、じゃあもし人間に告白されたらどうするのかしら?」
「そりゃ断りますって。幾ら盟友の人間でも恋仲になるのは難しいもんですよ。生きる時間も違いますからねぇ。まぁそんな妖怪もいるっちゃーいますけど大抵はろくでもないことにしかなってないじゃないですかい」
 適当に厄介ごとを払いのけるようににとりがいうが、しかし射命丸は気づかない。
 むしろなんかますます白熱しだす。
「でも上手くいくかもしれないじゃない。半分だけ妖怪ならなおさらに」
「はぁ。誰のこといってるのかわかりませんがねぇ。……というか天狗様が好きならそれでいいじゃないですか」
「別に好きってわけじゃないわよ。ただ」
 意識してしまった、という言葉が喉から出てこない。
 烏天狗の素早さは、加えて言えば射命丸の素早さは幻想郷最速。そして、諸々の速さも最速なのだ。おそらく。
 つい先ほどまで仲の良さで言えば良い方であった香霖堂店主。付き合いは数年程度だけれどそれなりに親密な時は過ごしてきた。
「好きなようにやるといいと思いますがねぇ。私はどうもそういう話は苦手ですが。好きなようにやってみると天狗様にとって良いことじゃないですかね」
 相手に任せるような言葉でそう締めくくりにとりは先ほどまで弄っていた機械をちらちらと見始め。
「……うぅん。では人間にも相談してみようかしら……」
 射命丸は悩みながらも音速で去って行った。
 そう。最も言ってはいけない人間の元へ。


「何だいきなり秘密の話って。何か異変のタネでも手に入れたのか?」
「ネタもタネもありませんが。でも種ではあるかもしれません」
 家でのんびり実験をしていた魔理沙の元へ一人の射命丸・文が突っ込んできた。そして誰にも見られないようにきょろきょろと周囲を伺い窓を閉めて声を潜めて魔理沙へと重大な言葉を口に出した。
「恋の種です。な、なななんとですね。香霖堂の店主さんが、私の、名を、口にしていたんです! 一人で!」
「……は?」
 出された内容に魔理沙はぽかんととしか形容の出来ないような顔になり、徐々に徐々にとその顔を青ざめさせる。
 驚きの青さ。図書館にいる某魔法使いも吃驚な上に突き抜ける程青い空も呆れ果てるぐらいの。
「はぁ!? 香霖が!? なっどういう事だ!?」
 青ざめた顔で魔理沙が身を乗り出して問い詰めれば魔理沙の状態に気づく余裕のない射命丸は軽く混乱しながらも、魔理沙とは対照的な赤鬼と青鬼違い程に赤くなっている顔で答えた。
「いえですね! 桜を見ながら店主さんが愛おし気に「あや」とですね!」
「待て。それは本当なのか? 別にお前のことじゃなくて香霖の知り合いに「あや」って奴がいるかもしれないじゃないか!」
 否定する姿魔王の如し。魔理沙は必死の否定を、というか射命丸の考えを出来るだけ自分が否定したいからかなんだかよくわからないけど否定した。
 否定も否定。否定姫も吃驚する否定レベルである。
「いえ。私の調査によると店主さんの行動範囲は狭くまた交友関係も限られるので私以外の線は案外低いかと」
 嗚呼無常。魔理沙の否定はあっさりと、そこの部分だけやけに冷静になった射命丸によって覆される。
 射命丸、賢者モードにでも入ったのか。まぁ妖怪の賢者は別にいますけれどね。
「ぐっ。確かに香霖にはいないけど、でも」
「……まあ確かに冷静に考えてみればあそこで私の名前を言うことはあんまり……思慕なのかもしれませんよ! 私に恋してたりしたらどうしましょう!? 是非、恋の魔法使いである魔理沙さんにご助言をもらいたいんですけど! 人間側として!」
 賢者モードはどこにいった。暴走特急射命丸・文でございます。
「いや、まあ私はそうだけどな。あー、でも、だ。実際本人の口から聞いたわけじゃないだろ? それじゃあお前の勘違いって事もあるじゃないか」
 乗り出していた身を元に戻して、肘をつきながら余裕そうに言う魔理沙。
 けれど額には汗がだらだらと華厳の滝のように流れっぱなしです。もしくはナイアガラに匹敵する程度には。
「む。確かに正論です。……ならばこうしてはいられません。聞きにいってみましょう。さぁ魔理沙さんもほら」
「って、私もか!? あー、まぁ別にいいんだけどなぁ」
 椅子から立ち上がり魔理沙の手を引きながら射命丸が促し魔理沙がいやいやそうに、けれどしっかりとした足取りで手を引かれて家から出て行く。
 後に残された魔理沙邸では積み重なっている物が少し音を立てていただけであった。
 隙間があったような気がするけれどそれは気のせいだろう。というかこれ以上ややこしくなるのはどうかと思われる。
 何はともあれ射命丸は普段の通り、のように見えて焦る程に音速超過で、魔理沙も負けじと箒にのって風を食い破る勢いで飛んでいく。


