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3章 Error発生

「学校休んで何してるんだろうなぁ」
「別にいいんじゃね?」
 久しぶりに休んでしまった。そして久しぶりに幻実でアバターを弄るのに没頭し続けてしまって五時間。バグも潰したし性能が上がって前よりも使い易くはなったけれど。
「悪くはないんだけどな。あんま休んでないし」
 茶室の風景はキングが最初に居たので野原みたいな風景になっている。太陽がよく見えて、見える山はアルプスだから外国の風景なのだろう。
「優等生じゃぁねぇな」
「劣等生でもないけどね」
 暇つぶしにキングがどこかに行って帰ってきて、ようやくこっちは全部完了した所だ。
 時間は、もう十六時か。後でご飯作らないとなぁ。
「それで明日がシャングリラかー。色々考える事があるから、早くやりたいなぁ」
 先週犬さんと出かけた時に色々と話しをして、ちょっとした答えを犬さんに返さないといけなくなった。あの人も何でこんな時にああいう事を言うかな。
 もう少し配慮して欲しい。
「あ? お前が考える事なんて飯の事ぐれぇだろ?」
「俺を食い気しかないようなキャラにするな。お前の情報奪い尽くすぞ」
「あ? やったら破壊し尽くしてやんよ」
 どう見てもこっちの分が悪い。うーん。もう一体ぐらいアバター構築しようかな。今の状態が終わったら少しは空き時間が増えるし、今までとは違うタイプの物を設計してみるのも悪くないはずだ。
 設計書ぐらいは自分で書いておこうかな。
「そう言えば棺桶が来てから三ヶ月経ってるけど調子どうだ?」
「俺様と行ってんだぜ? 腕も上達しねぇはずがねぇ」
 確かに。キングと行くと細かい所に気が回るようになるからアタッカーとしての成長は見込めるはずだ。
 スパルタ教育になるけれど反面教師としては向いているのかもしれない。それはそれで稀有な才能だ。
「まっ、努力もしてるしな。伸び代があるかどうかはしらねぇけどお前はすぐに抜かされると思うぜ?」
 十分過ぎる程わかっている。でも、これ以上、自分は伸びていける気がしていなのも事実。
 キングのような度胸もなく。兎のような天才性もなく。法一のような技術もなく。犬さんのようなカリスマもなく。棺桶のような才能もない。
 自分はどう足掻いても今が絶頂だろう。プログラマとして転向して作るだけに徹せばそれなりの才能があるのかもしれないけれど。ハッカーとしての腕は限界に近づいているような予感さえある。
「俺もまだまだ若い、と思ってたんだけどね。……まっ、その時はその時だ。素直に情報屋にでも転向してみるよ」
 情報を集める事は得意な方だし。下手に他の事をやるぐらいならそっちに転向した方が皆にも得だろう。
「そん時は安く頼むぜ」
「お前だけ倍な」
 情報屋になって少しだけ安くする程度しか出来ないだろうけれど。
 正直、親しい情報屋はあっても客止まり。情報屋としては正しい姿だけれど、こちらとしては少しだけ都合が悪い。
 向こうの身になればどこかに肩入れする情報屋は信用できないだろうけれど。
「まっ、後の事は後に考えるさ。メメント・モリ。今を楽しむだけってな」
「明日死ぬからってか?」
「俺は原文が好きなのさ」
 さて。最終調整はこれで完了。後は不足の事態に備える事ぐらいしか考えつかない。
 打てる手は全部打った、という所かな。
「お前は明日の準備完璧なのか? いつもみたいに配置ミスったとか言うなよ」
「俺も今回は本気で行くぜ。ミスしないってだけで俺の実力は段違いだからな。お前こそミスるんじゃねぇぞ」
 情報を統合する限り、こっちの方が危険ではある。キングはいつものようにすればいいし、そもそも防衛システムがそれ程まで強くない。
 外部に対する防衛を甘くしていて、内部に入る者を捕らえるというのが主目的だからだろう。
