2.5章 ネットワーク接続・幻実

「何してるんですか?」
 チャット室でぼーっと皆を待っていたら棺桶がいつの間にか居た。
「ああ、ちょっと本をな」
 観音様の腕で本を持つ。残りの腕は空いているのだけど、なんかシュールな光景だろう。
 まぁ棺桶が本を読む程じゃないか。
「本ですか。最近は電子書籍の方が多いですよね。紙媒体であるのは教科書ぐらいじゃないですか?」
 確かに最近は紙製の本が少ない。そっちの方がコストもかかるから仕方がない所なのだけれど。やっぱり、本という物は紙でこそだと思う。
「匂いに手触り、あと重量。これがあるから紙媒体はいいぞ。確かに高いから気軽に買えるわけじゃないけどな。それでも本がない世界に面白みはそれ程ない」
 読んでいる本を棺桶の前に突き出す。まぁ、これも趣味の一貫に過ぎないわけだけど。
「……うわ、凄いですねこれ。手触りとか、重さも設定してるんですか?」
 受け取って気づいてくれたようだ。
「ああ。これ一冊作るのに苦労したんだぜ? 一度作れば後はシステムが流用できるから楽なんだけどな」
 最初の一冊を作るのに丸々一ヶ月。後は家にある本を読み込んで装丁するのに一冊三時間。
 苦労したものだと思う。
「へぇ。……僕も、何か趣味の一つぐらい持とうかなぁ」
 趣味がハッキングだけっていうのも詰まらないっていうのはよくわかる。
 他にも何かしらの趣味を持った方がいいっていうのは賛成だ。もちろんどんな趣味を探すにしても、結局幻実を利用する趣味に落ち着くような気はするけど。
「犬さんの趣味は筋トレらしいぜ。キングは、なんだっけな。兎はあれで料理作るしな。法一は散歩って言ってたけど」
 案外と皆アウトドアっていうかなんというか。
「他の趣味で幻実に関係する人ってあんまり居ないんですね」
「……案外ね」
 これは自分の趣味を見直す必要があるかもしれない。もっと、こう。筋トレとか散歩とかというわけじゃないけど。
 何か作ったりするのはいいかもしれない。
「僕も、いつかちゃんとした趣味を持つ事にしますよ」
 笑いをこらえるような口調で棺桶が言う。……これは、もしかしてからかわれている?
 ……まぁ、いいか。
 こういう何もない日としての一日も必要だし。
「うっすー。お、お前ら何してんだ?」
 おっと。キングか。
「いや、趣味の話しをしててな。お前の趣味ってなんだっけ?」
 記憶だと、サンドバックに蹴りを入れる事が趣味だった気がするんだが。
「あぁ。競馬。的中率七十五パーセント」
 意外な趣味だった。
「……俺の記憶を一度見直す作業が必要かもしれないな」
 賭け事っていうのはあんまり良い趣味じゃないと思うのだけど。とは言っても趣味の話しだから人が口出し出来るような事じゃないか。
「はっ、冗談だっつーの。サンドバックを蹴り続ける事だな。体力落ちるのが嫌いだしよ」
 良かったよかった。記憶違いはないようだ。
「サンドバック、ですか。キングさんってスポーツとかやっているんですか?」
「中学まではな。まー、高校上がってからやめちまったけどよ。おめぇも中学上がるまでは何かしらスポーツやっておいた方がいいぜ。像みたいな貧弱野郎になっちまうしな」
 誰が貧弱だ、誰が。
「……まぁ、筋肉はあんまりないからなぁ。脂肪の方が多いくらいだし」
 服の上からじゃわかりにくいけど、案外出ているから困る。
 人の視線を感じやすいからできればもう少し引っ込んで欲しいのだけど。
「運動しろよ。将来どうなるかわからねぇぞ」
「考えておくよ」
「……僕はちょっと頑張ります」
 棺桶とキングとはまだ会った事ないから二人がどんな外見か知らないけれど。
 想像だとキングはスマートで、棺桶はもやしっ子のイメージがある。口に出したりはしないけれど。
