2章 ネットワーク接続・現実

「犬さ……硯さん」
「……あぁ。夏雪か」
 いつもの帰り道。見かけた事のある後姿へと声をかけた。
 くたびれた背中。眠そうな目。伸びに伸びた無精ひげ。どこか貫禄を感じさせる顔。
 男としては、この人みたいになりたいと思わせるようなナイスミドルだ。
「どうも。……今日は見舞いの帰りですか?」
 目的は、多分一緒だ。
「ああ。最近仕事が忙しくて来れていなかったんだが。君は週に四日は来ているそうだな。身体は壊していないか?」
 顔を見れば寝不足なのか隈が見える。確かこの人はプログラマをやっていたはずだから、仕事が忙しいのも納得か。
「大丈夫ですよ。まだ若いですからね。それより仕事そんなに忙しいんですか?」
 駅までは一緒に歩く。普段の関係がどうであれ俺とこの人との間でいつの間にか決まっていたことだ。
「それ程じゃない。前の職場よりも高給だしな。……兎とはたまに会っているんだったか」
「ええ。晴美さんにはいつも色々教えてもらってますよ。手取り足取りって感じで」
「そういう関係だったのか」
「いや、嘘です。嘘じゃないけど、そういうわけじゃないですよ。色々作る時に意見聞かせてもらっているぐらいですね」
 危ない危ない。こういう機会でしか会わないから忘れてた。犬さんにこういう冗談はあんまり通用しないんだ。
 根が真面目な人だしな。あの人もそう言ってたし。
 この人が可愛いとは思えないが。
「なるほどな。兎は君の事を気に入っているとは思うよ」
「あはは。美人ですからね。気に入られるのは男として嬉しいです」
 幻実だとスプリングラビットの名に恥じない狂人っぷりだけど。現実じゃそれなりに場は弁えているっていうか、大人しいっていうか。
 話さないと美人を地でいく人だしなぁ。一度話しだすとプログラムの話になるし。
「言うようになったもんだ。……ふむ。キングは最近よく一人で色々やっているらしいな」
「ええ。あの人はー。なんつーんでしょうか。自由ですよね」
 子供っぽい。大人らしくない。けれど考えていることは子供じゃない。
 言うなら、大人になりきれない子供って奴なのかもしれない。数年間共につるんでいてわかったことだけれど。
「犬さん今日は来るんですか?」
「いや、やめておく。調べることがあるんでな。……一人でシャングリラに行こうとはするなよ?」
「……言われずともですよ」
 一人で行けるはずがない。一人じゃ腕も技量も何もかもが足りなさ過ぎる。
 下手に行って内部に捕らわれでもしたら、目も当てられない。一人で行くぐらいならまだ行かない方が少しはマシだ。
「法一にはたまにメールをするんだがな。あいつは、大人しくなってしまったな」
 武勇伝は幾つか誰かから聞いたけれど、すでに伝説だ。
 曰く。一人で外国の電話という電話を止めた。
 曰く。一人で情報を混乱させた。
 曰く。一人で通信をばらばらな所につないだ。
 冗談としか思えない事ばかりだけれど。あの人ならやりかねない。
 ハード面ばかりに情熱が向かっているのが惜しい。……でも案外あの人は寂しがり屋だからハッキングは続けているんだよなぁ。
「ハード面の確かさは硯さんもわかっているでしょう。それに腕が錆付いてないのはよくわかってると思いますけど」
 この人が、法一さんの実力を見誤ることはないだろう。
「ああ。……ただ、大人になったとでも言うんだろうな。きっと」
「……。俺にはわからないことですね」
 大人と子供。俺と犬さん。
 生きた年数が違うからだろうか。俺もいつかは、大人になるんだろうか。なれるんだろうか。
「いつかわかるさ」
 心を見透かされたような気がして、横を向く。駅はもう近い。
 駅に着けばこんな会話はしばらく出来ないだろう。犬さんは色々と忙しいし。
「……そんなもんですかね」
「ああ。そんなもんだ。……そうだ。そういえば最近は完璧な人工知能の開発が近づいてきているらしいな」