「まぁ、二段階構成だからそれ程深くは突っ込まないさ。……相手の出方次第になるけどな」
 何か違和感を得たなら即座に退く。内部に入って戻ってこられるだけでも儲けものだ。プログラムの一部を手に入れる事が目標。
「まっ、てめぇだからな。戻るだろうってのは疑ってねぇ。ただ棺桶が戻れるかが問題だろ」
「その時は」
 見捨てるだろう。
 ハッカーは己を第一に考えるべきで、棺桶もハッカーだ。
 自身の実力が足りずに捕まるならそこまでの話しでしかない。この世界は、よくも悪くも実力の世界なのだから。
「その時に、だな。んで飯を作ったりしてくる。明日の大詰めもあるだろうしお前も飯とか食えよ」
「んな事ぐらいはわかってんよ。んじゃ後でな」
「ああ」

 言い終わってから茶室から出て自分のホームに戻ってくる。
 そして、幻実からログアウト。現実へと戻ってきてしまった。
 戻る瞬間はいつもどこか気だるく感じてしまう。
通常モードでパソコンを立ち上げて、放置。幻実になれると画面でのネットは不便にしか見えない。
 椅子から立ち上がりつつタバコを一本だけ口にくわえて台所に移動。
 部屋は相変わらず寂しい。というよりは家が大きすぎるのだと思う。一人で暮らすにはやっぱり、ね。高校を卒業したら家を売ってどこかで一人暮らしでもしようか。
「んー。パスタと、昨日作ったサラダがあったかな」
 冷蔵庫を開けて中のサラダを取り出してテーブルに置きつつパスタを茹でる。
 ミートソースは問題なくあるしね。それに少食だから量を作っても食べられない。幻実で食べて現実で満腹になれればいいのだけれど。そんなに世界は上手く回らない。
 そもそもそんな事が出来たらそれこそ現実はいらなくなるし。
 でも、そうなって欲しいと願うのは現実が嫌いだから。幻実に入り浸るのも現実からの逃避でしかないとわかってはいるのだけれど。
「携帯は、っと。……面倒くさい」
 紫煙を吐き出しながら携帯を開いて、思わず眉を顰めてしまった。来ていたメールは七件。六件が親族からのメール。
 父親の遺産が目当てなのは考えなくてもわかる。両親が死んだ時にどんな言い争いをしていたかをあの人たちは覚えていないのだろうか。
 残りの一件は犬さんからか。八時ぐらいになる、ね。皆に伝えておかないと。
「……一応、帰ってこれかなかった時のために何か書いておこうかなぁ」
 あの人たちに渡したいとは絶対に思わないし。
「っと。湯で終わりーと」
 タバコを消して、パスタの水を切って更に盛りつけた上にミートソースをかけて完成。
 こういう料理とかを作ってくれる人が居たらと思うのはあんまり間違っていないと思う。
「……明日は休んでいいか。それ以降は、明日を乗り越えたら考えよう」
 たまに思うけれど一人暮らしだと独り言が多くなってしまって困るなぁ。こういう癖は治しておかないと。
 もし棺桶とかと会った時に独り言の多い人だとか思われると少し悲しいし。
「ふぅ。ご馳走様でした」
 食器を台所に片してお湯で洗う。流石に今の季節は水だと、ね。
 もう一月。まだ一月。
 今年も始まったばかりだし。今年で高校三年だし。
 早く大学に行くか就職するか、したい。就職はもう遅いかもしれないけれど。
「……寝る前にシャワーでいいか」
 お湯を張るのも無料ではない事だし。
 欠伸を一つして部屋に戻る。画面には自分のアバターしか映っていない。……もう少し恰好良く作れば良かったとは思うけれど。
 設計書はある程度固まっているからまた今度やろう。
「さてと。皆はもう来てるかな」

「ん? おめぇ速えよ」
「色々なスピードには自信があるんだよ」
「んじゃ夜も速いってか」
「下品だなぁ」
 いきなり何でキングと下ネタトークをしないといけないのか。兎だっているのに。
