3.5章 Error継続中

 トランペットの昔のアバターは他のアバターと同調する事によって感知できなくするっていう物だったなぁ、と今更のように思い返す。どこからともなく聞こえてたのはピアノの音だったけど、何でトランペットからピアノの音が出るのかは今でも疑問に思う。
 それはともかく、俺は病院に入り顔見知りとなったナースさんに挨拶をして白い廊下を歩いた。しばらく歩いて春水・恋華とネームプレートがある病室へと入っていつものようにベッドの横へと座る。
「こんにちは、千さん」
 死んだように眠っている彼女を見つめ、無理をしてでも微笑む。
「また一年過ぎちゃいました」
 顔を見ながら、唇を噛んだ。
 あれからもう、五年が過ぎた。当時十二だった俺は今年で十七になり、当時の千さんと同じ歳となった。
 そう、当時だ。千さんは年齢だけは無駄に重ねている。俺が、焦って下手を打ったがために。千さんの精神はシャングリラという監獄に閉じ込められている。
「……すみません。今年はやれます。準備はもう終わってますから」
 思い出す。シャングリラから逃げ帰り、トランペットを責め、犬さんを責め、キングを責め。そして、自分を責めた。
 皆は俺を救った千さんのミスと言って、それでも助けるために一度だけ、潜ろうとした。
 結果は失敗どころではない。シャングリラへと外国の集団が攻めてきており混乱の中で全てが有耶無耶になった。そしてそれが幻実大戦の引き金へと繋がり俺の両親は死んだ。
 結果も何もすべてが有耶無耶な事だった。だが恐ろしいのは、腕利きのハッカーや軍隊のサイバー部門ですら打ち破れなかったという事実。それ以後ハッカー達の間で目標とされていたシャングリラは、打ち破れない聖域と見られるようになった。
「でも。あそこだって完璧じゃないですから」
 全ての様子を観察していた俺らは知っている。第三層が破られた事を。そして、あそこを守る何かが居る事を。
 数十人のアバターが傷つく事も恐れる事なくシャングリラの防衛を行った。それは第三層が破られるという事を物語っている。不可能ではないのなら、やりようはある。
 データの解析は終わっており、シャングリラは未だに存在している。
「やりますから、やれますから千さん。起きた時には……」
 俺を、責めて下さい。
 言葉は最後まで出さない。この人を助けるためにやっても、助けたとしても俺が犯した罪は変わらない。せめて、せめて俺はこの人の時間を奪った罰だけは受けたい。死ぬ以外のことならば、何でも行おう。
「次は、千さんが起きる時に」
 確定してはいない。もしかすると、どんなに入念な準備を行っても、向こうの技術はこちらの上を行っている可能性もある。俺はそれに取り込まる事も考えられる。
 けど自信を持って挑まないと、心の時点で負けちゃどうにもならない。
「それでは、また」
 此処に戻ることを誓って、俺は病室を後にした。

「えぇ、私がこれやるんすか! いや、勿論の事ハルモさんの命令なら渋々ながら従いますけどぉ」
「嫌なら別にいいぞ。それはそれで、他の奴に頼むからな」
「いやいやいやいや。ハルモさんの言葉なら海越え谷越えどこ越えて行きますよ! 私これでもハルモさんの事凄い尊敬してるっていうか、舎弟だし!」
 幻実に入って一昨年あたりから完全に舎弟となったトランペットに頼みごとをする。正直こいつが俺にべったりと崇拝気味なのはよくわからない。
 尊敬するなら俺じゃなくて千さんだろうと再三言っていたんだが、話しを聞かないのが困りものか。
「まぁいいけどな。……そんで、お前も結構実力上がってるだろうけどメンバーの奴はどうなんだ?」
 俺は犬さんが居なくなった後のチームで代理のリーダーとしてやってはいるんだが。あんな癖の強い人たちを犬さんはよく纏められてたな。千さんていう補佐が居たからっていうのもでかいかもしれないけど。
「うちのチームは私含めて六人なんすけど結構いい線いってますよー。まぁ私ぐらいの腕はまだねぇんですけど」
 昔の幻実はかなり違うからなぁ。とはいえ、トランペットの腕は一流にぎりぎり入るには入る。どうにか二流の奴らで固めてるっていう事だろうから今の幻実なら中堅って位置づけにはなるって所か。
「戦力にはならない事もねぇって事か。お前の腕がもうちょいあればいいんだけどな」
「あはは。どうしたって私は才能ねぇっすからね。あ、そういえば今度ハルモさんの家遊びに行って良いですか! 既成事実作りたいんで!」
 なんだこの頭湧いてる高校三年生。
「……なぁ、トランペット。はっきりしておく事があると思うんだ」
 というか、こいつは俺の舎弟って位置……いや俺は舎弟なんていらないから不満なんだけど、もしかして舎弟以上を目指してるんじゃないだろうか。
