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終章 シャットダウン

 目が覚めると知らない天井だった。ぼーっと天井を眺めながら、声を出そうとして出せない事に気付いた。
 首を横に向けてカレンダーを見ると、知っている年よりも五年先に進んでいる事が理解できて溜息を吐く。
 戻ってきちゃった、と。
「……おはよう、春水。よく眠れたか」
 聞きなれた声に顔を横に向けると、犬さんが座っていた。……何か前に会った時より老けているなぁ。
「無理に声は出さなくてもいい。俺らには幻実があるからな」
 今は幻実にどうやって入るのだろうと思ったら犬さんが一から説明してくれた。うん、こういう人なのよね、犬さんって。
「いいか?」
 頷きだけ返して、幻実に入る。
 目の前にはいつの間にか黒い狼の姿をした犬さんが居た。五年の間にアバター変えたのね。私は、千手観の……。
「あれ? ちょっと。何で私?」
 見慣れた、動き慣れたアバターじゃなくて見知らぬ、そしてとても良く知っているアバターになっていた。ていうかこれ私だ。
 うわー。胸の大きさも、少し大きいくらいでほぼ同じじゃない。
 眠っている間に触られたりしたのかなぁ。
「安心しろ。目算だ」
「あはは。それ逆に怖いなぁ」
 じーっと見られていたって考えるとなんか怪しい風景にしかならないと思う。
 大人が少女をじーと見てるなんて。……少女なんて年齢じゃないよね。でも怪しい事に変わりはないよ。
「すまんな」
「気にしてないけどね。それで、私を引きずり戻したのは犬さん?」
 なんとなく、直感で違う気がしたけれど問いかけてみる。
 そしたらやっぱり首を横に振って、予想外の名前を出してきた。
「棺桶だ。アイツはこの五年間よくやっていたよ」
「アイツ馬鹿か?」
 おっと。思わず男口調になっちゃった。別にそうする意味はないけど。つい、癖みたいなものなのよね。
「口汚いぞ」
「清楚な私がお好み?」
「どちらかと言えばな」
 犬さんの好みは知っている。清純派なんて今時は居ないと思うけど。居ないから逆に、なのかなぁ。
「ふぅん。棺桶が、ね。ちょっとそこら辺を聞かせてくれない?」
「ああ、いや。兎や法一から聞くといい。俺は、アイツの手助けを全くしていなかった。精々最後に手を抜いたぐらいだ」
「犬さんも馬鹿だよね。まっ、男は馬鹿って言うから仕方ないか」
 溜息を吐きながら首を横に振る。あ、こんな描写もされるのかー。技術の発展は凄いなぁ。
単純に犬さんの努力とは考えないでおく。そこまで努力されても、私は困るし。
「私があそこに居た理由は?」
「俺が知ってると思うのか?」
 思う、思わないじゃないのだけど。犬さん自身が自白しているし。
「手を抜いて棺桶を助けた。なら、犬さんは棺桶の敵だったって事でしょ? なら犬さんはシャングリラ側の人間って結論は出るじゃない。私が捕まった後からなのか、捕まる前からなのかは知らないけどね」
「捕まった後からだ。人工知能を作る研究の手助けをしていた。お前を実験体にするのを取りやめるのと、完成したら全員解放するという条件でな」
 言い訳をするように、というよりは釈明をするように犬さんが少しだけ動揺しながら言うのを聞きながら頷く。
 ふぅん。そういう所だった、か。
「それで、完成はしたの?」
「八割はな」
 成程。順当にいけばもう少しで私は自然解放されていて、その前に棺桶が助けたって事かな。
 どちらにしても私は無傷で助かっていたのね。
「……気になるなぁ。それ。試作品のプログラムとかは見せられないだろうから、自分で調べるしかないか」
 五年も流れていたのが実感できるのは、多分鏡を見たり外を歩いたりしたらなのだろうけれど。今はそんな事はどうでもよくて、最新技術に目が向く。
「お前は……。それでいいのか?」
「これでいいのよ?」
 ハッカーとして。現実から逃げる者として。
 自分は元になって居ないとしても実験体となった人が居るという事は、人の精神を使った人工知能という事なのだろうと思う。
 それはもしかすると医学の発展とかにもなっているのかもしれないけれど、私は作られたプログラム部分が知りたい。
 攻略は、知識欲を満足させるための物。分解もまた同じ理由。製作は趣味なのだけれど。