「ん? あぁ、私は気にしないから別にいいよ。そうそう、例のプログラムは危険な時に使ってね。改良してあるし」
 そういえばいつか使うと言っていたプログラムはまだ使っていなかった。効果を聞く限りだとここぞという時に使いたいのだけれど、ここぞという時が来なかったのだから仕方がない。
 だから相手に対策を取られずに済んでいるから良いのだけれど。
「お。皆来てんねー。いやぁ、でも俺そんなに必要なくねー?」
「はいはい。面倒くさいからって投げやりになるな。あぁ、犬さんは八時ぐらいになるからそれまでに色々やっておけよ?」
「こんばんは。親が来年中学校だからって五月蝿いんですけど」
 おっと。棺桶がやって来た。
「あんまり幻実に行くなってか?」
「親ってそういう所うるせぇんだよなぁ」
 小さい頃から幻実に慣れ親しんでいるのに、今更という気はするけれど。
「はい。最近、幻実から戻れない人が居るっていうニュースを見たらしくて。それも明日までですし、解決するんでしょうけど」
 大きい事を言うね。でも、それぐらいの自信があるのは良い事だ。
「そういえば、妙な噂を聞いたわよ。海外のどこかがシャングリラに戦争を仕掛けるって。日本にサーバがあるのは確定みたいなのだけど、どこかわからないから虱潰しにやるだろうって掲示板が大盛り上がり」
「へぇ。そりゃまた。明日に被らないだろうしサーバの場所は日本に確定してるわけじゃねぇのにな」
 調べてわかった事だけれど、シャングリラのサーバは変化する。割合は海外が四で日本が六と言う所か。
 現実にサーバが存在する以上は各国にサーバを持っているのだろうけれど。それにしても妙な事だ。
 そんな頻繁に変える必要がわからず、何より社員は大変なんじゃないだろうか。
「そこら辺も引っくるめて探し出すってのが海外の企みって奴なんじゃねー? 何か来ても俺のツールがあるから安全だろうけどよー」
 こっちが入った瞬間に外からの通信を遮断する。この状態はある種シャングリラの捕まえるシステムに類似していると思う。
 精神が幻実にあるのだから幻実と現実を分断させてしまえばいいという考えなのだろうけれど。
 言葉で言う程、それは簡単なシステムじゃあない。だからきっと裏があるのだろう。
「……皆、揃っていたか」
 時間は七時半。言っていたよりも早い帰りだなぁ。ちゃんと寝ているのかな。
「あぁ。明日は大遠足だからな。そりゃ、皆早くもなんぜ」
 テンションが上がっているのはキングと、少し見ただけだとわからないけれど棺桶だけだけれど。
 法一と兎はいつも通りだし。
「俺はそういうわけで早く居るわけじゃないけどな」
「はっ。クールぶってんじゃねぇって」
 単純に心配性なだけなんだけれど。
 ここで疎かな事があって被害を一番受けるのはアタッカーなのだし。
「何にせよ集まっているなら話しは早いな。明日の予定だ。……しおりはないが、別に構わないだろう」
 小学校の遠足でもないしね。
「お菓子は幾らまでとか言っておいた方がいいですか?」
 棺桶も茶化す程の余裕がある。前日だからって緊張していないのはいい事だ。
 明日は程よく緊張はしていてくれないと困るけれど。
「五百円までだな。……さて。役割は前に言ったのと変わらない。緊急時には兎のツールを使って逃げる。今回は、情報にあった三層へと向かう事になるが」
 シャングリラの構造はわかっているだけでも最低三層。
 まずはネットワークの外側が一層。普通の会社で言うのならFWが置いてある場所だ。
 次にその内部が第二層。ここから逃れたという人は数人居る。そして、次が取り込む第三層。ここから帰ってきた者は、誰も居ない。
「危険だと感じたらすぐに逃げろ。何か罠があるだろうと言う事を念頭においておけ」
 それだけは、絶対だ。例え棺桶が行けると判断しても無理そうだと判断すればすぐに逃げる。