 いつぞやのニュースでそんな事を言ってたな。完成すればアバターと一緒に運用できるだろうし面白くはなりそうだ。
「え? あぁ、ですね。犬さんも人工知能には興味あるんですか?」
「昔はそっちの分野に居たからな……。さて、またな。風邪引くなよ」
「犬さんも」
 犬さんは大人だろうか。それとも子供なんだろうか。
 俺から見て大人。けれど、他の人から見たらこの人はどちらなのだろう。
 駅で別れる時に背中を見送りふとそんな事を考えた。

「昨日犬さんと会いましたよ」
「へぇ、珍しい。……元気してそうだった?」
 次の日。夕菜からの誘いを蹴って久しぶりに兎さんの家に来ていた。
 本名も宇佐木で幻実も兎だから気に入っているのだろうか。
「はい。手取り足取り兎さんに色々教えてもらってるって言ったら勘違いされました」
「フォローとハローを間違えてもおかしくない馬鹿さだよね、犬さん。そういう所が可愛いと思うけど」
 女性の感性はよくわからない。あの人が可愛い、ねぇ。
 兎さんは実際会ったから可愛さとは無縁の渋い人だって知ってるはずなのになぁ。
 外見じゃなくて仕草とか考えがだろうか。
「その例えは微妙ですけどね。……仕事いつ終わりますか?」
 ベッドの上で参考書を読みながら彼女の仕事風景を見つめる。
 肩まである髪は綺麗で、一度だけ触らしてもらった事があるけれどさらさらしていた。
 正直あの時に押し倒せば今頃は彼女になってくれていたかもしれないと妄想した事がある。
 この人の事だから拳骨一発どころじゃ済まない結果になるだろうけど。
「あと十分ぐらいで。……君は、幻実と現実じゃやっぱり言葉使い違うね。キャラ作り?」
「別に。ただやっぱり分けておかないとどっちがどっちだかわからなくなるじゃないですか」
 言い訳だ。幻実での俺は自分の理想とする人になろうとしているだけに過ぎない。
 後は、皆に好かれるような奴を演じないと仲良くなるのも難しいしなぁ。
「どっちでもいいけれどね。あぁ、昨日相談してきた事だけど面白いと思うわよ。実験段階でしょうし即座にどうこう出来るわけじゃあないでしょうけどね」
 仕事の片手間に宙にウィンドウを開いて兎さんがメールを送ってきた。
 中にあるのは予想されるバグと理想と現実の差異。
 どこまでが実現可能でどこからが実現不可能かを示すチェックマーク。
「理想の半分は叶えられると思うけど。まぁ君がやりたい事を考えるともう少し上を目指さないとね。武装関連は私が作ってもいいけど基礎部分は自分で頑張ってね。興味があんまりないっていうのもあるから、手を出さないけど」
「口を出してくれるだけありがたいと思いますよ」
 メールを読みながら問題のクリア方法を検討しようとして、やめておく。兎さんが無理といったら無理だろう。
 俺も最初から可能とは思っていなかったから、最終確認のような物だ。
 けれど。なら。
「兎さん。今メール送りますけどこういうのはいけますか?」
「ん? 仕事で忙しいんだけど。……ああ。これならやれるけど。やるなら最初から見直さないと。それに容量は?」
「法一さんに聞いてみます。可能そうなら、今年一年使ってでもやります」
 ふと思いついたことだから、実行に移すのは大変そうだ。でも目的のためならこれぐらいはやってみせる。
 後、数歩の距離まで目的は近づいてきているんだから。
「……。初期の案と四つ目の案を足して、プログラムは幾つか流用できると思う。……うん。面白そう。これなら私も手伝うわよ。ちょっとピーキーな感じになると思うけど、君はそういうの好きそうだからいいわよね?」
 勝手にこうやって決定して。
 譲るところは譲るんだけれど、自己完結の割合が強いんだよなぁ、兎さん。
 でも、それでいい。
「ええ。とびっきりのじゃじゃ馬でないと乗りこなし甲斐もありませんしね」
 新しいアバターを作るための方針はこれで固まった。
 後は、作り終えるだけだ。
「よし。それじゃあ頑張ろうか。私もそんなに時間かけない方が好きだしね」