「あ、犬さん。一応聞くけど、答えはほしい?」
 シャングリラに行く数週間前。
私は犬さんに告白をされた。
 私が好きだと。私を愛していると。結婚してくれ、とまでは言われなかったけれど。
「あそこで言わなかった理由くらいはとっくに見当が付いているよ」
 人の目があったからって私が言わない理由はないものね。
「うん。でも、嫌いでもないし、異性として好きじゃないって事もないの。ただ、まだわからなくて」
 身体は二十三歳だっていうのに。心はまだ十七歳のままだ。
 友人として好きなのか異性として好きなのか。この歳でもまだわからない私は遅れているのだと思うけど。それでも興味がないわけじゃなくて。
 ただ、わからないだけ。
「それは流石に予想できなかったな」
「予想してたら怖いわよ。お試しでなら付き合うけど、どうする?」
 苦笑しながら首を横に振られた。うん、私も犬さんとお試しで付き合うなんて事はしたくないもの。
 失礼だと思うし。他の男に関してはそんなに信用できないから言う事すらしないけど。
「そうだ犬さん。私の貯金あと幾らぐらいある? かなり減っていると思うけど」
「お前、あそこに行く前に特許を取っただろう。それで前よりも増えてるぐらいだ」
 あらまぁ。それは、流石に予想外ねぇ。製本作業で儲かるなんて。
 うーん。会社でも起こしておけばよかったかな。
「へぇ。棚から牡丹餅だね」
「ああ。俺はそろそろ行く。他の奴らも、棺桶も早い時間で来るだろうしな。少し会いにくい。また今度、見舞いに来る」
「わかった。お土産は何でもいいよ」
 冗談混じりに言うと、真剣な顔で検討しておくといわれて少し噴出した。
 真面目な人だなぁ。そういう所は結構好き。私が不真面目だから真面目な所は憧れるし。
「それじゃあ、またね」
「またな」
 現実に戻ると犬さんはそのまま背を向けて部屋から出て行った。声は出せなくても、手は動いたので見えなくなるまで手を振る。
 最新技術の賜物って奴かな。五年間も動けなかったならもう少し筋肉が衰えていてもおかしくないと思ったのだけれど。
「春水さん、先生が呼んでいるので移動しますけどよろしいですか?」
 看護婦さんが入ってきて、色々と説明するのを聞く。
 それからおよそ二時間は長かった。なんか、実験用のモルモットの気分がわかるくらいには長かったと思う。
 病室で久しぶりに動いたからかぐったりしていると、ノックの音が響いた。起きたからってこんなに早く色々な人と会うのも大変なのに。
 私からするとそんなに長い時間が空いているわけでもないのになぁ。
 とりあえず声は出せないからどうにか歩いて扉を開けた。
 なんか、住職が居た。私まだ墓の用意はいりませんよ?
「変な顔されてるじゃない」
「虚無僧って最近はやらないのかなー」
 住職っぽい人は頬をかきながら緩い顔。後ろに居るのは、なんだ。兎じゃない。
 綺麗になったなぁ。私ももうちょっと顔が良かったらいいのに。そうすれば少しぐらい我侭言ってもこいつぅで済ませてくれる人も増えたかもしれないものね。
 羨ましいなぁ。あ、肌の調子もいい。髪もさらさらだ。
「声が出せないのね。それじゃあ幻実につなぎましょうか。筆記は面倒だもの。法一もそれでいいわね?」
「兎の言う事には従うぜー」
 兎が私を引っ張ってベッドに横にさせた。二人はそのまま椅子に座って。
「それじゃあ接続するわ」
「ういーす」
 頷いて、本日二度目の接続を行う。
「気分はどう? 棺桶と彼にも会ったでしょう?」
「犬さんには会ったけど、棺桶とはまだ会ってない。つーか、あれって法一だったんだ。何あの格好? 本当に耳なし法一なの?」
 本物はあんな格好してなかっただろうけど。
「趣味だなー。ほらー、人間ちょっと奇抜な趣味持った方がいいじゃんー?」
 初めて聞くなぁそれ。
 あー。そう言えば法一と会った事もなかったしなぁ。法一も法一で、荒くれ坊主とか言う幹事の渋さがあって格好いいな。
 羨ましい。
「えーと、お見舞い?」
「そうじゃないと来ないでしょ。眠っていた間の記憶は?」
「全くない」
 普通に眠っていて気がついたら五年も過ぎていた。眠り姫だなぁ。キスで目が覚める事も王子様も居なかったけれど。
「んでー、これからどうすんだー? 学校にでも通うのかー?」