「それで何の用だい」
 霖之助が呆れたように先ほどから静かに居間に座っている二人へと問いかけた。
 問いかけられた二人は天岩戸のように口を閉じ何かを聞きたそうに霖之助を見るが、あえて無視しているのか気づいていないのか溜息を一つ漏らすのみ。
「まあ何でもいいけれどね。それじゃあ花見でもするかい? 今日は休業にして花に魅せられるのも悪くないだろう」
 外に咲く花をみながら霖之助が立ち上がり外へと向かうと、いきなり扉が開かれた。
 緑を基調とした髪と服を持つ、まるで悪魔のような少女が。
「お久しぶりね香霖堂さん。花見をするなら私も混ぜてくれるわよね?」
 相変わらず意地が悪いというべきか、まさに外道、とでも言うべきか。
 霖之助にとって痛い花言葉を持つ和蘭海芋という花を持って一人の悪鬼のような性格の少女が立っていた。
「……ええ。別に構いませんよ。僕と貴女との仲ですからね」
「ええ。とてもとても浅い仲ですけれどね」
 死ぬ直前のような魚の目をした霖之助と、復讐が叶った復讐者のような笑顔の風見・幽香。
 なんともいえない組み合わせだった。
「おや……。貴女はよくここに来るのですか?」
 先ほどまで口を閉じっぱなしだった射命丸が記者としての興味か少女としての興味かで問いかける。ちなみに魔理沙は自分の知らないことが一気に増えて何事かお悩みのようです。少女THE・ワールドに突入中。
「季節の始めに何か面白いものが仕入れられてないかを見に来る程度ね。今日は楽しそうだからお邪魔させてもらったけれど」
 何かの意味を含めて幽香が話すのを二人は怪訝そうな顔で見つめ、霖之助は花見のことだと考えて酒だけを持ち外へと出る。
「ああ。ツマミは適当に作ってくれないか。僕は先に一人で飲んでいるとするよ」
 そう言って幽香も霖之助の後を追うように店の裏手へ回る。
 言われた二人はしばしの間、目だけで会話を行う。
(私が作りますよ? ええ。将来夫人となりえる者ですから)
(私が作ってやるよ。お前じゃ勝ってはわからないだろ? 夫人になるかもわからないから要らぬ杞憂って奴だぜ)
(いえいえ。さすがにお客様にお手を煩わせるわけには)
(これでも私は何度も料理を作ってるからな。それに食材はあるのか? 私はここに来る時は常備してるけどここには何もないぜ?)
(くっ。まあ山の神様に頼めば何か持ってきてくれると思いますが)
(作る時間とどっちが早いと思うんだ? ここは私に任せろって。別に毒なんて混ぜないぜ)
(言われると心配になりますがね。まあここは一歩譲っておきましょう)
 この間およそ一秒。どんな思考合戦なのかわからないが魔理沙は立ち上がり台所へ。射命丸は店の裏手へと回りこむ。
 そこで射命丸が見たものは!
「へぇ。美味しいわね」
「だろう。これは千年古酒といって千年もの間海で熟成された泡盛だ。この芳醇さ、この旨み、この深さ。普通では飲めるものではないよ。僕の持っている中でも一品物さ。君が来たのだから相応の物を出さなければいけないと思ってね」
「妙な薀蓄はいらないけれどこの美味しさは認めてあげるわ。そっちのお酒少し貰うわ」
「こっちは神便鬼毒酒……の劣化品だね。名称は佐渡の鬼ごろし。味は悪くないよ」 「こっちに比べれば少し劣るけど確かにそう悪くないわ」
 互いに杯を交換し飲みあう二人の姿が!
 別に普通にありえそうな状態だというのに。
 なのに何故でしょうか。射命丸からはこう見えたのです。