「頑張れ少年。……しかし今日はこれ以上は来ねぇかもしれねぇな」
 時間は、もう八時。最近の犬さんは仕事が忙しいからあんまり来られないらしいし、兎も兎で、家でやる事があるから来られないとかなんとか。
「そうだ。リーダーから伝言。シャングリラについては皆が集まった後にちゃんと話そうだとよ。そろそろ行き頃なんじゃないかと思ってるのかもしれないな」
 まだ行くような気配は見せてなかったけれど。こうでも言っておかないと棺桶はともかくキングは一人でも突っ込んでいきそうな気がする。
 猪突猛進って言葉が似合う奴だし。
 それで行かれて帰ってこないと、流石に困る。
「へぇ。……んじゃ、その準備でもしておくか。棺桶もそのつもりで構えておけよ?」
「いつも準備が上手くやれないのはキングさんじゃないですか」
 確かに。キングよりも棺桶の方がよっぽどしっかりしていると思う。
 ヴァンダルの準備をこっちが良く知っていないからそう思うだけなのかもしれないけれど。
 いつも本番で『やべぇ、SCの位置ミスった!』とか騒いでいるからなぁ。
「俺はいつも自分を追い込まねぇと本気が出せねぇんだよ」
「それはダメ人間の言葉だぞキング。廊下に立ってろ」
「廊下ってどこですか」
 こっちが聞きたい。いや、言ったのはこっちだけれど。
「そーいや、最近集まり悪ぃな。何か企んでて俺らに秘密にしてるってわけじゃあねぇよな?」
 皆が来ない事でキングが不安、というわけじゃあないけれど楽しい事をしているのではないかという疑念を抱いたようだ。
 うーん。確かに、三人も来ないとそう思うのは仕方がない。
「聞いた話しだと法一は旅行で兎は家の手伝いらしいぞ。犬さんが来なくなるのは仕事のせいだろ。まっ、もう冬だしな。大学生とか社会人は忙しい時期なんじゃないか。テストとかで」
 あれ? 兎は高校生だったっけ。あんまり人の年を覚えていないのが自分の悪いところだと思う。
「千さんはテストとか大丈夫なんですか?」
「ああ、別に問題ない。予習復習ばっちりだしな。これでも一応は優等生だ」
 半分本当で、半分は嘘。優等生ではないのが悩みどころだ。
 両親はもう死んでいるから、奨学金のためにもう少し生活態度を改めないといけないというのはわかっているのだけど。
 ……大学いかないで、すぐに働こうかな。それが出来るぐらいの技術は持っているわけだし。
「はん。まっ、頑張れ若造。しっかし皆いねぇと暇だな。どこかにちょっかいでも出しいくか?」
 三人で、ねぇ。無茶な場所じゃないなら一人でどこだっていける面子だからなぁ。
 それならいっその事、棺桶の交友関係でも広げにいった方がいいかもしれない。
「……棺桶、お前、ハッカーたちの情報交換場所知ってるか?」
 幻実が作られてからかなり最初の方で視覚化された掲示板なのだけれど、一見様お断りとして作られているため初心者では入れないような場所だ。
 そして、その存在を知っていなければ入れるはずもないような場所。
 噂として聞く事は出来ても正確な場所を知る事ができなければ入れないだろう。
「いえ、そういう場所があると聞いた事はあるんですが、そんなに興味なくて」
 それはそうだ。ハッカーとしての活動をしている奴は基本的に単独行動を好む。
 チームとして活動する奴らはそんなに多くはないから、聞いていても行かない奴は行かないからなぁ。
「知ってると楽だぞ。顔はばれないし、情報交換が主だからな。シャングリラについての情報も少しだけど聞ける。俺らが知ったのもそこでだしな」
 眉唾ものの情報から、真実まで。ありとあらゆる情報がごった煮で転がっている場所だ。
 ついでに情報屋もあそこに居る場合が主だから知っておけばこれから楽だろう。