「なんすかー? あ、私不良少女だった五年前ですけど、流石にまだ処女ですよ! 女の子の初めては好きな人に捧げたいモノじゃないっすかぁ。高校二年生に全てを捧げる高校三年生。しかも美女! 高校生としちゃ据え膳ものでヨダレだらだらの状況っすよ!」
 俺の一つ上でこの性格ってのが嘆かわしい。ていうか何言ってんだこの変態。
「黙れ。喋るな。俺は千さんが好きだからお前に靡く予定は一切ねぇよ」
 千さんに振られたとしてもこいつに走るぐらいなら死ぬね。いや、男と付き合うね。
「身体だけの関係でもいいんすよー。ほーら。ハルモさんも見たことのある豊満で艷やかな肢体を隅々まできゃっきゃうふふできるなんて贅沢ものぉ」
「顔が良いのは認めるけど、お前の身体はキュキュキュの三拍子だ。豊満じぁねぇよ」
 キュボンキュじゃないだけマシなんだろうけど。
「おやおや、胸が大きい人がお好みすか。逆に考えてはどうすか? 小さい胸を大きくするために揉みしだく。ほーら、私に手を出したくなった」
 ねぇよ。
 全てがねぇよ。……こいつとの付き合い改めるべきかなぁ。
「さて。楽しい軽口はここまでだ。俺はキングに話しを付けてくる。お前はチームの奴らに聞いておけ」
「全部正直な気持ちなんすけどねぇ。あいあいさー。まっ、うちの奴らが来なくても私が手伝えば一人力ですよ」
 そこは百人力ぐらいいっておけよ。何でそこだけ無駄に謙虚なんだよ。
「あんま期待してないで待っておく。じゃあまたな」
「はいっす。気をつけて下さいねー」
 トランペットの声を後にチャット室から出て、ホームへと飛ぶ。周囲の景色は近未来都市のようになっており、暗い場所など何一つない。ここが五年前と今との違いだろう。
 視覚化がほぼ完全な物になっているのだから。
「とりあえずキングは今何処らへんかなっと」
 ホーム内は俺の好きなように作っている。基本は、やっぱり和室だ。そして本棚が七つに、なんとなくコタツ。後は机が一つと壁にカレンダーを置いている事ぐらいか。
 本題。キングの居場所を知るためには。
 とは言っても最近のアイツはハッキング行為は程々だからな。幻実に居る時間は多いから、秋葉原の地下だろう。あそこ入るのは結構面倒くさいんだけどなぁ。
 机に手を当ててパスワードを入力。十八桁の数字と漢字、そしてローマ字を入力して解除。机からウィンドウが浮かび一つの紙幣型のオブジェクトを取り出す。
「試合中だったらいいんだがなぁ」
 ホームから出て秋葉原まで飛ぶ。飛んだ瞬間に轟音が響いてきた。そこらで流れるアニソン。そして蔓延しているスパイウェア。まぁこれはアンチウィルスソフトを入れておくなりしておけば防げるからいいんだが。
「……棺じゃねぇか。何だ、喧嘩売りにきたのか?」
「ここにてめぇらが参入したら情勢が一気に変わるから俺は大歓迎だぜぇ」
 歩いて三歩で絡まれた。顔っていうかアバターの形が周囲に売れるとこういう事があるから困る。
 うーん。使い慣れないけど別の奴に変えておけば良かったかもしれない。……いや、あの人にこれから行く場所で会うならこれじゃないと逆にきついし、何よりこの恰好は目立つ。良いにしろ、悪いにしろ。
「やらないよ。これでも俺は日和見主義なんだ。他の三人がどうなのかは、残念ながら俺じゃあどうにもならないけど」
 リーダーとして器が足りてないとは思われないだろう。何せ、あの三人だ。狂兎。耳鳥。破壊魔。そんな風に言われてる三人を纏め上げるなんて不可能に近いっていうか、不可能だ。
 まぁ、御しきれて初めてリーダーと呼ばれるんだろうけど今の俺はリーダー代理。
「んじゃ何しに来たんだよ。お破壊様にでも会いに来たのか?」
「御名答。その通りだよ」
 キングの通称は、もう数え切れない程あるけど破と壊の字がつく俺の関係者ならそれはキングだ。というかあの人以外でそんな呼ばれ方をする人が現れて欲しくもない。
「あの野郎、今日も騒いでるからさっさと持ってけよ」
「……まぁ、俺じゃあどうしようもないけどね」
 派手に暴れてるって聞いてはいる。まぁ、キングのハッカーとしての経緯は元々がおまけ見たいなものだしな。
「んじゃ、まぁ今度個人的に話しがあるってお前らのリーダーに言っておいて。ばいにー」
 手を振ってかなり早めに去る。んーむ。周囲からの視線をたまに感じるのは、ハッカーが多いからなんだろう。秋葉原は、抗争の多い場所だし。
 今だけでも三チームがここの争いをしてるって噂だ。
「まっ、俺には関係ねぇけどっと」
 とあるビルの一角に入り、その中にある店に入る。何人かから視線をもらったけど店の中までは入ってこないだろう。
 ここに入るのも面倒くさい事だしなぁ。
「……ん? あぁ、なんだ棺桶の坊主か。パス持ってるだろうから勝手に入りな」
「あいよ」
