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執事と主


「お嬢様。死にますか?」
「結構よ」
 豪奢なドレスで身を着飾った少女が、ドレスに合う程に豪華なベッドの上で、苦しげに横になっていた。
 顔は苦悶の表情に彩られ、赤く小さな唇を噛み切るかのように、何かに耐えている。
 端麗な顔を歪ませ、しかし弱みを外に見せないように凛として耐える少女の姿はいっそ神々しい。
「苦しいならば、生きる意味などないでしょう。私は主である貴女のためを思いご忠告していらっしゃるのです」
 少女が苦しむ側に立っているのは、目立たない執事服を着た青年。
 口元は笑みの形で彩られている代わりに、その目はどこまでも冷ややかであり冷徹。
 苦しみ悶える少女を心の底から楽しいとでも言うように見つめている。
「何が、主よ。どうせ父上が、出来るなら自殺させろとでも言ったのでしょう」
 憎々しげに、憎悪と悪意をない交ぜにした、赤い瞳を細め少女は執事を睨みつける。
 絶対的な殺意。
 だが悲しいかな少女は少女でしかなく、執事の主でしかなく、殺意を実行に移す手段が存在しない。
「いえいえ。貴方の父上は貴方を見ていろと仰せでした。そして私は貴女の執事です。貴女の意に沿わぬことは行いませんとも」
「そういやっていつも見ているだけね、貴方は」
「執事とは度を越えた事を行わず言わず傍観するものです。悪い執事とは度を越え主の領分にまで立ち入るもの。良い執事とは領分に立ち入りつつも間違いを正し主に全てを捧げるものですので」
 恭しく一礼し、意地悪い表情で執事は主へと誘いの言葉を向ける。
「なんなりとご命令をどうぞ? お嬢様。貴女が殺せと命じるのならば私は貴方を丁重に葬りさしあげましょう。貴女が貴女の父上を殺せと命じるのならばその殺意に相応しい殺害を行いましょう。私は貴方の激鉄ですので」
「そうやって人のことを誘うなんて、貴方悪魔みたい」
 苦々しく想いながら少女は執事睨みつける。
 心からの憎悪を抱いた瞳で。
 悪鬼の如き視線を受けて尚、執事は優しく見える笑みを浮かべ小首をかしげるのみ。
 それは、悪魔のように。
 いや悪魔のようにではないだろう。彼は人間なのだ。
 ならばこそ悪魔よりも極上の悪を心に抱くことも可能だろう。
 だからこそ執事は否定する。
「私は人間ですよ。貴女が悪魔になれというのならば、そうなることも、吝かではありませんが」
「そういうところが、悪魔のようだって、言うのよ……!」
 けほっ、と一度咳をし、抑える手には、赤の塊。
「お嬢様がそう言うのならばそうなのでしょうね。それで、苦しいのですか? 医者でもお呼び致しますか?」
「……助けないのが、貴方らしくて、憎いわ」
 激しく咳をしている少女に対して執事は眉を動かすことなく問い、咳を収めた少女は執事を睨む。
 何も行わない少女の指示を待つだけの執事。
 怠惰ではないが、無能と言っても問題はない。
 言われた命令だけは完璧という言葉を持って行うことさえなければ。
「ええ。執事なので」
「主の意を汲むこともせずに、執事なんて片腹痛いわね」
「お嬢様。そこは腹部ではなく胸ですが?」
「……慣用句よ」
「勿論存じておりますが?」
 憎憎しげに舌打ちをして、ハンカチで自らに付いた血を少女は拭う。
 数年前から、ずっと、ずっと続いている事。
 少女は執事への憎しみと、肉親へと怒りと、世界への悪意によって生きているのだから。
 執事はそれを理解しているが、まるで関係ないといった風に少女を嗤う。
 これは少女の憎しみが尽くまで続く、執事の遊戯。
 これは少女の怒りが終わるまで続く、少女の戯れ。
 これは少女の生が途切れるまで続く、刹那の地獄。
 二人はそれを理解し、少女は認めず、執事はとぼける。
「さて、お嬢様死にますか?」
「結構よ」
 少女が死ぬまで。執事が死ぬまで。世界が終わるまで。
 これは、続き続けて終わらない。





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