 今まで何度か捕まる一歩手前を経験したから、そこは棺桶の罠を見破るアバター以上に信用出来る。
「三層に入って閉じ込められるような場合は、兎さんのツールを使えばいいんですよね?」
「俺が正面からブチ壊しまくってもいいんだよな?」
 棺桶が確認をして。キングがやけに自信満々に言った。
 そこまで自信を持たなくても……。いや、ここはその自信を分けて欲しい所か。
「やれるものならやっても構わない。……基本的な事は以上だ。後は細かい所を詰めていくぞ。不測の事態への対処などもな」
 考えつかなくても、漠然としてでも、警戒は欠かせない。何が起きるかわからないなら、何でも起きると思って身構える。
 全方位に対する警戒を怠らなければ失敗はない。理論上は、だけれど。
「何にせよ明日に対しての備えはやっておけ。今日は明日のために休息を取る事だな。些細なミスが命取りになる事もある」
 命までは取られない、とは言わない。その可能性だってありえるのだから。
「開始時間は……」
「昼からでいいだろ。皆も問題ないだろうしな」
 皆、休みを取っていたはずだ。一世一大とも言える事が始まるのに休まないなんて事は出来ない。
 それが元で疲れていては実力も発揮できないしね。
「それじゃあ私はもう寝ておくね。おやすみなさい」
「んじゃ俺もねっかな。へへ、わくわくしすぎて眠れねぇなんて事ないようにしろよ」
「おやすみ、兎。あと修学旅行前の学生じゃないんだからそうなるわけないだろう」
「僕はそうなりそうですけど、頑張って寝ます」
 棺桶の場合は身体が勝手に眠りを欲するだろうから、特に問題はないと思う。問題は、法一と犬さんだけれど。
「まあ、俺もそろそろ寝るかな。シャワー浴びるだけだし」
「なら僕も早めに寝ておきます。それでは、また明日」
「ああ。よく休めよ」
「おやすみなー。遅刻すんなよー」
 棺桶とほぼ一緒のタイミングで外に出る。中には法一と犬さんだけか。珍しい組み合わせだな。
 あの二人が話している場面も内容も想像できないのは何故だろう。
「……法一さんと犬さんって、話している内容がわからないですよね」
 棺桶も同じ事を思っていたようだ。別に仲が悪いわけでもないのに、何でそんなに想像できないのか。
「まぁ。考えても仕方ないだろう。別にいがみ合ってるわけでもないし協力はしているんだからな。……まぁ、明日は補佐、宜しくな。色々と不満に思う事はあるかもしれないけど俺の言葉には従ってくれ」
「とんちんかんな事を言わないなら問題ありませんよ。いつも通りですし、千さんの方が僕よりも腕は上ですしね」
 そう言ってくれるならありがたいね。ただ、本番でこっちの意図がきちんと通じるかが問題なのだけれど。
 もう少し一緒に場数をこなした方が良かったかもしれない、とは思うけれど。
 過ぎた事を言っても詮ない事か。
「それじゃあ、明日は頼む。俺の背中は任せるぞ」
「はい。任されます」
 互いに笑い、それぞれのホームへと帰る。とは言っても、明日だってまだ前哨戦。本番はその次だ。
次を見すぎて足元を掬われてもいけないけれど。
「しっかり、やらないと」
 好奇心を満たしている間は、現実の事も忘れられるから。

「あー。眠い。おはよう」
「おう。こんな早く来るとはいい心がけじゃねぇか」
 二番目か。……確かに今は八時なのだけれど。それよりも早く待っていたキングは何時起きだったのだろうか。
 まぁ、八時間以上寝てしまうと頭の回転も悪くなるから良い事なのだと思うけれど。
「朝飯も食べたし、軽く肩慣らしで訓練だけしてたから起きたのはもうちょっと前だけどな。……お前は、ちゃんと寝たのか?」
「当然。朝のトレーニングもしたしな。朝風呂は気持ちいぜ?」
 縁が薄いなぁ。風呂は入るとしても寝る前だし。……気持ち悪いしね、汗。
「まぁ、今度走り込みでもしておく。……案外落ち着いてるな」