 普通に生きるならそうした方がいいのはわかっているのだけどねぇ。それもそれで、私らしくない。
「適当に、勉強でもして復帰してみるよ」
 肩を竦める。……そういえば今アバターは私のだから二人から見ると滑稽かもしれない。自然と男口調になっているのに、女が話しているし。
「なら私の所で勉強していいわよ。仕事もついでに手伝ってくれると嬉しいわ」
「あ、そうして貰えるならありがたいな。……ところで、法一は何をしに来たんだ?」
 なんかこっちの事はどうでもよさそうに、と言うと何だけど。それ程には興味なさそうだし。
 本当に起きているかどうかの確認に来たのかもしれない。
「兎さんの付き添いー」
「あー。あぁ、二人ともそういう関係?」
「それはないわ」
 複雑な関係みたいだった。男女の関係って難しいものね。 
 深く突っ込むと面倒くさそうだからそれだけで終わりにしておこう。
「後でキングと棺桶も来ると思うぜー」
 キングかー。キングともまだ会った事ないのよね。どんな奴なのか、ちょっと気になる。
 私が女だって吃驚しただろうけど。きっと筋肉とかムキムキだろうから期待が膨らむなぁ。
「それじゃあ私たちは帰るわね。二人によろしく言っておいて」
「うん。それじゃあ、また。次来る時はお土産よろしく」
「笠居るか?」
「砂糖でも持ってくるわ」
 ろくな物じゃないなぁ。
 幻実から落ちて現実に戻る。前はもうちょっと緩く変わったけど今は一瞬で切り替わるから今が幻実なのか現実なのか判断が難しくなりそうね。
 そこら辺にも慣れていかないとなぁ。
「それじゃあまた来るわ」
「んじゃなー。これ置いていくから使ってくれよー」
 一体何に使えばいいのかな、この笠。被って遊ぶにしてもそこまで精神年齢子供なわけじゃないのだけど。
 とりあえず二人の姿が見えなくなるまで手を振って、溜息を吐いた。流石に疲れるわね。
 今は、十一時か。少しくらい寝ておこうかな。あー、今度誰かに頼んで本を買ってきてもらうのもいいかもしれないわね。新刊は出ているだろうし。
 あ、でも今は電子書籍が主流らしいからここでも買えるかな。
時間はまだまだ沢山あるし何か適当に買おうかなぁ。
「どうも初めまして春水様。私は中島と申します。キングの中身と言えばいいでしょうか?」
 優しげな笑みで、その子というか、自称キングの中身はドアを無遠慮に開けて中に入ってきた。え。何この状況。
 いきなりのカチコミで私の頭、沸騰しちゃいそうだよ。いやいや、そんな事はどうでも良いのだけれど。
 ……キングが、女の子? それもこんな清楚で可憐な? どういう事?
 いきなり過ぎて理解が追いつかないけど。えーと、幻実に入った方がいいかな。これは。
「まずは幻実に入りましょう? お互い、積もる話は……それ程ないのでしょうけれど。話したい事はあるでしょうし、ね?」
 柔らかい笑みを見て、なんとなく私は悪寒が走った。
 例えて言うなら、蛇を前にした蛙、みたいな。
 それからの二時間はもう、凄絶だった。色々と。
 私はもしかすると三回ぐらい死んだ気もする。眠り姫は王によって殺される、なんて御伽噺でもないのに。
「それでは失礼します春水様。また幻実でお会いしましょう」
 恋する乙女の恐ろしさっていうのは怖いなぁ。私も恋をしたらあれだけ怖くなれる物なのかな。……私には無理だろうなぁ。
 多分、根本的なところが違うだろうし。そうそう。
 さて。キングが帰る前に内容を整理しよう。えーと、簡単に言うと棺桶が私に縛られているから自由に色々するように目を向けさせろ、ね。
 ……私に言われてもなぁ。
 そこは棺桶が満足するまで自由に縛られていればいいと思うのだけど。そこは、まぁ恋する乙女の言葉だし、友人だもの。私も協力しはするけれど。
 その前に叱らないと。現実に引き戻してくれたしね。
「……夏雪様。また、後ほど幻実で」
 ん? また誰か来たのかなぁ。かなり疲れているのに。明日には親族とか来て五月蝿いだろうからそろそろ寝たいのになぁ。
「………………」
 目を向けたら何か高校生くらいの男の子が居た。
髪は染めてないから黒で。顔は、うーん。悪くはないかな。好みには入らないだけで。
誰だろう。前に幻実であった人とか、クラスメイトかな。あー。クラスメイトにしたら何回留年しているのかなんて話しになるか。でも一度会った、結構良い顔の男の子なら忘れないと思うけどなぁ。