 電子マネー三百円を支払って、店主の後ろにある扉を開き、下に降りる。……いや、この歩く空間が警察とかが入ってきても逃げる時間を稼いでくれるっていうのはわかってるんだが。流石に面倒くさい。人によっては省略できるとかやれればいいんだけどなぁ。
「仕方ないんだけどね」
 少し歩いて、先にある扉を開ける。
 熱狂が全身を包んだ。
『では次の試合! 本日の大目玉! 突如勝ち上がってきた無名の挑戦者、レミングス!』
『そしてこの人、この闘技場のボス、我らを魅せるはこの男、百戦無敗のキングー!』
 ビンゴ。丁度試合が始まる所か。
「破壊王やっちまえー!」
「レミングス、勝てよ!」
「オッズは一:九だよー。勝てば大儲けだよー!」
 賭け試合。ここはアバター同士がプログラムを使わずに格闘で戦うという場所だ。参加条件は規定までの能力を持つアバターを使う事。
 キングの姿は、あった。姿は優男。右手にはトランプを一枚。人間の形は最高の技術もあってかやけにリアルに作られており、殴られた場所が腫れるというサービス付き。
 まぁ、こんな見せ物だからそんな風に手間をかけてるんだろうけど。
「今日もいい勝負見せてくれよな!」
 キングは最近ここで遊んでる事が多い。というかここで稼いだ金が収入源なんじゃないだろうか。確か前に聞いた話しだと一月で五十万は入るとかなんとか。その名の通り此処のキングだしなぁ。
「さてと、っと」
熱狂を浴びながらメールリストを開いてここの責任者へ連絡を取る。……まぁ、世果なんだけど。
『なんだい。情報屋に何の用かな、ハルモニアくん』
 おや。返信が早いな。
「ああ。キングと俺の試合でもやらせたくないか? ルールは互いに本気のアバター。プログラムの使用はなし。俺らの戦いなら集客も見込めると思うんだが」
 有名所の二人だ。ヴァンダル最高と噂されるキングと、アタッカーでも上位に入る俺。それも、同じチーム。それなりに見物だろう。
『君とキングくんか。予想は覆せない結果に終わりそうだけれど、面白半分で見に来る人は多そうだ。ルールも拍車をかけるだろうしね。だから別に構わないが、条件はなんだい?』
 話しが早くて結構な事だ。
「終わった後に俺から言いたい事がある。それさえ言わせてくれれば何の問題もない」
 前準備の一環だしな。今日ここに来たのは、簡単に言うと盛り上げのためだ。許可をもらえたなら宣伝する必要もあるし。
『レミングスの右ストレー……っと!? 決まったぁ! キングのクロスカウンターが決まったぁ!!』
 丁度良く試合も終了したみたいだ。次の試合が始まる前に司会のマイクを奪い取ろう。
『時間は二十一時でいいかい? 宣伝はしておくよ。君の方も宣伝を頼むよ』
「ああ、それでいい。……まぁ、宣伝は許可もらえなかった無駄足になる所だったけどな」
 キングが笑いながら中央で指を天に上げてるのを見てから、司会のマイクを奪い取る。ここから俺の演技力の問題になるんだよなぁ。
『キング、今日二十一時にお前に試合を申込む』
 回りの音が静まって、ここに居る奴ら、総勢で三百人くらいが俺を見つめる。これは少しばかり恥ずかしいな。
「……はっ、久しぶりの顔みたら、んな無謀な喧嘩売りにきたのかよ棺桶! いいぜ、受けてやんよ!」
 キングが大声で俺の名前を呼び、周囲の大多数が理解した所で歓声が上がった。
 俺とキング。シャングリラ攻略失敗後は二人で鬱憤をぶつけるように色々な所へ遊びに行ったもんだ。まぁどこに忍び込んでも破壊するやらウィルスを仕込むとかはしていないからクラッカーと呼ばれる事はなかったのだけれど。
 互いに視線だけ交わして俺は楽屋裏の方に歩く。回りから興奮した声が聞こえたり人を呼ぶ声が聞こえたりしてるけどそれはそれで俺の思惑通りだ。
 集客効果はそれなり、にはなるかな。
「……んで、何の用だ棺桶」
 通路に入ったらそこにキングが待っていた。流石、俺とお前の仲だもんなぁ。伊達に二人で暴れまわっただけはない。
「久しぶりですね、あんた連絡中々取れないから面倒くさくてこうする事になっちゃったじゃないですか」
 正直ここに居なかったら俺の計画が一つ崩れる所だった。その時は第二路線に移行すればいいんだけど。
「おめぇの予定なんか知ったことかってんだ。んで、何の用だよ。詰まらねぇ用だったら地獄みせんぞ」
「詰まらないかどうかはともかく、そろそろシャングリラに行くつもりなんだけどね。いい加減、雪辱戦をやらないか?」
 答えはわかってる。キングなら二つ返事で了解をするだろう。
「あ? あぁ。……お前、まだ像の所通ってるらしいじゃねぇか」
 ん? 誰から聞いたか知らないけど、よく知ってるな。兎さんあたりから聞いたんだろうか。
「そうだけど、それがどうかしたか?」
「んじゃ、俺に勝ったら手伝ってやるよ」
 ……は?