 中には初心者に近い腕のある奴を勧誘する奴もいるし。
「あー。あそこか。まっ、俺様も久しぶりに顔だすかね。行ったら行ったで、結構面白いしな」
 キングも暇つぶしになると思ってくれたようでなによりだと思う。
 こっちもこっちで暇だし。棺桶の交友範囲が広がるかもしれないしね。もしかすると小学生に会えるかもしれない。……でも小学生のハッカーが沢山居ても嫌な時代になったものだなぁって感想しか浮かばないなぁ。
 基本、犯罪なのだし。軽い気持ちでやるのだけは勘弁して欲しいと思う。棺桶は、そこらをどう思っているのかわからないけれど。
 犬さんの紹介だから平気だとは思うのだけれど、ね。
「あ、はい。準備とかは、いりませんよね?」
「口か手がありゃ十分だ。おめぇにはどっちもねぇけどな」
「そりゃ、棺桶ですから」
 口と手がある棺桶ってゲームのモンスターか何かだろうか。それはそれで、ちょっと面白いと思うけれど。
「んじゃ行くぞ。案内するから遅れるなよ」

「ここが交友掲示板ですか」
 名前は入る時に偽名を付ける事ができる。アバターの形もよくわからない状況。
 誰の姿もよくわからない、そんな状態。
 事前に棺桶は棺。キングは帝王、そして自分は九十九だと決めておかないとすぐにはぐれてしまっていると思う。人の数も多いし。
「ああ、見た目酒場にしか見えないよな」
 かなり広い酒場。そして壁には幾つもの紙が張り付けられている。それを見て、内部に入る事が出来るからこその情報交換所だ。
 今あるのは、全部で三十三か。なになに『美少女型のアバターを考察する』に『クククク、例の会社は俺の二進数が支配した』これは邪気眼スレだ。ここに立てるなと『シャングリラってジャンク品と響き似てる』ってこれは何か違う。
 んー。そんなにいい物は立ってないかな、と。
「せ……九十九さん。あそこに居る人、なんですか?」
 腕を引っ張られたので見てみると、端の方に猫の顔にシルクハットを被ったアバターが座っている。
 あの姿は、情報屋か。
「……世果だな。大人気な情報屋。情報か金さえ払えば大抵の事は教えてくれるぜ。気になる奴のリアルとかは、無理だけどな」
 それは例えわかっても厳禁だ。相手を陥れるとか、そんな目的でもない限り知りたい奴はいないだろうしね。
「成程」
 危険ではあるし、怖い相手なのだけど。それでも知っておくに越した事はない。
「……世果。何か面白い情報はあるか」
 そいつの隣に座り、回りの人間が一瞬だけこっちを見たような気がした。
 ついでに棺桶の事を見た奴も居る、ような気がする。
「ん? あぁ、なんだ君か。いや特に君が知りたがるような情報はないよ? そうだな。ストレイドックが起こした過去の所業ならわかるけれどね」
 そんな事は知っている。あの人から聞いた話しは多すぎるぐらいだ。自慢じゃなくて教訓なのがあの人らしいといえばあの人らしいけれど。
「いらねぇよ。……ああ、こいつがうちのチームに新しく入った奴だ。よろしく頼む」
 隣に座った棺桶を値踏みするような目で見ていたので補足説明をしておいた。
 誰かが新しく入ったという情報は、本来なら高価だけれど、ここで少しの恩を売っておくのは悪くないと思う。
「……成程。ああ、わかった。その情報が古くならない内に売りさばくとしよう。もう少し情報をくれるなら、何かを考えてもいいのだけれど」
「信頼からなる情報屋だからな。……どうする? 棺。売るならそれはそれでいいぞ。少しの貸しぐらいは与えておいて損になるもんじゃない。今渡しておけば、今後何かしらで返してもらえるかもしれないしな」
 利益を与えるから、いつか利益を返せなんてとんだ話しだけれど。
