終末10分前


 あと十分で世界も終わるのかと思うと何気なく欠伸が出てくる。
 社会は今でも回ってる。
 今日に全てが終わることを知ってもなお人は習慣に支配されているのだから滑稽と言うべきか勤勉と言うべきか。
 不安を感じつつも冗談や気のせいだと逃げたいのだということか。
「とりあえずどーしよーかな」
 ビルの屋上から空を見上げ、巨大な岩が落ちてくるのを眺める。
 岩と呼ぶのはあれに失礼だろうか。
 とはいえ隕石と呼べるような安いものでもないだから岩と呼ぶこともそう 悪くも思えない。
 時計を見ると終末まで8分。
 終わりはあっけなくも早いものだと肩をすくめる。
 大きすぎるから遅く見るのだと思うがそこらの理屈は一切知らないのでど うでもいい。
「人類社会の栄華のあっけなさに溜息が出るねしかし」
 ナタデココを飲みつつ酒でも呑めばよかったかもしれないなと考えるがそ れもそれで自棄になっていると思われるかもしれないから遠慮したい。
 誰に遠慮をするものじゃないのは知ってる。
 自分に遠慮をしたいだけなんだろう。
 風が頬を撫でる。
 街の空気が徐々に焦りへと変わっていくのを楽しげに眺める。
 世界の終わり。
 人類の終わり。
 地球の終わり。
 どれが一番しっくりと来る言葉だろうか。
 世界は終わらなく地球も完全に終わることもないと思えば人類の終わりが やはり妥当なものか。
「楽しいことだ」
 残り5分。
 習慣に支配されない人は何をして過ごしているのか。
 習慣に支配される人は何を思って過ごしているのか。
 くだらないか。
「さて。どーすっかな。人類が一斉に終わると地獄も混むだろうから一足先 に行っておくかなー」
 今ならそんなに多くないだろうし。 
 けどそれもそれで面倒なことだ。
 わざわざ苦しむことになる。
 いらぬ苦しみはいらないし。
「世界の終わりに一人で屋上。俺は支配者だな」
 立っていることも面倒に思って寝転がる。
 空には岩。
 いや、月。
 昼間なので輝くことがない月はどうみても岩にしか見えない。
 壮麗さの欠片もなくてつまらないことだ。
 せめて人類の終わり程度は厳かに締めてもらいたかった。
 気分の問題なのだろうが。
 時計を見ると残り3分。
 笑いがこみ上げてくる。
「終われ終われ世界よ終われ。生き残る確率が零に成程滅べ。滅んで滅んで 消え去れ。永劫の苦しみを味わって永久の枯渇を目に焼き付けて永遠の憎悪 を抱いて人類よ消え去れ。
 生き残る人類が居れば塗炭の苦しみと孤独の狂気と正気の絶望を味わえ」
 心の底から、笑いが混みあげる。
 こんなにも楽しい気持ちは何年ぶりだろう。
 時計を見ると残り1分。
 残り1分で、人類の終わりが開始する。
 もう一度岩を見ると、やはりそれはどうしようもなく岩でしかなかった。




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