 誰だろう。
「女神だ」
 変人だ。
「……?」
 え。人の事をいきなり女神なんて言う知り合い、私は覚えがないけど。あえてあげるなら幻実のキングくらいだったのだけど。
「し、失礼します。俺は、その、棺桶です。夏雪って言います。えーと」
 五年間で何か辛い事でもあったのかなぁ。少しは優しくしてあげよう。
「えっと。幻実、つなぎますか?」
 それには頷いておく。
 会話が出来ないと意味のわからない呟きを聞く事になりそうだし。
 幻実に繋いで、目の前に棺桶が居た。いつ見ても、シュールだなぁ。
「久しぶり、って言っても私からすると三日四日ぐらいの感覚なんだけどね」
 笑いながら言うけど棺桶はどこか申し訳なさそうにしている。……助けた事に関してか、それとも別の事なのか。
 挙動不審なのもそのせいかもしれない。だからと言って容赦をする気は全くないけどね。
「あ、はい。あの、お久しぶりです千さん。えーと。その、すみませんでした」
 何に謝ってきたのかはわからないけど、これから説教だ。
 とは言ってもそういうのは苦手だから適当に話す。私が考えられる限りの事を言うと。
「はい。……すみません」
 うん。ちょっと棺桶らしいと思う。素直な性質は今の昔も変わらないみたいで何よりかなぁ。
「ん。けど随分と幻実は変わったね。棺桶も腕上げたみたいだし。私は、これからやっていけるかなぁ」
 周囲の病室を見渡しながら思う。昔はこんな風に精密に描写はされていなかったからそれだけでも技術の進歩が伺える。
 例えると戦国時代から明治まで飛ばされた物かな。
「……まだ、続けるんですか?」
「当たり前でしょ? 最近は意味合いが違うみたいだけど、元々は知的好奇心を満たすためだけの意味合いだったんだから」
 調べたい事も出来たし。知りたい事もまだ多いもの。現実から逃げるためでもあるのだけど。
 それでも、逃げるなら逃げた先ではしっかりとやりたい事はやりたい。
「棺桶もこれからは自分がやりたい事をやってね。私も、これからやりたい事をやるから」
 キングに言われた通りに一応諭しておいた。まぁ、私から言えるのはこれぐらいかな。
「はい。まずは、色々と調べたい事はありますし……千さんはこれから、どうするんですか?」
 この様子だと私を助けて満足してくれたみたいで良かった。これから私の世話を焼こうなんて思っていたらもう一度叱らないといけない所だった。流石に一日で二回も同じ人に怒るのは大変よねぇ。
「高校は今から行くのも無理だし、独学で色々学んでみようかな。兎の仕事を手伝いながら、ね」
 いけるなら行きたいけれど。私が居ても場違いにしかならないからなぁ。流石に今から高校の制服着るのも恥ずかしいし。
 胸とか邪魔になりそうだし。……あ、夜間学校ならいいかな?
「聞いたけどトランペットって子と遊びで付き合っているらしいね? 駄目だよ、女の子とは誠実な付き合いをしなきゃ」
 あの三下。女の子だったのはわかったけどまさか棺桶とそういう仲になるなんて思わないよね。人生何が起きるのかわからないものだわ。
 これは私のおかげと言えばおかげなのかなぁ。
「いえいえいえ。アイツはただの舎弟ですから。なんか付きまとってる奴です。三下です」
「え? そうなの? キングがそう言ってけど」
「事実無根ですよ!」
 じゃあキングの勘違いかー。……好きな人に彼女が居るか居ないかくらいはきちんと確認しなよね、キングも。
 なら一応聞いておいてあげよう。
「そういえば、棺桶は好きな人」
 問いかけたら。
「千さんが好きです、付き合ってください!」
「……え?」
 何を言っているのかな、この子?
「いや、その。好きなんです。三年くらい前から。結婚を前提として付き合ってください。駄目なら駄目でもいいんですけど、できれば付き合って欲しいです。好きです!」
 愛してる、とまでは言われなかったけど。
 え。何この展開。
 一瞬でキング顔と犬さんの顔が思い浮かぶ。
 目の前には真剣な顔をしているであろう棺桶の姿。
 あー。うーん。どうしたものかなぁ、これは。
 とりあえず幻実の外を見ても、どこか造り物めいた空が晴れ渡るだけだし。
 ……どうしたものかなぁ。

 END