 こいつ、何を言ってるんだ。
「お前、自分の言ってる事わかってるのか?」
 俺がキングに勝つ事の難しさ。多分、十回やって八回は負けるだろう。けれど問題はそこじゃない。勝たなければ協力しないという事は。
「千さんを助ける気は、ないってことか?」
 畜生。計画は俺ら四人。兎さん、法一さん、キング、俺が居る事が前提だっていうのに。キングが居ない穴は大きすぎる。
「像の野郎を助ける気はあんだよ。昔は俺もアイツを男だと思って気になった事もあるぐれぇには好きだしな。けど、それとこれはちげーんだ。俺の鬱憤と、懸念があんだよ。適材適所って言葉はあるから、おめーが俺を倒せなくても問題ねぇかもしれねぇ。けど、俺を倒せないぐらいでシャングリラに挑まれても困るんだつってんだ」
 どういう事なのかよくわからないけど。
「俺が、お前並に強い奴と戦う事があるかもしれないって言うのか」
「あ? あー、あぁ。そういう事でいいぜ。まっ、俺に勝てばお前の言う事には素直に従ってやるよ、条件付きでな。俺が勝てばお前は俺の言う事を何でも一つ聞け」
 ……どう考えてもこいつに有利な条件なんだが。けどこれは予想外だ。まさか三年以上からなる計画がこんな所で躓くとは思わなかった。まぁ、キングが居ないなら居ないでどうにかはなるのだけれど、それだけ厳しくなるのは間違いない。
「まぁ、いいぜ。頼むは俺で受けるのはお前だしな。今日の九時までにお前に勝つ計画でも練ってやるよ」
「ああ、別に期待しねぇで待っててやんよ」
 それだけ言ってキングは控え室の方に歩いていった。あー。これはまずい。棺桶のままで敵うわけはないんだ。兎さんと作ってるあの三つもまだ完成途中だってのに。いや、ここでの実践になら耐え切れるか。
 仕方ない。
「……あ、今暇ですか?
」 『うん? 何? 棺桶? どうしたのよ、こんな時間に。例のあれらはまだ完全じゃないわよ?』
 兎さんに連絡を取ってみる。幻実に居て良かった。まぁ開発中は大抵幻実に居るんだけど。
「それはわかってるんですけども。あの機能が不完全なだけですよね? 闘技場で使用する分には、問題ないですか?」
 そこで少しの間ができた。平気かどうかを考えているのかもしれない。まぁ、多分大丈夫だとは思うし、不具合を確認するためにも必要だ。ぶっつけ本番になってしまうのだけれど。
 ……本来なら、キングに最終調整をお願いしたかったんだけどなぁ。
『うん。平気だと思うけど。キングに無茶でも言われたの?』
「ご明察ですよ……。勝たないと、手伝わないって言われました」
 苦笑して言ってみるけどこの人は同情とかしないんだろうなぁ。
『そう。なら勝ってね。その分苦労するのは、君じゃなくて私たちなんだから』
 そうだよ、なぁ。俺もそれなりに大変だろうけどそこは文句を言えることじゃない。俺が責任を全て持つことだしな。
「……頑張りますよ。それじゃあ、九時から試合だから暇だったら見にきてください。あれの性能調査という意味でも」
『わかった。それと、キングに伝えておいて。君も苦労してるみたいだねって』
「はぁ。わかりました。それじゃあ」
 通話を打ち切ってホームに戻って準備をするために関係者出口に向かう。
しかし、何に苦労してるんだろう。ていうか自分で言えばいいんじゃないだろうか。
 兎さんもよくわからない人だなぁ。
「さて。九時まで徹底研究だなぁ」
 キングとの戦い方を。あー。もう五時間もない。これはやばいなぁ。正直、勝てるか不安になってくる。
「なるように、なるか」
 全力も出すし、努力はするけど地力が違うからな。こっちはこっちで小細工を労して頑張るしかないな。
 埋められない差を埋められそうな差にするぐらいが関の山になりそうだけど。

「時間が経つのって早くないか?」
「こっちは長く感じたぜ。心が砕かれる覚悟はできたか?」
 互いに通路で会って軽口を交わす。こっちは棺桶。向こうはトランプ。シュールな光景な事で。
 こっちは棺桶から人の形をした奴が出てきて、向こうはトランプから人が浮き出すんだから面白い光景にはなるだろう。
 まぁ、その度肝を抜かせてみせるけどな。
「ルールはツールの使用なし。それ以外は何でもありだしな。俺様のアバターは戦闘特化だ。てめぇのアバターは、万能型だろ? 勝てると思っちゃいねぇだろうけど善戦はしろよ」
 まぁ、そうなんだよね。こっちの通常時はバグを見つけ出す事と情報を集める事に特化してて、戦闘時には何にでも対応出来るバランス型。キングの場合、通常時は逃げる事に特化してて、戦闘時にはプログラムの破壊やアバター同士の戦闘に特化している戦闘型。
 どんな状況でも対応できるけどどんな分野にでも特化に劣るこっちはここじゃあ不利だ。
 簡単に言うとヤムチャとベジータ戦の悟空ってレベル。読んでない奴にはわからない例えなんだけど。
「まっ、期待してろよ。お前を倒して観客を湧かしてやるさ」
 オッズは八対二だからもし勝てれば大儲け出来るだろう。兎さんは俺っていうよりも自分で作ったアバターに賭けてるはず。
「はっ、言ってろクソガキ」
「言ってるさ、大人」
 分かれ道になったので、そこで別れる。ここで別れて、後は会場で会うだけ。
 試合開始の合図と共に始まるけど、さて。まぁいけるだろう。反則ギリギリになるだろうけど問題ない。