 けれど、今のチームの情報は高値で売れると思う。
「君らは有名だからね。まっ、それでも君の情報が幾らになるかが問題だけど。売れた分の情報ぐらいは渡すさ、一度だけね」
 ログもとったし、相手もそれぐらいは理解しているだろう。これでいつか棺桶が情報屋を利用する時には役立つと思う。
 案外高いし。
「はぁ。えーと。個人窓開けますよね」
 棺桶が世果に近づき、二人の間で窓が開いた、と思う。
「あぁ、棺、俺も呼んでくれ。まだ不慣れなんだし、いいだろ?」
 返事が来る前に、チャット画面に呼ばれる。ログは見えないけれど大した事は話してないだろう。
「ふむ。では質問をしよう。君の名と得意分野。単独で潜入に成功した会社。あとアバターの形と備えてある能力を教えてくれ」
「……九十九さん」
「ああ、別にいいぜ。お前の能力がばれても、それ程問題はないだろう? ただ会社名は伏せてもいい。こいつからバレる事もあるだろうしな」
 棺桶はウィルスやバグを見破るぐらいだ。それが作る側にバレれば更に隠すようにするだろうけれど。なら棺桶のデータを更にアップデートさせればいい。
「はい。……ハルモニアです。一応はアタッカーとして活動できるぐらいの能力はあります。潜入に成功したのはゲーム会社とネットゲームの会社です。アバターの形は西洋風の棺桶で、情報の違和を感知するように作っています」
 成程。犬さんが棺桶を知ったのはネトゲか何かだろう。
 キングと法一以外は大抵そっちから来ているから、予想通りと言えば予想通り、かな。
「ふむふむ。それなりに面白いチームになってきたね。司令塔のストレイドックに、妨害役の法一、兎。戦闘の千日手、クラブのキング、ハルモニア。面白いね。幻実内でもかなり高いランクに入ると思うよ。君たちでシャングリラ攻略が無理なら、それは不可能に限りなく近くなりそうだ」
 お喋りの情報屋だ。ただ言っている事は誰が見ても事実なのだとわかる。自分の実力ぐらいはわかっているし、皆の実力もそれなりに把握している。
 メンバー一人一人が最高峰の力を持っているのだ。ウィザードとは言わずとも、だけれど。
 唯一少し力が足りないのが棺桶というぐらいで、その棺桶も並のハッカー以上の能力は有している。
 もしかすると、だけれど。
「……じゃあ、僕らが攻略したら伝説になりますね」
 しれっと棺桶が自信ありげに言った。この世界で伝説になる事を考えると、一介のハッカーとしては胸が踊る。
 名誉欲と、自尊心。好奇心と探究心。
 猫をも殺す心はハッカーを殺すに足るものだろうか。
「そうだね。その時には、私も祝わせてもらうし、君らのチームにシーカーとして入りたいぐらいさ。情報屋の楽しさと仲間と居る時の楽しさは別だからね」
 そんな気は全くないだろうけれど、社交辞令みたいな物だろうと思う。それに情報屋を味方に引き入れる事は心強いけれど仲間として居る事はとても怖い。
 基本的に入れるかどうかの判断はリーダーを中心に決めるのだろうけれど。
「その時には、よろしくお願いします」
 棺桶は本気で言っているのだろうとしたら、流石に世間知らずもいいところだろうけれど。……いや、こういう所も個性の一つ、かな。
 自分の思考だけで全てを決めつけてしまう事はダメだ。発展が望めなくなってしまう。
「おっと、別のお客さんが来たようだ。それでは、またいつでも情報屋をご利用ください」
 最後だけ無駄に敬語で締めて、世果が退席した。
 こっちも退席して適当に掲示板でも読み流しにいこうかな。
「……千さん。そろそろ、シャングリラ挑みましょう。僕みたいな新米が言える事じゃないですけれど、今の僕らならきっといけます。チーム戦について少しはわかりましたし」