 長年連れ添っている夫婦。傍から見ればパルスィ光臨な程にらぶらぶに見えたのです。
「……ん? どうしたんだいそんな所に立って。君も来るといい」
 特に気にすることなく手招きをする霖之助の後ろで、射命丸は見た! 悪女のように微笑む女! 昼下がりの午後!
(ああ。これで何か新聞の記事で社説でも書けそうですね)
 どこか冷静な思考なのは長年やっている記者魂のせいだろうか。それともすでに絶望がアッパーして彼方まで飛び去っているのか。
「あ、いいえ。別に何でも。今魔理沙さんがおつまみを作っていますよ」
 慌てて二人の”間”にへと座り自らも酒を飲もうと手を伸ばし。
「わ、私もそれを飲んでも良いでしょうか?」
 つい先ほどまで霖之助が口をつけていた杯を指差し、生唾を飲み込みながら問う。
 この緊張感、この動悸の早さ。射命丸は……勝負を……かけたっ。ここで退くことが許されは……しないっ。
 しばらくの間何を言ったのかを考え、霖之助は頷いて新たな杯に千年古酒を注いで渡す。
「余りじゃ君にとっては足りないだろうからね。とはいえ量も少ないからそれ程飲まれても困るんだが」
 冷静に、とても冷静にいっそ残酷とも言える冷静さで霖之助がきっと射命丸のことを考えて渡す。
 でも違う、違うんです。射命丸が求めたのはそういうことじゃないんですよ!
「……っ。あ、ありがとうございます」
 にやにやと笑っている幽香の顔を横目で睨みながらその千年古酒を一気に飲み干す。
 味は確かに深い。そして美味しい。射命丸の人生の中でもこれほど美味しい酒は滅多になかった。
 けれど舌に染みるこの苦さと辛さはなんだろうか。涙の味か。悲しみの味か。
 ああ射命丸よ、何が欲しかったのだ涙目になってまで。焦がれる者には決して掴めぬまま。
 とりあえず射命丸は飲み干した。霖之助が驚くほどの速さで。
 酒飲みに関して負けません。早く美味しく射命丸です。涙の味は極上の酒味。
「まあいいけれどね。酒がなくなったらどこかから店からもってくるか、君が持参してくれると嬉しい。僕の貯蔵だって十分ではないからね」
「急いで飲むのも良いけれど四季を感じながら飲むのもお忘れなく、天狗さん」
 妖艶に、まるでラフレシア(射命丸視点)のように毒々しい笑みを浮かべる幽香に思わず射命丸は歯軋りをしてしまう。
 幽香の無駄な優越感のようなものが伝わっているのだ。
 多分気のせい、ではないだろう。意地悪く無駄にそんなオーラを発することもある。幽香だもの。
「つまみと客がいるぞ香霖」
 そんな射命丸を他所に魔理沙が両手にお盆を、お盆の上には茸料理が入った皿を持った魔理沙が現れ、悔しそうな顔をしている射命丸に首をかしげながら横に立つ少女を目だけで指す。
「あ、どうも。目録に目を通しにきました」
 其処にいたのは小さく可憐で抱きしめたい程に可愛い稗田・阿求。通称あっきゅん。いえ、幻想郷じゃそんな事言われてませんが。
 花を見つめる目はまぶしげで何か思いでがあるように感じさせられる。
「あ。稗田の。どうもお久しぶりです」
 悔しげな顔から一転常の営業スマイルへと変わり射命丸は頭を下げる。それにつられ阿求も頭を下げ更に霖之助も頭を下げた。
「目録か、勿論いいよ。ところで君も花見をするかい?」
 にこやかではないが一応の商い上の関係か霖之助が誘い少しだけ悩み笑顔で阿求が頷きを返し。
 ここに、五人での花見が開かれることとなった。
 紅白の巫女が来なかったのは厄介ごとがあるという勘かどうかは定かではない。
 