『常勝無敗の男、キングー! 今回は現チームリーダーを相手にどう戦うのか、遠目からでもこの試合にかける意気込みは満々だぁぁ!』
 なんか聞こえてきた。ああ、これで言われてから入るのか。キングを最初にしたのは俺がリーダーという事、そしてこういう舞台が初めてだからだろうか。まぁよくわからない意図があったんだろう。どうでもいいけど。
『そして今回は主催のメインディッシュ! 世間を大いに騒がせた、シャングリラからの帰還者! ハルモニアー!』
 キングと同じぐらいに場が湧いた気がする。まぁその言葉と一緒に中に入ると歓声が更に大きくなった。まぁ、それなりに顔を売ったり色々な奴に恩を売ったりしてきたしな。
 それもこれも千さんのためだけど。
『いざ始まる大勝負! これはどちらが勝つのかぁ! それではいざ尋常に!』
 言葉が全て言い切られる前に、キングの姿が変化していく。四角いトランプがくるくると回転を行い回転が途切れる頃にはすでにトランプは小さく変化しており、いつの間にか中に描かれていたキングの絵柄が飛び出している。所要時間はこういう場なのだからか三秒。本来ならノータイムでいいはずだ。
 そこら辺、こっちは地味なんだよね。
 俺の視界は一瞬だけ暗くなって、棺桶の蓋が開かれていくと同時に光が目に飛び込んだ。俺は外に出て身体を動かす。戦闘時は、俺の姿を模した物だ。正直いい物が思い浮かばなかったっていうのはある。
『レディ、ゴー!』
 両方の準備が終わったのを確認して司会者が声を張り上げる。まぁ、そこは最低限なんだろうけど普通に考えてこういう事が出来るような場所に行った事がないから温く感じられる。
『最初に、キングが動いたぁ! 早い!』
 いや。このぐらいなら普通だろう。試合場じゃ数値に制限を加えてるけど普通はこんなもんだ。……いや、最近のハッカーはこのスピードを知らないのかもしれない。
 スピードは単純に上げればいいだけじゃなくて他の部分にも影響を及ぼすから上手に弄らないと面倒くさいんだよね。
『突撃を、なんとハルモニア捌く!』
 流石にあれに当たったら痛い。痛覚は普通にしてるし。アバター事態は少し傷を負うぐらいだけど精神的に骨折したなんて情報が入ったらどうなるだろう。
「はっ、腕は鈍ってねぇみてぇだな」
「師匠がお前だったしな。そりゃ鍛えられもするさ」
 師匠っていうか、ほぼ放置だったけどな。
 とりあえずキングの攻撃を避ける事だけを中心に行う。まだキングも肩慣らしなのかそれ程の速度でやってこないのが救いだ。とは言っても現実に考えればこのスピードでも時速三百キロは出てるから生身の精神状態だと対処できない。アバターに初めから感覚の倍加処理をしておいて良かったなぁ。
「攻撃は、しねぇのか?」
「格闘技やってる奴相手にして迂闊にできるかっての!」
 自動で格闘技を行うプログラムはあるけど、それはあくまで補助的な動きしかなさない。生身で格闘技をやってる、もしくは精神だけで格闘技を行う奴は本当に手強いんだよね。
 聞いただけだとキングは現実でボクシングと柔道をやってたらしいけど。
 さぁて、どうしたもんかな。
『ハルモニア、避けている、が! 避けるだけしか出来ていない! やはり格闘戦ではキングに部があるというのかー!』
 そりゃねぇ。観客も俺に頑張れーとか言ってるけどそう簡単に根性論でどうにか出来るもんでもないしねぇ。
『ハルモさんがんばーっすよー! 勝てたら私の身体をプレゼントっすからー!』
 なんか変な声援が聞こえてきた気がするけど聞こえなかった事にしておく。俺のログには何もないな。うん。
『解説のスプリングラビットさんどうみますか?』
『棺桶にはかなり厳しいんじゃないかなぁ? キングもまだ全力じゃないみたいだし』
 ……あの人何やってんだ! ていうか兎さん目当てに来た奴もこの会場に何十人か居るだろ! 確かどこかで狂い兎を守る会とか見た事あるし!
『では同じく解説の法一さん。どう見ますか?』
『いやー。きつくねー? 仕事早めに終わらせてきたんだけどさー。これならやってもやらなくても結果一緒なんじゃねー? なんか秘策ぐらい用意してるんだろうけどー』
 この人には俺の秘策っていうか秘密兵器を見せてないのに分かるのは、まぁ当然か。
 俺がキングに挑むのに何もしてないはずないし。
「って事だけどよ、反撃しねぇのか?」
「まぁ魅せるために少しぐらいやらないと、な!」
 攻撃を避けた瞬間に蹴りを行った。三発ぐらい。顔と腹と脚。三段蹴りとでも名付けようか。もうある気もするけど。
「っと、危ねぇなぁ」
 顔は防がれて脚は避けられた。腹には当たったけどそこまで痛くないようだ。防御の数値は低いはずなんだけどなぁ。……もしかして、俺と戦うために防御の数値高めたか?
「んじゃお返しだ」
 右足を踏み込むのを確認。腕を捻って腰を落としたのも目視できた。けど避けられるかどうかは別問題なんだっての!
 どうにか腕を胸の前にもってきて拳を右腕側で防いで。
 キングが一瞬で遠くなった。ついでに背中が痛い。って事は、俺が吹っ飛ばされたってのか。なんだ、こいつ。数値的には速さで二。攻撃が一。防御が五。重さに二ぐらいの割合だと思ったってのに、まさか防御捨てて普通に我慢してるだけかよ!
