学園物語

 朝起きて急いで学校に来るとすでに始業開始の時間となっていた。
 校門を遠めから見ると禿げ頭の教師が立っておりなんだかんだと五月蝿そうな目をしている。
 これは困った。
 今から行っても説教を食らうことは確実だ。わざわざそれをくらいに行くような真似はしたくない。
 静かに回り右をして路地裏から学校の裏側へと回り込む。裏門があるわけではなく、ただ単に生徒たちが共有する秘密の場所があるからだ。
 代々生徒会メンバーやそれの親しい奴にだけ伝えられる秘密の場所が。
 ちなみに俺は生徒会会計。
 やりたかったわけじゃなく、やっぱり内申書とかの問題があるからだ。
「あ」
 穴がある場所へと近づくと、スカートがめくられ白い下着から出ている美脚を発見する。
 どれほど美脚かと言うと、無駄な肉はなく引き締まっており健康的な細さで、色もまた健康美溢れる色あいである。何よりもくるぶしの艶やかさが俺の心を討っているが、更にふとももの柔らかさも捨てがたい。筋肉質ではなく引き締まっている足というのは触っていると中々感触がいいのだ。
 足が中に入っていくのを見終わり余韻に浸ろうとしてソレほど時間がないことに気づく。
 自分も急いで中に入ると、何か柔らかい物に顔が当たり、前を向くとスカートの生地が見えた。紺色の世界が目の前に広がっていると表現すべきだろうか。
「うん。柔らかい尻だ。でも俺としてはもうちょっと大きいほうが好みかな」
「……いきなり顔を尻にくっつけて何を言ってるのだ馬鹿者」
 美脚による蹴りを顔に食らった。痛い。
 相手の女生徒が髪を揺らしながら立ち上がる。
 短めの髪が特に何もされていないが髪の質はよかった。触ったら絹のようなさわり心地なのかもしれない。残念ながら髪に触ったことはないのだが。
 今度機会があれば触ってみることにしよう。
「そもそもだ。お前は先ほど私の下着を見たか? 見ただろう? 見たと断定する」
 腰に拳を当て眉を寄せながら女生徒が居丈高にスカートを揺らして俺へと問いかける。いや、これは問うなんて生易しいものじゃない。
 尋問だ。
「女性の下着を見るなんて破廉恥な真似をしたのだから、少し時間を開けて中に入るのが礼儀ではないか? そしてだな」
「大丈夫。白い良いパンツだったよ。君に似合ってた。どう似合ってるかっていうとミロのビーナスの腕がある状態並みに似合ってたよ」
 立ち上がりながら、腕を広げて言う。
 俺の顔は真剣そのものだ。
 女性の、それも下半身について語る時の俺は全てを凌駕できる弁論を振りかざせる。まぁそれが当てはまるのは足について言及した時だけど。
「言われても嬉しくないな。全く。お前は……。とりあえずお前はその性癖を少しは自重したまえ。そうすれば少しは……いやこれは何でもない」
「分かってるよ会長。自重しないと内申書に響くっていうんだろ? まぁそこは平気さ。教師の前じゃ、あんまり見せないしな」
 欠伸をして、自分よりも背の低い会長の頭に手を置く。
 手を置けるぐらいに会長は背が小さい。なんというか、小動物を連想させるような小ささだ。
 俺の背が180に届くか届かないか、という事を差し引いても小さいのだ。
 でも、背が低いっていうのは穴から入る時には得だ。羨ましいね。
「……そういうことじゃないのだがな……。まあいい。とりあえず私は行くが、お前も行くのか? ならば少し時間をずらして入らなければ勘付かれると思うのだが」
 穴を物で隠して会長は首をかしげる。何か言っていたみたいだがよく聞こえなかったのでとりあえずスルーしておくことにした。
「とりあえず俺は生徒会室で一限つぶすわ。茶でも飲んでるよ。この時間なら誰もいないだろうし」
「そうか……。ならば私も潰すとしよう。最初の授業はあまり好きではないんだ」
「んじゃ行きますか」
 言って後ろを見ないで歩き出す。注意を払わない俺と会長は、正直抜けているのかもしれないと思うがまぁそれはそれだ。