「そりゃな。ここ一番で緊張してしくるとか、初心者じゃねぇんだからよ」
 それもそうか。とは言っても、こっちはその初心者みたいに緊張しているのだけれど。キングに言ったら馬鹿にされそうだから黙っておこう。
「SCの位置は万全か?」
「それ所か吃驚ツールまで完備してるぐらいだぜ?」
 なら問題なさそうだ。こっちも最終調整は完璧だし最終の慣らしは終わった。後はいつものようにやるだけ。
「場所は?」
「世果に聞いてあるっての。あいつも何で場所を特定できるかね」
 そこは確かに不思議だ。アイツがシャングリラの社員という事も考えられるけれど、アイツはどう考えてもそんな性格でもないし。
 今度にも検出方法を聞いてみたいものだなぁ。
「……さて。皆が来るまで適当にやってるか」
「賛成だ。お前と今更話し込む事もねぇしな」
 コンビを組んで結構経つしお互いの動きは残念ながら知り尽くしている。
 言いたくはないけれど、二人でどこかに行くのに最適な奴を聞かれたらキングの名前を上げるぐらいには、こいつは最高のパートナーだ。
 友人として見られたくない奴で一番に名前を上げるぐらいには好きじゃない奴だけれど。
 さて。何をしようか。……こういう時は本を作るのが一番、かなぁ。あー、そうだ。これで案外暮らしていけるかもしれない。
 今の時間中に幻実での本を作成するツールを特許の申請しておこう。複数パターン使っているし製本会社が借りるか買うかしてくれるかもしれない。
 さて、これから自分の世界に完全没頭だ。二時間後にタイマーをセットして、と。軽くやれば二冊くらい製本できるかな。
 好きな本はある程度やってあるから、写真集でも製本してみようか。基本パターンは他の物と同じで少しだけ面倒くさいだけだし。
 この作業をしている時は面白いのかと聞かれる事が多い気がする。趣味だし、面白いからやっているのだけれど皆には何でこの面白さがわからないのだろうか。
 ……んー。これを職業にしてもいいかもしれない。最近は翻訳ソフトも良く出ているし。
 まぁ、もっとちゃんと色々な事を知ってからになるだろうけれど。一応自分も若いから未来は幾つかある。
 頭も悪くないから選択肢の広さは狭くなっていないはずだ。
「……像。皆集まっているぞ」
「……え? あ、ごめん。もうそんな時間だった?」
 声を掛けられて、肩も叩かれて始めて気づいた。もう二時間経っていたのだろうか。
「って、まだ九時半だぞ? 皆早いな」
 それでも一時間半も作業をしていたと思うと、時間の早さを実感させられる。
「ああ。予想以上に早く集まったからな、出発は十時半に変更する事にした。二時間早いが、それでも問題ないだろう?」
「僕は特に」
「私もそんなに」
「最終調整は現時点で続行中だからなー。誤差をなくすのが面倒くさいから早めにやってくれると俺は嬉しいー」
 成程。キングも調整を行っているみたいだしな。こっちは、適当に時間まで同じ事を行っておこう。
 精神の調整も大事だ。
「あの、千さん。本の作り方教えてくれませんか?」
 おや。珍しいというか、棺桶も本に興味を持ってくれたようで嬉しい限りだ。
「一時間暇だしな、いいぜ。調整は終わってるんだろうから、一時間で軽く教えるさ」
 製本仲間が出来ればこういう時間もまた別の楽しみが湧いてくる。互いにどれだけの本を作れるかとかも出来たら楽しいものだし。
「はい、ありがとうございます」
 とりあえずツールを渡して、と。……犬さんと兎と法一が何かを話しあっているけれど声がかからないって事はこっちには関係ない話しだろう。
 なら気にする必要はないか。
「まずは。……俺用に作ってあるから少し弄るのが面倒くさいと思うけどこれ使ってくれ。プログラムの部分を見て少しは使い易い用に出来るとは思うけどな」
 使用方法についての説明も行わないといけないけれど、面倒くさい。