「痛みには慣れてんでな。外傷なんて大した物でもねーての」
 速さ二。攻撃六。防御一。重さ一って所だろう。今の打撃を考え見るに。実際にはもっと細かい割り振りだろうし一撃を手加減したのかもしれないけど。
「おっと、残念だけど今のはメラじゃねぇ。俺のメラゾーマだ」
 つまりそれで全力って事か。強者の余裕なんて事をするはずがないから、その言葉が嘘なんて事もある。こっちの油断を誘う情報戦って所か。
『キングの一撃入ったぁ! ハルモニア、一撃が余程痛かったようで動きが鈍いぞぉ!』
『でもよく一撃耐えられたわね』
『防御重視にしてたんじゃねー?』
 根性とやせ我慢だよ。放っておけ。とりあえず立ち上がってキングに向かって走る。
「そんなのろのろ動いてっと、もう一撃おまけでいくぞ?」
「流石に簡単にはくらわねぇよ!」
 走った過程も見えなかった。こいつスタンドでも使ってんじゃねぇだろうなってぐらいには。
 ほぼ勘でしゃがむと、真上を腕が通過していきやがった。今の下手すりゃ首が吹っ飛んで強制遮断くらう所だぞ!
「あっ、ぶな!」
「大人しく首切られておけって」
 観客が大いに沸き立ってて結構。俺への声援も多くて結構。ただ、こんな所で全力出すなんてもったいない。まぁそれでも少しは抑えめなんだろうけど。
「どうにか一撃入れてぇなぁ」
 さっきの一撃で痺れてた腕がどうにか回復してきた。走りまわった甲斐があるってもんだけど、こんなに時間かかるなんてどうにかしてんじゃねぇかあの威力。
「さっきのはサービスだっつーの。これ以上には料金が発生すんぜ? 俺のあつーい愛って名前の一撃がなぁ!」
 一撃いれて一撃返されるなんて割にあわねぇ。でこぴん入れたらロードローラー入れたとか言うレベルと言い換えてもいい。それ程の実力っていうか、性能差だ。そもそも実力的にもそのぐらいの差があっておかしくないんだし。
「御免被るとしか言えねぇよ!」
 今の所紙一重でどうにか避けてはたまにフェイントを引っ掛けてるけど良い一撃が入る気がしない。手馴れ過ぎてるだろう。
 ……あ、そういやあれは何かに使えないだろうか。
「キング、兎から伝言だ!」
「あ? んだよ!」
「確か『キングも苦労してるね』だと!」
 正直意味はわからないけど、あれは兎さんなりのそれを言って隙でも作れって事だったのかもしれない。どういう意図かはわからないけど。
「……! な、あの野郎!」
 激昂してか大ぶりの一撃っていうか隙だらけの一撃をやってきたので、とりあえず思いっきり腹を殴った。全力だ。今の全力だよ。これで吹っ飛ばなかったらそれはそれでどうしよかと思ってた所だ。
「っ!」
 まぁ、吹っ飛んだから結果オーライ。これを逃したら次の機会は永遠にこないだろうから、やっちまおう。
「キング、この勝負俺がもらう」
 人の形から、更に変わる。本来ならスペックの限界的にこれは出来ない。出来るはずがない。出来る物なら皆が皆やっているんだ。
 通常時と戦闘時がわけてあるのは利便性。複数のアバターを使うぐらいなら一つのアバターで組み替えた方が労力はかからない。そして容量もそこまで食わない上に、プログラムを組む事を必要としない。
 そもそもが、アバターが数段上の数値になる事すら面倒くさい処理を挟むっていうのに更にその処理を面倒くさいものにしてアバターを重くしてはどうしようもない。
「……舐めてんのか、糞野郎。俺を、この俺様を、よぉ」
 だから第三のアバターなんてまともに動くわけがない。それが、本来。
「いやいや、俺は大真面目だぜ? 期待してろよ、お前が地面に崩れ落ちるのを、な!」  動き、いともあっさりとキングの傍まで寄って、殴り飛ばした。この姿、そう。千さんの戦闘時を見た時から。俺の強さの象徴はこれだけしかなかった。
楽園の阿修羅タイプ・ディスコード、なんて言うと恰好よくないか?」
 顔は三つ。全方位を網羅。見える範囲が広がった分気移りしちゃいそうだけどそこは俺の集中力でカバーしてみたい。元々の二本の腕が六本に増えたけどこれを操ることなんて人間として出来ないからそれは学習型人口無能に操らせる。掴むか、殴るしかできないけどね。
「……ぐっ。てめぇ、何しやがった?」
「さぁてね」
 会場が色めきだった。これは予想できないだろう。  例えるならアインシュタインとミケランジェロが共同で一つの連作を作り上げたような物だ。
 強さの秘密は簡単なんだがな。戦闘面での強さだけに絞るっていうのが戦闘型だけど。
 それからほぼ全ての通信や他の機能を排除して戦闘にだけ突き詰めればこれくらいの能力は出せる。ただしバグの発見とかその他の処理速度に関しては致命的なんだけど。
 他の全てを犠牲に戦う事だけを突き詰めた結果が阿修羅。こと戦闘に関しては俺と同じ発想の奴ぐらいしか渡り合えないだろう。まぁ、まだこういう場所じゃないと使えない欠陥品ではあるんだけど。シャングリラを攻略するためには、こういうのも必要だろうという事で産まれた一作だ。大きな欠点はこれに移行するまでに五秒も使う事か。
 実戦で使うには五秒は痛すぎる。そもそも、ハッキングで戦闘なんてたまにしかないしな。見つかったらお終いが基本で、それに対抗できるのがヴァンダル。だからこれはそれの紛い事にしか過ぎない。
「まっ、偽者のヴァンダルでもお前に対抗をするぐらい許される、だろ!」
「なら、俺様も本気でやってやらぁ!」
 それを悔し紛れの言葉とは思わないし、思えない。そもそもキングのアバターは一緒に行動していても不可解な部分があった。それがどういう事なのか、今なら多分予測がつく。
 俺が走り、キングも走る。その速さは先ほどよりも数倍。周りの観客は何が起きているのかよくわからないかもしれない。例えるならヤムチャ視点だろうか。
「ていうか、お前こそ何してんのかわからねぇんだけどな!」
 さっきはあれで本気だったとしても、これ程の速さじゃなかった。何で、俺と同じぐらいの速さに成れてるのか。
「自分で考えてみろよ、リーダー様!」
 俺の前に回りこまれた。数値ではこっちが勝っていても足の運び方を熟知している方がそりゃ勝つか!