 余り長々と花見の光景を描写するのも長くなり、更にこの時点で助長なので省略するが一部を映すとこのような感じである。


「一番魔理沙、マスタースパーク撃ちます!」
「魔理沙、撃つのはいいが花が散るのだからやめなさい」
「アタイってさいきょーね!」
「別にチルノは呼んでないぜ。というかお前いると桜が散るだろう」
「今あたいの名前呼んだじゃないのさ!」
「飴をあげるから湖へお帰りチルノ君」
「おー。アンタをアタイの子分にしてやるわ! えーと、眼鏡!」
「別に眼鏡だけが特徴じゃないんだが」


「二番幽香、失恋の花を咲かすわね」
「な、なんですかそれ! 誰の何を暗示するというんですか!」
「別にそんな気はないわよ? ただ、嫌がる人がいるかと思ったの。それだけ」
「……お前は相変わらだよなぁ」
「魔理沙は随分変わったみたいだけど? 赤毛はどこにいったのかしら」
「ブッ! お前、それは言うなって約束だろうが!」
「……昔はあんなに可愛かったんだがね」
「今の魔理沙さんは可愛くないみたいな言い方だなぁ? 香霖」
「さてね」


「三番阿求。円周率を覚えてる限り言います」
「えんしゅうりつ?」
「幽香さん、円周率というのはですね」
「幻想入りしたということは三にでもなったんだろうか」
「何言ってるんだ香霖。三.一四じゃない円周率なんであるわけないだろ?」
「それでえんしゅうりつって何よ」
「いえ、だからですね」
「3.14159265358979323846264338327950288419716939937...」


「四番森近。桜というのはだね……」
「薀蓄はいらないって言ったでしょう店主さん」
「昔桜を見るのに言葉はいらないって言ってたのは誰だったっけな。香霖」
「薀蓄なら私も負けませんが」
「私は薀蓄は別に……」
「…………」


「五番清く正しく射命丸。狗を呼びます。椛ー!」
「は、はい! ろ、六番椛! えーと!」
「あ、もう帰っていいわよ」
「ひ、酷いですよ文様! 私今日非番なんですよ! それでこんなところにいきなり呼ぶなんて」
「よーしよしステイステイステイステイ。狼ゴーホーム」
「う、うわぁぁぁぁん」
「椛さんは射命丸さんにいつもいじられている、と」
「幻想郷の歴史に不幸な形で名を残したようだね」
「まあそれも中ボスの宿命って奴だな」
「何の話をしているのよ」
「別に不幸じゃありません。あれが普通なんです」
 