 説明くらいはきちんとする性格に治さないと、とは犬さんにも言われているし治す気はないわけではないのだけれど。
 消極的だから、なぁ。
「えーと。これで、重さとかはどう測るんですか?」
 ……そうか。実物の本を持っておかないと、なぁ。
「今度俺の家に来い。何冊か貸してやるよ。それでやってみろ。まぁ、使い方はそこで重さの指定。紙の匂いはある程度は登録してあるけど自分で登録するのがいいかもしれないな。後は段落構成やら文字数やらだから勘でやってるだけでもどうにかなるだろ。文字は入力するのが面倒くさいだろうから声入力でやる方が楽だぞ。入力中は音声を外に漏らさないようにな」
 使い方はこのぐらいか。後は実践、っと。
「まぁ、あと三十分で終わるかわからないけど軽くやってみるといい。わからない事があったら聞いてくれ」
「はい、わかりました」
 じゃあ棺桶の製本作業でも見学して時間を潰していよう。
 潜るのが終われば続きをやればいいし。……まぁ、解明の方で忙しいからそれ所じゃないかもしれないけれど。
「……まっ、帰ってきてから、だな」
 色々忙しくなりそうだ。

「案外静かだな」
 三十分が経って、犬さんと兎は接続場所で待機。法一はツールの起動をして、残りの自分を含めて三人はシャングリラの前に立っている。
 なんかやけに描写がリアルというか。西洋風の城になっている。前に聞いた時はドーム型だったらしいのだけれど。
 まさか前回と違う形になる? そんな無駄な労力を使って何になる? 目眩ましにしかならないはずだけれど。
「……はっ。まるでゲームの魔王城みてぇだな」
「その例えは的外れでもなさそうですけれどね」
 二人を見るとそれ程疑問には思っていないようだけれど。……とりあえずは手はず通りにいくしかない、か。
『最初から度肝を抜かれたが、やる事に変化はない。始めるぞ』
「おう。んじゃお前ら死んでも情報は取ってこいよ」
「お前こそ死んでも俺らを気づかせるなよ」
「期待してますよ」
 キングが城の正面へと歩けば、その周囲に防衛システムが浮く。また、妙に手の込んだ作りになっている。とは言ってもシステム程度ならキングの相手にもならないだろう。
 こっちはこっちで。
「棺桶、抜け道を作るぞ」
「はい。あ、壁には触れない方がいいです。罠だらけですから」
 目を凝らせば、確かにワーム、トロイ、ボット、ロジックボムに、幻実が出来てから作られた、アバターの視界を封じるサイクロプスアイ、なんて物まである。
 これだけ強固な城壁とは。その箇所に触れれば強制的に感染させるなんて、厳しすぎる。どれだけの時間をかけてこんな物を作ったのだろうか。
「まぁ、一瞬だけウィルスの機能を停止させれば問題ないだろ」
 壁はFWの役目を果たしているのだろうけれど、そこすらもすり抜けるためのツールがこっちには存在する。FWの型は、アリス社の最新版か。なら好都合。
「……あんまりこれあげたくなかったんだけどな」
「代わりに僕の奴渡したじゃないですか」
 遮断を、こじ開ける。全部を遮断するにしてもそれは完全じゃあない。そうしたら外部から入る事ができないし、内部から入るためには社内に入るしかない。
 けれどそれでは外に繋ぐ事もできなくなる。内部に居る人間が外の情報を要らないと言うなら別だけれどそれはないはずだ。
 だからこそ、穴はどこかに存在する。
『像、問題ないか』
 穴がどこにあるのかは問題じゃあない。穴があるかないかだけが問題。ありさえすれば、それをここに強制励起すればいいだけの話しだ。
「ああ、問題ない」
 壁に穴を開けてそこに飛び込む。ウィルスが互いに干渉し合い異常を報告するタイプだった時の事を考えてダミーウィルスの特性を穴に持たせたけれどそこまで用心してはいなかったようだった。