 西の校内に入って階段を三回上る。少しだけ人の気配がするのはおそらく文芸部員だろう。あそこの文芸部員はよくサボってるし、美術室にももしかするといるかもしれない。
「……ふむ。しかし静かだ。三限目あたりになれば少しは騒がしくなるかもしれぬな。ちなみに、私の二限目は美術だ。ここからだと早く付けて楽でとても嬉しい」
 声を弾ませて会長が言って、俺は少し羨ましいと思った。……俺は、東の三階だったかな。
 まぁ、どうでもいいんだが会長はこう見えて横着者だよなぁ、とも
「そりゃ羨ましいことで」
 欠伸をしながら返事をして、生徒会室が目前に迫り。
「うわ」
 会長が体勢を崩す。何もないところなのにどうしてこう器用なことが出来るんだか。
「おっと……」
 咄嗟に会長の腕を引っ張ると、予想以上に軽かったせいか会長が俺に方へと倒れこむような形になる。
 それを抱きしめるように受け止め。会長の顔が腹の辺りに当たり、少し恥ずかしい。
 いや少しというかかなり。
「……………………」
「……………………」
 少し、微妙な空気が流れ、俺の顔も赤くなり会長の顔も少し赤くなっているように見えた。
 多分、気のせいだと思っておく。だって、今更恥ずかしいし。パンツ見たり会室で俺の裸とか見られてるような間柄だし。
 会長が俺のワイシャツを握っているのを見て、少しだけ目を逸らして身体をどかす。
 すると会長も気づいたように手を離して顔をそむける。
「……まぁ、ありがとう」
「……おう」
 気まずい空気を無視して再び足を動かして会室の前に到着。
「あー。会長鍵ある?」
「当たり前だ。というか、お前は鍵も持たずに来ようとしたのか」
 先ほど前の空気を一瞬で消して、会長から鍵を受け取り開ける。中にはポットにコンロ、椅子に机。そしてホワイトボードがおいてある。ボードには昨日メンバーと一緒に落書きしたロボットやわけのわからない数式などが書かれていた。
 いや、本当。I+愛=I LOVE YOUとか書かれてる。YOUはどこから来た。どこから。
「お前は何を飲む? 私はコーヒーだが」
「んじゃ俺は紅茶でいいぜ」
「了承した」
 短く言ってお茶を沸かし始める会長。簡易とはいえコンロがおいてある時点で生徒会としては間違っているのかもしれないが俺も会長も他のメンバーも知ったこっちゃないという顔だ。
「そういや会長何で遅刻したんだ? 陸上部の朝練とかあるから寝坊とかねーだろ?」
 待ちながらテーブルの上にあった漫画本を読む。質問に会長は少しだけ逡巡し。
「……っていたのだ」
 小声で聞き取れなかったのでもう一度聞き返す。
「ん? 何?」
「……だから、走っていたのだ。つい走りすぎて、二駅先まで行ってしまって、な」
「……会長ってさ、頭いいけど馬鹿だよね」
 窓の外を見ながらしみじみと感慨深げに言うと、言葉に詰まったように「ウッ」と声を漏らす。
 馬鹿と天才は紙一重ではあるけど、頭の良い馬鹿も存在するから世界は広い。
「まぁ、いいけど。あー、でも会長は頭いいよなー。来年の受験とかどこ狙ってんの?」
 お湯が沸きそれをポットに入れている会長に聞くと、悩むように唸る。会長は、正直かなり頭がいい。TOPクラス、と言ってもいいほどに。
 全教科で3位以内に入らないところを見たことがない。
「まだ、決まってはいないな。やりたいことなどもない。古風で言うならば、お嫁さん、が目標ではあるのだが。その相手も……」
 紅茶をコーヒーを入れ終わり、紅茶を俺の前において会長は俺の前に座る。
「居ない。どこか適当な大学にでも入るのではないかと思っている。もしかすると大学院にでも行く可能性もあるかもしれないが」
 心底悩むように言う言葉を聞いて、軽々といえる事に少しだけ嫉妬してしまう。
 まぁ、俺が馬鹿だから、頭がいい奴には軽く嫉妬するものだ。誰だって、そうだろうと思う。
「ふーん。んじゃ近場とかに行くこともあんのか」
 紅茶を飲みながら聞きクッキーでも持ってくればよかったと少し後悔する。お茶請けはやっぱり少しぐらいほしいものだ。