 ……さっきの会話で何か火がついたのかもしれない。それはこっちも同じだけれど。
「……そうだね。今はまだだけど、話しあってみる価値はありそうかな」
 同意を示す。そろそろキングも棺桶も我慢の限界が近づいてきているのかもしれない。
 危ないけれど。それでも、一つの伝説の作れる可能性があるなら。
「はい。……あ、チャットの外で何か騒ぎが起きてるんですが」
「……予想つくのが嫌だなぁ」
 喧嘩はご法度なのだけれど、そういうルールが通じない奴はいるからなぁ。
 うちのチームでも、キングとか。
「おいてめぇ! 今何ていいやがった!」
「あ? だから駄犬の率いるチーム程度がシャングリラ攻略何て不可能だって言ってんだ。あんな老耄供がやれるんなら、私らでもやれるに決まってんだろ」
 外に目を向けてみると、キングと見知らぬ誰かが衝突していた。
 通常時のアバターが出せない事が幸いだ。出せていたら、二人であいつを抹消しないといけない所だった。
 その時に棺桶は止めに入ってくれるだろうか。……いや、ここは自分がしっかりしないといけない場面だよね。
「帝王。あんま怒るな。三下に何を言っても三下って事に代わりないからな」
「んだおめぇ!」
 怒りのあまりにちょっと口が悪く成ってしまったようだ。反省しようと思う。
 後悔はしないけれど。
「そうだなぁ。ストレイドックのファン、って所かな、三下君」
 会話している間に情報屋に通信を繋ぐ。大人気ない? いやいや。こっちは、子供だ。
「んだと! はっ、あんな糞野郎共のファンなんてなぁ、意味ねぇんだよ! 確かに幻実になる前は何かしてたみてぇだけどよ。今のこの世界、すなわち幻実世界イリュージョンワールドになってから何かしてのかよ!」
 なにそのネーミング。流石にださい。
 いや、こっちが言えた義理じゃないけれど。
『世果。あいつ誰だ?』
『三』
『千?』
『万、と言いたいが千が打倒だろう。彼は最近出てきたチームのリーダーだ。君らのチームが壱なら彼らは零だし、彼らが壱なら君らは百以上だろう。名前はトランペット。中小企業を狙っているが、それ程の事は行っていない。実力が足りない事は自覚しているようだね』
『金は後で送っておく』
 さて、つまり本当に三下って事か。犬さんに対する言葉は自分よりも格上の相手への羨望と嫉妬が妥当な所だと思う。
 ここで吠えているだけなんて犬にも劣る行為だと思うけれどね。
「あぁ? んだよそのダッセーネーミング。どこのガキだっつーの」
「……帝王、落ち着け。どうせ、犬以下の楽器だからな。二人とも、帰るぞ」
「ちょ、待てよてめぇ! 喧嘩売っておいてそれはねぇだろうが!」
 喧嘩売ったのはそっちだろうに、何を言っているのだろう。……あぁ、こっちの三人の事を知らないと犬さんの悪口言ったら喧嘩を売ってきた奴らにしかならないのか。
 うーん。犬さん本人が居ればいいのだけれど。
「あぁ。いや、もうどうでもいいから向こういけ、金管楽器。あんまり五月蝿いと、お前ら全員潰すぞ」
 後ろに何人か心配そうな目で、自信あり気な目でこいつを見つめている奴らがいるけれど。確実にこいつのチームメンバーだろう。
「な、なんだよ金管楽器って! 私の名前は『ホルン』だろうが!」
「これ以上ほざくならお前のリアルまで突き止めるぞ?」
 流石に、自分の名前が割れているという事が理解できたはずだ。全く、面倒くさいな。
 他のメンバーみたいな奴らも一転して目を逸らしているしそこまで強固な絆もないのかもしれない。
 哀れと言うべきか。
「あぁ、成程な。んじゃぁ行くか」
「ああ」
 今の会話を聞いていた奴らはそれなりに興味深けにこっちを見ているけれど、もうほとんどこっちの正体についてはばれているだろうなぁ。