 それもそれで、不安なのだけれど。どこからか聞こえてくるような気がするピアノの音とか。
 気のせい、かな? 別に悪い予感はしないし。
「さて、二層に到着。棺桶、罠の場所は頼む」
「はい。……そこら中にありすぎですけど、床にはそれ程仕込まれてないみたいです」
 まぁ歩く度にウィルスがかかったら、流石に中に居る奴も困るだろう。最悪それでDos攻撃になる事だって考えられる。とはいえ、ここまでは普通に来れる場所だ。問題は次の階層なのだけれど。
「情報通りかな。犬さんとの通信情報を追えば穴の場所もわかるし、最悪今のを使えば無理やり突破できるし」
「ですね。ただ、あれ一度使うと重過ぎるんですけど」
 便利なのだけれど一瞬でCPUの使用率が八十%を越えるから使いどころが難しい。ログも重要部分以外は消すようにしているのだけれど、確認するとログだけで十Gあったのは恐怖に値すると思う。
 それだけの、大きさという事だし。
「……でも案外軽く来れましたね。話しを聞く限りだと二層に行ける人も限られていたのに」
「無理する奴らが居ないんだろ。さて、んじゃ三層を探すぞ」
 下手に壁に触れればウィルスに引っかかる。
それに今の時点でも普段は分かる現在地がわからない。多分そんなに遠い場所に三層への道があるわけじゃあないと思うのだけれど。
 こんなにFWを使うのは、異常だろう。どれだけの資金が居るのか。
「一層事にFWで区切るなんて並じゃあないな。国家でも動いていると勘ぐりたくなる」
 日本は技術面で上だけれど対応が遅い。ならどこか別の国が動いている? いやそれでもいいのだけれど不自然な気はするなぁ。
「そうですね……。あ、あそこに扉がありますけど、明らかに怪しくないですか? ウィルスは無いのが更に」
 言われた方向へ足を向けて、扉に手を掛けてみる。
「鍵がかかってるな。よっと」
 これぐらいの解除ツールなら用意しているから問題ない。
「中は、んー。あぁ、なんかあるけど。……棺桶?」
「特にウィルスとかは無いみたいですけど」
 情報データがあったので触れてみる。中身は……。
「ビンゴ。罠じゃないかって疑えるが、忘れてただけか?」
 何かを拾ったなんて情報は聞いた事がないし。
「犬さん、拾い物した」
『一応不信な点はないか探っておけ』
「了解」
『なぁ、シャングリラってこんなもんなのか? 特に怖い物はねぇんだけどよ』
『際限なく、それも複数種類のシステムが動いてる時点で怪しいだろう。現に苦戦しているじゃないか』
『まだ壊せてねぇだけだ』
 キングがまだ殲滅していないとは、珍しい。
 ただ向こうに目が向いている内にこっちもやる事を終わらそう。
「さて、三層への道は、っと」
「どうしました?」
 後ろを振り返って、誰も居ないし感知できないのを確かめる。何か今一瞬見えた気がしたのだけれど。
 ……まぁ、悪い予感はしないから気のせいか。
「いや気のせいだったみたいだ。さてと。このまま無闇に歩く時間はないし鼠を走らせるか」
 FWの穴を探し出すために作った鼠型のプログラム。毘沙門天でもイメージしてアバターを作れば良かったのかもしれないけれど。
 そこは言っても今更だよなぁ。
「僕もそういうの作ろうかなぁ」
「あればあったで便利だけどな。下手するとサーバが落ちる可能性はあるのが難点だぞ」
 使い所が難しい。負荷をかけて内部に居たままサーバが落ちるなんて事になったら目を当てられない。
「設定は『避』で目的は『穴探し』と。よし、行け」
 二十匹程の鼠が二層を掛ける。鼠からこっちへはコンタクトはとれないけれどこっちから鼠へはコンタクトを取れる。
 見つからなかった場合はそのまま自己崩壊し、見つけた場合は鼠同士で情報を共有する。
 そして共有した情報は、右肩に乗っている親鼠へと届けられこのアバターに情報を送り自己破壊。作るのに手間はかかったけれど性能は優秀だ。