「九番、阿求! 怖い話をします」

・・・

 放映終了。(一部)少女ほろ酔い中。
 なお、この時生まれたものは『阿求に怖い話をさせてはならない』という暗黙の誓いだった。
 
 
「随分騒いでいる気がするね」
「魔理沙さんと阿求さんはそろそろダウンでしょうか」
「このまま月見かしら?」
 酒を飲みながら笑っている二人を眺めながら相変わらずの調子で酒を飲み進める三人。
 射命丸は天狗なので滅多に酔わず、二人はペースが遅いため酔いが遅い。
 飲み方は多種多様、人によって千差万別なため一概には言えないが阿求と魔理沙に比べれば二人は大人の飲み方なのかもしれない。
「さすがに二人が寝たらやめておこう。魔理沙の方は僕が連れていくから君は彼女の方を頼めるかい?」
「え、あ、はい。別に構いませんが」
 のんびりとした空気にほだされここに来た目的をすっかり忘れた鳥で天狗な射命丸。実際は鳥ではありません。そこ注目。
「……って、私は宴会に来たわけじゃないんです! わけじゃないんですよぉ!」
「小さい声で叫ぶって余り聞けるものじゃないわね」
「僕も初めて聞いた気がするよ」
 互いに酒を飲みながらいきなりの射命丸の行動に驚愕する二人。幽香はいつも通りなので驚いているかは定かではないけれど。
「そういえば何か用があったんだったか。新聞をしばらく休刊にするとかかい?」
「私から新聞をとったら何が残るというんですが。勿論色々残りますけれど。っと、そうではなくて。ずばり率直に聞きます。あ、あ、『あや』とは誰のことですか!」
 射命丸がその名前を呼んだ瞬間、場の空気が停まったようになる。
 とはいえ別段どこか外の吸血鬼がスタンドを従えて来たわけでも某メイド長が来たわけでもない。
 勿論比喩的な意味なのだが。
 しかし。
「……君の(あたいってばさいきょーね!)名前以外で(こんなことしてばれないかな?)を聞いているのかい?」
 場の空気は確かに凍っていた。どこか肌寒いのは決してチルノがいるせいではありません。
「は、はい。(わたしはまだ寝ないぜー…)今日の午前に(すーすー)つい名前を聞いてしまいまして! も、もしかして(顔になんて書く♪)わ、わ、(たわしがいいんじゃないかなー)のことを言っていたんですか!」
 背後が五月蝿いのは気にせず二人だけの空間を構築する。ちなみに幽香はそれと花を眺めながらちびちびと飲んでいます。
「別に僕はたわしにあやと名づける気はないんだが」
「私です私! 外野少し黙ってなさい!」
 魔理沙と阿求の顔に香霖堂から勝手に持ってきたマジックペン(油性)で髭やらタワシとった言葉やらを書いてる四匹はその言葉にびくりと震えながらも小さく返事を返してまた落書きに戻る。
 そうして場は少しだけ静かになって二人の空間がきちんと形成された。
 にやにや顔の幽香は射命丸の視界から完全に消えうせてます。
「……成程。つまり君は僕が『あや』と呟いたのが君の名前なんじゃないかと思ったわけか。そしてその理由として考えられるのはいくつかある。一つは君を――」
 愛しているから、という言葉を予測し顔を赤くしながら脈拍が徐々に早くなっていくのを感じる。
 だが今更引き返せない。退く! 媚びる! 省みる! がうりの天狗であっても引けない一線というのは確かに存在するのだ。
 少女であるならなおさらに。
「鳥と認識している」
 だが口から出された言葉は全く別のもの。
「花を見ていたら焼き鳥が食べたくなると思われ、そして君を鳥だと思い出した。もう一つは号外がまた来るのかどうかを期待していた。更に考えればまだまだ出てきそうだね。けれど一応言っておくが僕はそこまで食い意地が張っているわけじゃない。あと君が号外を出すかどうかは少しばかり興味はある。だが期待を押し付けることはないよ。そこは安心して欲しいね。ちなみに本当のところを言えばあの時言葉にした「あや」というのは彩りのことだ。この一瞬を写真で映すことができれば視覚として残る、そして写真といえば天狗だ。僕の身近な天狗といえば射命丸・文。君の事であり誰もいない言葉遊びとして君の名を彩りを掛けてみたんだが、すまない。妙な誤解をさせたようだね」
 小さく頭を下げる霖之助に射命丸は呆然とした顔で陸に上がった魚のように口をぱくぱくとしている。
 酸素を求めているのは確かだろう。違う側面から見れば言葉が出ないというのも正しいのかもしれない。
「……ふふふ。もしかして店主さんに懸想されているんじゃないかって思ったのかしら。この人がそんな性格なわけないじゃない」
 楽しそうに酒を飲み続けながら霖之助の言葉を援護するように幽香が笑い。
 射命丸は地に伏した。
 今までの浮かれようや動揺がいったいなんだったのだと。単純に射命丸の勘違いなのだが。
「まあ今日は解散しておこうか。魔理沙の顔も酷いことになっていることだしね」
 淀んだ顔を射命丸が向ければ確かに魔理沙の顔は色々なものが描かれ酷い有様となっていた。
 どうにもこれは酷い。
「……とりあえず明日の記事にでもしておきます……」
 力なく写真のシャッターを切り、射命丸は同じく顔に落書きをされている阿求を背に担いで人里へと飛び去っていく。
「では僕も魔理沙を送ってくるとしよう。……君達はこれをあげるからどこかで食べておいで」
 あまったツマミを渡すと四匹は声をあげながら去っていった。来る時も去るときも突然な妖怪と妖精だった。
 何のために居たのかすらわからない。
「君はどうする?」
「そうねぇ。貴方が帰ってくるまでには居なくなるとするわ。……ふふ。それにしても彼女の勘違いぐらい気づいていたでしょうに。性の悪い人ね」
 魔理沙を背負う霖之助へと幽香が楽しそうで悪女のような微笑みを浮かべて霖之助を見る。
 対する霖之助は無表情で、その言葉に首を横に振った。
「さて。何のことだかわからないね。……それに『あや』については語ることじゃないだろう」
「それは認めるわ。何にせよ無難に恋愛を避けるのは過去から抜け切れていないせい?」
「……僕は君が好きなんだと何度か言っているはずだがね」
「私も好きよ。店主としてね」
 苦そうに言う霖之助と、楽しそうに心からの返事を返す幽香。
 もしも射命丸が居ればきっと逆切れしてもおかしくない会話だった。
 だが。
「貴方、あの天狗さんも嫌いじゃないでしょうに」
「……さてね」
 返事は肩を竦めるだけで終わらせ、霖之助は魔理沙を家へと送るために歩き出す。
 歩く途中でアリスなどが居れば任せたいなと思いながら。