 わからないのは新参か低いレベルの奴らだけだろう。
 三人なのを確かめて、思い至らないもう一人、棺桶が誰かなのかを知るために情報屋に情報を仕入れる奴は何人か居るはずだ。これで少しは儲けが出ていると面白いのだけれど。
「お、覚えてやがれ!」
 出て行くこっち三人に向かって言い放つ言葉は、三下という言葉がぴったりと当てはまるような言葉だった。
 うーん。本気で言う奴は初めて聞いた。本当にそんな事を言う奴がこの世界に存在なんて。細かく指摘するのならそれは逃げる時に言って欲しかったな。
「……千さん、ここ結構面白い場所ですね」
「ああ、最後がああだったけど暇つぶしには丁度いいぞ」
「うぜぇ奴らは後でぶっとばせばいいしな」
 それは違う。というか、全体的にダメだし後で迷惑被るのはこっちだから出来るだけやめて欲しい。
 ……まぁ、暇つぶし程度にはなるからそれもいいけれど。

「犬さん、行こうぜ」
 最初に来て良かった。部屋内部の壁紙を全て和風茶室にしたので、これでチャット部屋を略して茶室と呼べるようになった。
「……皆の意見は」
 久しぶりに来た犬さんが落ち着けるようにという配慮のために、だったのだけれど。
 それ程意味があるわけではないのかもしれない。
 全員を見渡し、どこか疲れを感じさせている声で問いかけてきた。仕事で疲れているのかもしれない。うーん。とは言っても今日を逃すとまた数日後になりそうだし、確約を取らない事には、ね。
「僕は賛成です」
 最初に棺桶が発言した。
「私も……賛成でいいかな」
 兎が予想外に賛成の意を示した。
「俺も賛成でいいぜー」
 法一が更に賛成して、これで決まった、かな。
「成程な。一応聞いておくが、像はどうだ?」
 いや、聞かれても。反対しても良い事ないし、キングから不満げな目をされる事は確実だろうと思う。
「犬さんに任せる。まぁこれ以上俺が言っても意味ないだろうけどな」
 賛成しないわけじゃないけど、反対ってわけでもない。基本的に中立が好きっていう理由だからだけれど。
「どっちも敵にまわすような意見はやめておけよ、像。将来的に敵の方が多くなるぞ」
 犬さん自身の経験談かな。忠告はありがたく受け止めておくけれど治す気はないね。
「さて。わかった、そろそろ挑むか。今は俺の仕事が忙しいから二週間後に決行だ。法一と像はシャングリラの現在地を探しておいてくれ。俺がオペレーション、兎がその補佐。法一は妨害、キングは正面からの撹乱。像はメインのアタッカーで棺桶はその補佐だ。その方向で各自準備を進めておいてくれ」
 眠そうな欠伸で締めくくって、犬さんの号令が完了した。
 これで後は挑戦するだけ、だけれどやっぱり不安だ。今の状態でいけるのか、という疑問。
 腕の問題ではなくて、全体的な技術の問題として。
 今の一般的に公開されている技術ではあそこに挑むには早すぎるような気が、少しする。
 技術的な問題を言ってしまうといつまでも追いつけはしないのだから言う意味はないのだけれど。
「うっしゃ、燃えてきた! 棺桶! 少しどこかに付き合えよ!」
「別にいいですけど。それじゃあ、行ってきます」
 走りさっていったキングと棺桶を見送る。あの二人は別に放置していていいだろうから気にしないでおこう。
「……それで兎と法一はどう言った心違いなんだ?」
 この間まで行く気は、あっただろうけれど積極的でなかったって言うのに。
「んー。ちょっと最近、掲示板で嫌な気分になる事があってね」
「俺は三人が賛成だったから乗りで」
 法一はそういう奴だからいいけれど。まさか兎が、ね。
 何をどう言われたのだろうか。想像付きそうで、中々付かないな。
「成程な。……犬さん、勝算はある?」