 俺のスピードと向こうの反動を利用するつもりなのか右腕を構えてる。左腕もよくよく観察すれば出そうとしているのが見えた。名前は覚えてないけど、確か柔道か空手の技か。
 これを避けようと思えば避けられるだろうけど、避けたところで向こうが俺の動きに目を合わせられるようになれば性能差があったところで意味ないしな。なら、この一撃に賭けるしかないか。
 良くて相打ち、悪くて俺の負け。分の悪い賭けだなぁ。まっ、どうにでもなるだろう。
「てめぇの中で寝ておきなぁ!」
「棺桶だけにとか言わないでくれよ!」
 ただ、突っ込んだ。
 この攻防は俺も正直理解できなかった。ただ四本あった腕の内、二本はキングの片腕を掴むことに成功して、二本の腕は顔狙いだったんだけど見事に空振りで。俺の左腕は一本もぎ取られて。
 けど、右腕でキングの下顎を打ち上げることが出来たのは理解できた。
 ……いってぇ。激痛で意識が吹っ飛びそうなんだが。どうしてくれんだこれ。
『な、何が起きたのかわからない! わからないが、キング吹っ飛んだー! いい試合、いい試合だ! キング、起き上がれるのかぁ!』
 歓声とドヨメキの声が会場を支配してるんだろうけど。俺も正直余裕があるわけじゃない。だって腕一本なくなってんだ。六本から五本になったって言うと別にいい気もするけどいや普通に駄目だって。痛い痛い。マジ痛い。あ、そうか。ここの部分の痛みを切り取ればいいのか。あぶねぇ。
『流石、阿修羅。私と棺桶の最高傑作。でも使い方甘いわね』
『俺あれ知らねぇんだけどー。何で俺に手伝わせなかったんだー?』
 アンタに手伝わせたら無駄な機能つけるからだと叫びたい。まだふらふらしてて無理があるけど。
『このまま起き上がらないと、キングは負けが決定してしまうぞぉ! どうなる、どうなるキングの無敗神話!』
 キング頑張れーやら立ち上がれーやら色々な声が聞こえてくる。あー。やっぱり王者な事はない。王者のキングって言葉が重複してるような気がするよね。
『やっぱりハルモさんすげーっす! 私の惚れた男っすよー! うちに来て私をファックしていいっすよ!』
 俺が誤解されるからやめろ。俺はあんな奴の知り合いじゃない。というかアイツの存在を記憶の根本から消し去りたい。
 嫌だなぁ。誰かにあいつについて聞かれたら怖いなぁ。
「……俺の、負けとか、言ってんじゃ、ねぇ!」
「……お前、実は人間じゃねぇんじゃないのか?」
 今の一撃は、綺麗に決まっただろうに。それを耐えて立ち上がるっていうのは、並じゃない。
 痛覚を切っているなら納得できる。けどあの痛みが演技だとしたら、こいつは役者として名を残せるはずだ。
「はっ。そん、なわけねぇだろう、が。俺は、キングだぜ!」
 完璧に、立ち上がりやがった。意地、気合か、根性か。どれにしたって厄介極まりない。
「なら、決着付けようぜ」
「当たりめぇだ」
 互いにふらふら。出来るとしても後一回全力出したら終わりだろう。
 それは向こうだって同じだ。こっちの一撃は、現実世界に持ち出せたらダイヤモンドだって潰せるぐらいの一撃なんだ。向こうの耐久力が気になるレベルの一撃を入れたってのに。
 周りがやけに静かになる。俺とアイツの間だけ静かになってるのか。それとも実際に静かなのか判別はつかないけど。
 でも、とりあえず互いの一撃で決着は……。
 ついた。
「意地を見せたな。キング」
「キングだしな。……てめぇも成長しやがったじゃねぇか」
 キングが倒れる。俺はほとんどっていっても力の込め様がなかった。それは向こうも同じで。こういう演出をするためだけに立ち上がったって考えると、エンターテイナーだ。
 倒れたキングを肩で担いで、司会を見てマイクを寄越せと指示した。決着の言葉を言うのも忘れて司会者は投げ渡してくれた。ありがたい。
『いい試合だったろ? なら、俺たちを褒め称えてくれ』
 試合結果は俺の勝ち。でも面白さを追求したキングは勝負には勝っただろう。引き分けかなぁ。これ。
『ついでに聞いてくれ! 俺らチームは近いうちに、シャングリラに挑む!』
 歓声が一転して静まる。いいね、こういうの。病み付きになりそうだ。
『聖域に挑む意味ぐらい俺にもわかってる、けどな! お前ら、俺らと一緒に伝説を作りたいって思わねぇか! 思った奴は俺に声かけてこい! 俺から言いたいことはそれだけだ!』