 春の訪れは今だ遠く。
 だが春の足音は近し。





  おまけのおまけ



酔っ払いと保護者の会話


 すでに暗くなってきた魔法の森を魔理沙を背負う香霖が歩いている。
 足元はおぼつかなく、人を背負い歩くには不向きな場所だがさすが半妖というべきか。それともさすが霖之助というべきか。  迷いなく歩く姿に疲れは見られない。
「香霖ー」
 月明かりが照らす森で、夢うつつのようにぼんやりとした声で背負われている魔理沙が背負う霖之助へと話しかける。
 こういう時はやはり歳相応だな、と考えながら霖之助は苦笑し返事をする。
「……なんだい魔理沙。気持ち悪いなんていわないでくれよ」
 いつもより優し気なのは魔理沙が酔っているからだろうか。
 それとも霖之助もまた酔っているからか。
「んー。好きだぜー」
 突拍子もない半ば夢に入っているからこその率直な言葉。
 妹が兄へと抱くモノではなく、少女が大人に抱くモノではなく。
 それは老若男女人妖問わず誰もが掛かる、不治の病にして強固な魔法。
「僕も好きだよ」
 確かな言葉の意味を感じながら霖之助は、男としてではなく少女を見守る兄として返す。
 今は、まだ一つの恋を持つ身として。
 決して返すことのできない言葉。
「おうー。いつか嫁にもらってやるから覚悟しておけよー」
 微かな笑みと共に小さな寝息が霖之助の耳に聞こえ始める。
 苦笑を浮かべながらもどこか言葉に納得し、霖之助は微かな笑みを浮かべる。
「ああ。期待しないで待っているよ」
 いつか少女が他の者に恋することを願っての、霖之助なりに魔理沙を想っての言葉を吐き。
 もしかすればそうなるかもしれないな、と考え。
 霖之助は考えを打ち切った。
 まだそれは考えるべきではないとして。
 魔理沙を背負う位置を戻し霖之助は魔理沙の家まで歩いていく。




 おまけのおまけのおまけ


とある日の会話


 とある騒動から数日後の香霖堂。
 いつものように、この間の様子を欠片も浮かべずに射命丸が店の中へと現れる。
「いらっしゃ……ああ、君か」
 何も変わらない様子にどことなく安堵したような顔をしながら霖之助が顔を向ける。
「あの店主さん」
 楽しげな明るい声で射命丸が話しかけその場で一回転をした。
 何かに気づいて欲しいというように。
「なんだい? ……ん? 新しい帽子だね」
 しばらくその姿を眺めていた霖之助は新しく見える帽子に目をつける。
「あ、わかりますか? 天狗産の特注品なんですよ。友達の子がくれたんですが」
 楽しげに言う射命丸は以前と対して変化がないように見える。
 けれどもしかすれば。
「ほぉ。……うん。似合っているよ」
 内面が少しだけ、変わっているのかもしれない。
 恋をすれば女は変わるという言葉があるように。
「えへへ。ありがとうございます。それで今日の新聞なんですが――」
 どことなく、以前より親しげな二人の姿があった。