「四割だな。慎重にやってもそのぐらいだろう。悪い予感を差し引けば五割にまで上がるが、俺は自分の予感は信じているようにしているんでな」
 ハッカーとして常識というか、当たり前の事だ。経験に基づく勘を信じず動いてもろくな事にはならない。
「俺もほぼ同意見だ。……法一と兎は、どう見る?」
「私は勝率六割かな。万事上手くいけばね。上手くいかなくても最悪の事態は避けられると思う」
「勝率はわかんねぇけどー。まー、生還率は九割いくと思うぜー」
 成程。攻略を前提にしておくわけじゃあなくて、帰ってくる事を前提に作戦を考えればそんなに悪くない、かな。
 自分の視野の狭さを反省しないとなぁ。
「四人の考えを擦り合わせるか。二人が帰ってきたら二人の意見も聞こうとは思うが」
「わかった。でも犬さんは少し休んでくれば? 疲れている状態だと良い意見も出ないものよ」
 兎が当たり前のように犬さんへと注意を促した。確かにそれは思っていたけれど、やっぱり付き合いが長いだけあって二人の間の空気はどこか自然な物がある。
 少しだけ妬けるね。
「……そうしよう。来週には片付きそうだから、作戦には来週から参加する事にする。後は頼んだ」
 兎にそう言って犬さんは欠伸を一つして帰っていった。
 また来週ね。こっちも来週のために色々と考えておかないと。
「大方針は生還でいいとしてー、どこまでを攻略とするかだよなー。いつもみたいに情報を全部取り出すとしてもよー、無理くさくねぇ?」
「確かにな。あんまりにも情報が少なすぎる。……どうせだ、危険度は増すけど侵入を複数回にわけるのはどうだ。手口を幾つかに分ける必要はあるがな」
 一度の侵入で確認。二度目の侵入で深くへ潜り。三度目の侵入で情報を持ち出す。期間を長く開けるべきではないし、二度目からはどこも防衛システムが厚くなっている事が予想出来る。
「一発でやるに越した事はないんだけどね。……とりあえず、取り込まれるという事の謎を解明しないといけないからなぁ。内部のデータを少しでも取ってきて解明したいんだけど」
 最初の侵入でとれれば対抗プログラムが作れるかもしれないしなぁ。
 後は消えた奴の行方を知りたい。例え囚われたとしても誰かが助けに来てくれる可能性もある。
 ……まっ、取らぬ狸の皮算用。最初が成功できないと意味がないのだけれど。
「難易度が高いほど意欲も燃えるけどなー。内部がどんな構造になってんのかとかどういう技術でやってんのかーとか早く調べてぇなぁ」
「俺はどういう防壁なのかを知りたいけどな」
「私はどういう攻勢プログラム使っているのか知りたいな。ツールに転用出来るかもしれないし」
 危険ならやらなくてもいいけれど、ハッカーは好奇心の塊だ。
 クラッカーのように破壊が目的なのではなくて単純に知りたがりの集まりにしか過ぎない。
 向いている方向はそれぞれ別方向だろうけれど、進む道は概ね一方向だ。
「その為にも作戦を練らないとな」
 さぁ、これから忙しくなる。

「……皆もう帰ったのか」
 午前三時。キングと棺桶は帰ってきてすぐに落ちてしまった。雪崩るように兎が落ちて便乗するように法一が落ちたのが三十分前。
「うん。軽く話していたけど、情報が足りないから当面は情報収集って事になったよ」
 寝起きのせいか犬さんはそうか、とだけ頷いた。
 けれどまさかこんな時間に来るなんて。もう少し寝ていても良かったと思うのだけれど。
「情報は大事だからな。そうだ。来週暇か?」
「うん? 暇と言えば暇だよ。学校の方もあんまり休んでいないし。やる事と言ってもバイトぐらいだからね」
 そのバイトも週に四回だから特に問題はない。
「なら久しぶりにどこかに出かけないか? ……仕事も終わるだろうから息抜きをしたい」
