夕暮れの教室



  「ねぇ、付き合ってくれない?」
 放課後の教室。前から三番目にある窓際の席。
 勉強をしていると彼女が突然言い、それに訝しげに顔を上げると凛々しいともいえる夕日を浴びた彼女の 横顔が目に入る。
「うん?」
 聞こえた内容を疑い、聞こえなかったという風に、軽く聞き返し。
「だから、付き合ってくれない?」
 同じ内容の言葉を言われて即座に二つの意味を思いつく。
  一つは買い物に付き合う。もう一つは男女間の交際という意味での付き合う。
 最初の理由は今流行っているものでもないだろうが、ありえないことでもない。
 二つ目の理由は彼女の性格を考えると怪しいところだ。
 だから、考えることをやめ、最も簡単な方法である直接聞くということに切り替える。
「どういう意味でだ?」
 この言葉に数秒の間が空いた。
「どういう意味でだと思う?」
 よく響く声で逆に聞かれ、思わず顔を窓の外へと向け、真っ先に思った言葉は、悩む。だった。
 彼女と彼氏彼女の関係になりたくない、というわけでもないが。
 けれどなりたいかというと、悩んでしまう。
 今までの関係が崩れるからか。そんな関係を深く考えたことがなかったからか。
 深く、時間にして十秒程悩み、彼女へと目を向けると。
 じっと、俺を見つめていた。
「……お前はどんな答えがいいんだ?」
 考えを放棄して逆に問い返してみる。それに、彼女は考えるように間を空ける。
 今度は俺が彼女を顔を見続ける。
 凛々しい、けどどこか可愛い顔。肩まで切られている髪。
 引き結ばれた桃色の唇。薄く開いている目。
 美少女とまで言うつもりはなく、一般的によくいる綺麗さというものだろう。
 見ていると、ゆっくりと口が開かれ口内から艶かしい舌が顔を覗かせた。
「それを聞くのは男としてどうかと思うよ」
 ゆっくりと呆れたように口から出された言葉を頭の中で租借し、消化し、再度慎重にに組み立て言葉の意 味を察する。
 察しはしたが、しかしまだここでも可能性は二つある。
 一つはデートの誘い。
 これは男からでも女からでもどっちでもいいものだが、彼女のことだ。自分から言ったら負けとでも思って いるのかもしれない。
 何に負けるというのはわからないが。
 二つ目は――実質本命というべきなのだろうが――異性間交流。
 どちらなのか、察しろというのは難しい。今まで告白されたことはないけれど一度遭遇したことがあるの でわかるが。
 そんな雰囲気とは思えない。
 実のところ、これが最大の原因だ。
 告白ならばそんな、どちらも気恥ずかしいような雰囲気があってもおかしくないはずなのだけれどそれが 余り感じられない。もしこれが告白でなければかなり恥ずかしい事になってしまう。
 彼女は外を見続けて。
 俺は彼女を見続ける。
 互いに答えをはぐらかし、時間ばかりが刻々と過ぎていく。
 居心地はそう悪くはないが。ただ、いい加減面倒くさい。
 さすがにこれ以上ここで時間を費やすのはお互いにとって無駄、とまでは言わないが有意義なものじゃな いだろうと思う。こっちとしてはそれなりに楽しくはあるのだが。
 いい加減意味を勝手に決め、返事を返そう。
 楽しいけど面倒な彼女に向かい、口を開く。
「あぁ、別にいいぞ」





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