 多分トランペットあたりが声を上げたと思う。それに釣られて会場の半分が大いに湧いてくれた。あー。さっきまでの事は訂正だ。トランペット。お前はそれなりに良い奴だよ。
 俺が指示しなくても真っ先に声を上げてくれただろうし。
 とりあえずマイクを思いっきり司会者に投げ渡して俺はキングを抱えたまま入場口から出て行く。いや、もう退場口になるのかね。
「……あー。くそ、頭いてぇ。てめぇ本気で殴りすぎだ」
 気がついたらしくキングがぐったりとしながら愚痴を言ってきた。この状態で何かを言えるとか、根性すげぇな。流石に慣れてるから耐性でもついてるのかもしれないけど。
「ほぼ無意識だから加減なんかできねぇって。それで、協力はしてくれるんだよな?」
 条件っていうのが気になるけど。
 まぁ、流石に言葉にした事を翻すようなことはしないだろ。そこまで、子供じゃない。
「しゃーねぇしな。まっ、その前に。お前明日休みか?」
 明日平日だぞ。休めなくてはないけどさぁ。
「あー。まぁいいぜ。んで、それがどうかしたのか?」
 休みと関係することってなんだろう。……自分の家に来いとか? この五年間一度も会った事はないっていうのに。
 どういう心境の変化だろう。
「金渡すから俺の家来い。駅までくりゃ迎えに行くからメールかなんかくれりゃいい。ついでにお前の名前と顔写真とかも渡せ」
 そこは駅についたってメールしてからわかると思うんだけどなぁ。まぁいいや。それが要望なら跪いて応えてあげよう。王様だしな。
「へいへい。わかりましたよ。明日行ってやるけど。あんま遠くないよな?」
「新幹線で来い」
 だりぃ。まぁ、ただで乗れるって考えればまだマシ、か? 席取れるのかわからねぇけど。……とれなかったら鈍行で来いなんていうんじゃねぇよな。それは勘弁して欲しいんだけど。
「……ちなみにどこの県?」
「あ? 神奈川だよ」
「普通に鈍行か快速でいけんじゃねぇか」
 俺をどこ所属だと思ってたんだ。
「……マジかよ。神奈川って田舎だと思ってたんだけどよ。都会なのか」
 こいつ何言ってるんだ。いや、まぁ神奈川でも田舎にしか住んでないならそういう認識でも間違いはないのかもしれないけど。
 田舎から出たことのないって色々突っ込みどころ満載だぞ。
「第二の東京って言ってもいいんじゃねぇの。まぁしらねぇけど」
 中華街とか九龍城とか有名なんだよな確か。後者はかなりうろ覚えだけど。
「はーん。っと、そろそろ降ろせ」
「礼ぐらい言えよ」
 一応丁寧に降ろしてから愚痴ってみる。まぁ聞きゃしないんだろうけどさぁ。
 しかし、神奈川ねぇ。ここからなら場所によっちゃ二時間ぐらいか。夕菜に頼んで明日はどうにかずる休みする事にしよう。まぁ休む事に文句を言われた事はないんだけどさびしそうな目で見てくることあるんだもんなぁ。
 ちょっと勘弁して欲しい。女の子のあんな表情に男は敵わないしなぁ。世界は不条理だ。
「メールしとくから明日来いよ。昼頃に来れば何か飯でも食わせてやるよ」
「はいはい。まぁ、そんぐらいに着くように行くよ」
「おう。全力で来い」
「そんな無茶な……。お前の名前とかは教えてくれないのか?」
 当日駅で会ったら聞けばいいのかもしれないけど。まぁ、それもそれでなぁ。正直聞かなくても支障はないんだけど。
 ……どうでもいいか。
「こっち来たらな」
「了解って事にしておいてやるよ」
 しかし。計画は最初から波乱万丈。予想外の事になった。まぁ、とりあえず成功したからいいんだけど。事前によく練っておいてもこうなるんろうなぁ。
 まぁ、何も計画してないよりかは遥かにマシなんだろうけど。
「んじゃ、また明日な」
「ああ。じゃあな」
 キングが裏口から出ていったのを見送ってから溜息を吐く。やる事はまだ沢山あるんだよなぁ。これから兎さんと阿修羅についてを聞いて、法一さんに参考意見を聞いて。
 通常から阿修羅に移行する時間を最低一秒にしないと怖すぎるし。そこらのプログラムの調整も甘いしなぁ。トランペットに頼んでおいた事も出来てるか確認とらないといけないしシャングリラに攻略に参加したいって言う奴も何人かいるだろうからそいつらにも連絡とって……。あー、もう。今年は初めからやる事沢山で、時間が足りなさすぎる。
 千さん救出に近づいているのが実感できて、良いことだけど。
 何だろうね。変な予感がするのは。
 例えるなら、真綿でじわじわと包囲されてるような感じだ。