 言葉が一旦途切れたのはタバコでも吸っているからだろう。
 ……この人に感化されて吸い始めちゃったから、少しだけ憎らしい。でもこの人みたいにタバコが似合うようになる事はないだろうな。
「わかった。じゃあ渋谷あたりで」
 互いの住んでいる場所を考えるとそこら辺が妥当な場所かな。
「ああ。すまんな」
「いえいえ」
 別に。犬さんが居ない時に犬さんの代わりを務める事はそんなに苦じゃない。ただ自分の性に少し合わないだけで。
 キングは独断専行。兎は自分しか見ていない。法一は主体性がなくなっている。棺桶はまだ全体を見通せるような判断力に欠けている。
 となると、まだ自分が適任と言えなくはない。と犬さんに言われたけれど。代わりをするなら兎の方がいいと思うけれど。
「いい物奢ってくれよ。犬さんの家で酒を呑むのは好きだけど、今回はやる事あるから出来ないのが残念だ」
「未成年を家に連れ込んで酒を飲ませる、と言うと私が危険人物に思えるな」
 言葉面だけ見ると確かにその通りだ。
「確かに。まっ、今度兎でも誘って呑もう。愚痴ぐらいなら幾らでも聞くさ」
 この人だって完全ではないし、弱い所が多々あるからね。
「シャングリラについて終わったらそうするか。そうだ、棺桶の様子はどうだ?」
「あぁ、最近はキングと特に仲がいいな。俺の代わりとして動いているみたいだ。腕も上達してるし、将来は順当に成長しそうだな」
 子供故に好奇心が向かった先は際限なく伸びて行く。加えて経験も積んでいるし余裕も出てきた。下手をすると将来補佐をする側になるのは自分かもしれない。
「そうか。将来は自分でチームを作ってお前かキングでも引き抜いていくかもしれないな」
 半分冗談のように言って、半分本気なのだろう。
「俺は抜ける予定はしばらくないし、もしチームを作っても相互関係になるだろう。敵対するような行動は取らないだろうさ」
 将来的にはどうなるかわからないし、その時に考えるしかないだろう。
 未来の事は考えて予想をしてもどうなる事じゃあない。
「そうだといいがな。……話は代わるが、進路は決めたのか? いきなり働くのは止めておいた方がいいと思うが」
「おっと、現実の話は止めてくれよ。……まぁ、就職でもいいかなとは思うけれど。大学の方がいいかな? 自由に出来る時間が増えるだろうし、友人も増えるだろうし」
 実際どんな人とでも知りあっておくのは悪くないと思う。社会は人との繋がりも重要なんだし。将来を見通せば、友人が取引先に居るだけでだいぶ良くなるものだしね。
「お節介ですまんな。……どちらを選ぶにしてもある程度は力になるぞ。就職なら会社を見つける事は出来るだろうし、勉強なら少しは教えられるはずだ」
「ありがと。まっ、考えてみるよ」
 先の話というわけでもないから今の内から考えておくに越した事はないのは、わかっているけれど。
 それでも遠くに感じてしまうのは自分がまだ子供だという証拠なのかもしれないし、現実をあえて避けているのかもしれない。
「棺桶が羨ましく思えるのには、まだ早すぎるんだろうなぁ」
「小学生を羨むのはお前の年頃には良くある事だ。現状に満足し、今を受け入れるようになると枯れていると言われるようになる」
「実体験?」
「さぁな」
 それからしばらくの間は無駄な会話をしていた。ハッキングについてだったり、昔の話しだったり、犬さんが所属していたチームの話しだったりと。
 大体一時間ぐらい、かな。
「っと。もう四時だしそろそろ寝ておく。日時の方は後でメールしておいて。それじゃ、おやすみ」
「ああ、良い夢をな」
 茶室の壁紙やらオブジェクトやらを全て回収して部屋が真っ暗な空間になって、茶室を後にした。
 今から寝れば三時間は眠れるし、今日も授業頑張ろう。