 けれどまさか奥の手を今日だけで二つも使う事になるなんて。……また何か考えないとなぁ。
「見つかったみたいだ。他の反応も見られないけど、妙だな。このぐらいの警備をするぐらいなら誰か人を雇った方がいいとは思うんだが」
「それは、そうですね。情報を外部に漏らさないためにでしょうか?」
 自分の所で腕利きの人間が居ないから安易に外部に頼る事はしないのかもしれない。
 そう考えれば納得は出来るけれど、納得出来るからと言ってそれに同意も出来ない。
「いや、考えても意味はないか。三層に行くぞ」
「はい」
 鼠の情報を元に道を進む。床にはあまりないとは言ってもそれなりに罠が存在するから慎重に歩く必要はあるけれど、そこまで気にはならない。
 けれど、ここまで特筆するような問題がないのは、どういう事だろう? 噂は所詮噂でしかなかったという事なのだろうか? いやそんなわけはない。
 なら……。
「あれが三層への道ですかね?」
「多分な」
 近くまで寄って、雰囲気が違う事が理解出来る。
 何が違うのか、視覚的には変わらない。けれどこれは、悪い予感しかしてこない。
「今だ!」
 声がして、振り向く。棺桶はここに居る。なら、今の声は誰だ?
「へっ、ここまで来りゃ、私だってシャングリラ攻略ぐらいやれんだよ!」
 金管楽器。それも、トランペットが走っている姿はシュールだ、けれど、それは今ここで見るような物じゃあない!
「ま、待て!」
「棺桶!」
 ミスった。どういう方法でここまで付いてきたのかしらないけどこれは予想どころか想像も出来ていなかった。
 釣られるように棺桶が三層に足を踏み入れた瞬間。
「そういうトラップって事!」
 先に飛び込んだトランペットが困惑したような声を出している。棺桶は事態に気づいたらしくツールを使おうとしているけれど、これはもう遅い。
 第三層から第二層へ行く道はすでに閉じられているし、もう何をしようとも助ける事は出来ないだろう。多分、通信を遮断じゃなくて、精神の遮断って言う所かな。三層で音が聞こえるせいで眠くなってきているのもここの仕掛けの一つなのかもしれない。
 通信事態は遮断されていないのが救い、かな。
 多分用心していても最初で発動しなかっただけで、後々から戻れなくなるだけだったと思えば一人の犠牲で済んで良かったとも思える。
「棺桶、そこの邪魔者を連れて早く逃げて。二層から一層への穴まで閉じたら戻れなくなるわ」
 あ、思わず素で言っちゃった。まぁ、いいか。
「情報は受け取れたよね? さっ、狼狽えてないで早く行って。私の犠牲を無駄にする気?」
 二人が入った瞬間、兎のツールである使用者以外のプログラムを三秒停止させるなんて物騒な物を使って、二人を二層に投げ捨てた。
 これは効いたから既存のプログラムの一つではあるのかもしれない。それだけが解っただけでも儲け物かな。
 ここのプログラムの一部は三秒の間に少しはとれたし。収穫もあった。
「あ、キング。そういう事だから、二人が逃げる援護手伝って。兎と法一は棺桶の事よろしくね。あと、犬さん」
 返事は、今言う必要はないよね。
「無駄な事はしないでね」
 棺桶がトランペットを連れて逃げたのだと思う。
 叫び声がどんどん遠くなっているから、きっと大丈夫。
『……春水。お前の情報は使わせてもらう』
「うん。お願い。私の本とかは棺桶にあげていいよ。病院の手配とかも出来たらよろしく。財産管理も出来たらよろしくね。それじゃあ、おやすみ」
 これ以上は、話せない。もしもあのトランペットが居なかったら無事潜入して帰れたかな。あー、でもこれは考えても意味ないよね。
 うーん。けど、案外話せる時間があったなぁ。聞いてた情報だとすぐに話す事も出来なくなるって事だったのに。
 まぁいいか。それに、もしこのまま起きられなくても。
 それも悪くない、かな。