「予定ではそうだが。……いっその事、一人暮らしでも出来れば良いと思っている。東京大学なども視野に入れているしな」
「一人暮らし、ねぇ。まぁ、会長なら料理とかも出来そうだしな」
 東京に行くとなると気軽に会うこともなくなるだろう。それは、少しだけ何となく残念だ。とても。とても。
「料理はそれほど上手くはないんだがな。まぁ、親に甘えてばかりもいられんよ」
 親に甘えてばかりは、という言葉を出すのには、会長は少し幼く見える。身体的にも、精神的にも。成熟してるとは言いがたい。  頭の良さと精神の歳に関連することはないのだし。
 まぁ、どうでもいいか。
「へぇ。……まっ、会長も悩むんだな。俺としちゃ救われる思いだぜ。何にも悩まないような完璧超人だったら俺が惨めだしな」
 欠伸をして、漫画をテーブルの上におく。俺は、学年で最下位という程絶望的な馬鹿じゃないが、それでも下から数えた方が早い程度には馬鹿だ。間違いなく。
 勉強をせずに遊んでいるので仕方がないんだが。
「悩みがない人間なんて、いないだろう。誰だって、ある。私は特に、未熟なのだ。精神的な機微が特に」
 空を見上げながら溜息を吐く会長は何となく歳相応に見えた。いつもは歳の割りに、が付くのだけど。低いか高いかの割合は半々で。
 少し冷めた紅茶を一気に飲み干し、俺もまた空を見上げる。外には誰も居ないので足を観察できないのが残念だ。いや、だけど俺は足フェチなんかじゃないけど。
 ただ単に足という人間の重要部位にエロスを感じる一般的男子高校生の会計だ。だけどそういえば足にエロスを感じる人間は歳を食ってるといわれたことがあるんだがあれはきっと間違いに違いない。
 健康的な足の色気は万国共通だろうから。
「……なんだか、邪な事を考えてはいないか?」
「まさか。世界平和について考えてるよ」
 世界の人間全員が足を好きになってしまうことになればきっと世界は平和になるだろう。根拠もなしにそう思う。
「まあ、いいけれど。そういえば君は、進路どうなのだ? 成績は悪くとも、面接などは得意だろう?」
「あー、そりゃ、そうだけど」
 面接で入っても授業についていけなければ意味がない。そもそも、勉強自体が俺の柄じゃないし。
「ま、色々と考えちゃいるけどよ。あー、旅とかも、いいかもな。幸い、俺バイト結構してるから金もあるし」  勤続年数2年は伊達じゃない。そして、毎月使い額なんて2割ぐらいだし。確かもう、100万くらいは溜まってるんじゃないだろうか。数えてないからよく知らないが。 「ほぉ。旅、か。見聞を広めるのは、いいことだと思うぞ。ただ、やはり大学に行くのも、いいのではないか? 余りこういう言い方は好きではないが大学は勉強のみの場所ではないだろう。一生の内の四年は短いが、遊ぶならばこの期間が最適だと思うぞ」 「言ってもなぁ。俺馬鹿だからな」
「私が勉強を教えよう。そうすれば、そうだな。東京大学は無理でも、近いレベルの所には入れるかもしれないぞ」  珍しい事を言う。基本的に会長は『勉強は一人でするものだ。それでなくても、人に教えられて身に付くことはあるがそればかりだと成長しない』という事を言う奴なのに。もしかして余りにも俺の頭が悪すぎるの原因か。それとも。  いや、俺の頭が悪いってことで、いいだろう。
 余り深く考えて、バランスを崩すのは良くない。自分の勘違いなら恥ずかしい。
「まっ、気が向いたら、な」
「うむ」
 もうしばらくすれば、鐘もなり一限目も終わるだろう。今日の仕事があれば放課後にまた会って、なければまた昼とかに会えばいい。  欠伸をして、空を見続ける。
 会長もまた空を見ている。
 一緒に居る時間は、案外に心地良いから、もう少しは続いてほしいものだ。
 楽しい時間はすぐに終わっちゃうものだけれども。



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