「兎さんが協力してくれるなら百人力ですよ。ベッドの上で保健体育も協力してくれると嬉しいんですけどね」
「いいよ。ただし、関節の外し方とか内臓の位置やらだけど」
 それは確実に解剖学とか体育だろう。的確にボディブロー打てるんだもんなぁ。まぁ軽く返してくれるのが嬉しい。
 本気に取られたらセクハラで訴えられかねない。
「そうだ。この間なんだけど別のチームがあそこに挑むって話が出てたよ。今回こそ攻略されちゃうんじゃない?」
 ああ。その話しか。
 別に心配そうな声色でもないし思い出したように言っただけだから兎さんもわかってるだろうに。
「無理ですよ、あんなチームじゃ。あそこがいけるなら、俺と兎さんでもいける」
 これは断定できる。無駄な自信とかじゃない。はずだ。
 そこらのチーム程度なら俺が一人でも相手できるんだ。その程度の奴らがシャングリラの攻略なんて出来るはずがない。
 最初で詰まるか、次で弾かれるのが関の山だろう。
「ああいう少し学んだばかりの奴らが居て困るよねぇ。ハッカーの質も落ちたものだわ」
 昔は、と言い出す気はないし俺だって若い分類だけれど。確かに、昔に比べて質は落ちていると思う。
 ハッカーとしてやりやすくなったからだろう。ツールは人の作った物を使い、方法は一辺倒。アバターは自分で作ることはなく、出回っている物を使うのみ。
 一昔前は遊び人と揶揄されていた奴らが今ではハッカーと名乗れている現状。
「今じゃ、俺程度でもウィザードに近い一人って呼ばれてますしね」
 ウィザードになれる程の実力があれば今ここまで苦労してないっていうのに。
「変な世の中。それで? 準備は進んでるの?」
「ああ、はい。作り終えたら全部一気にやれますよ。何せ数年越しですから。犬さんには教えてませんけど」
 犬さんに教える意味はないしな。教えたら、色々台無しになってしまう可能性もある。
「なるほどね。それじゃあ話を煮詰めよう。千里の道もあと数歩だもの。下手に踏み外さないよう細心の注意を払ってやりましょう」
 いい心がけだ。最後まで詰めを見誤ることのないようにやっていかないと。
 いつだって作るよりも壊す事の方が簡単なんだから。

 寒い。とても寒い。
 幻実に引きこもりたいと思える程に寒い。
「夏雪は寒がりだねぇ」
「お前がなんでそんなに平気なのか知りてぇよ」
 俺は羽毛百パーセントのジャンバー着てるってのに。こいつ上に何も羽織ってないんだが。
 なんだこいつ。寒さを感じなくなるような超能力でも身につけた超戦士か。
 ……幻実でも痛みとか感じないようになればヴァンダルが増えるんだろうなぁ。そんな事は怖くてやってられないだろうけど。
「ホッカイロつけてるから?」
 それで暖かくなれるなら俺はホッカイロで身体を包んでもいい。
「でもホッカイロを沢山つけるとミツバチに包まれてるみたいに成るからやめておいた方がいいよ?」
「俺の心を読んでるんじゃないだろうな、お前」
 学校の帰りだから寒いのも当然だし、これからもっと冷え込むんだろうなぁ。
「あはは。去年言ってたことだよ、これ。夏雪は面白いねぇ」
 楽しそうに笑われても。というかそんな前のことを覚えてるこいつが怖い。
 俺なんて昨日のことすら忘れてるってのに。こいつなら十年前の出来事も覚えてそうだなぁ。
「そうだ。夏雪の服でも買う? あんまり外出る服もってないよね?」
 今は学校帰りだから制服だ。というか、制服以外で外に出る機会はそんなにない。
 寒い冬だっていうのも理由だけど。基本的に制服で十分だ。
 兎さんの家に入る時だけは気をつける必要があるんだが。……前に「宇佐木さんの娘さんが高校生の子を囲ってる」と噂になったからなぁ。
 おばちゃん連中はどこに行っても妙な噂話が好きで困る。
「今日は日ごろの世話を返しにきたんだろうが。お前にはいつも世話になってるしな」
 飯やら洗濯やら掃除やら。俺一人でも出来ることは出来るんだが。それでもやってもらう以上は何かしらの恩を返したい。
 親しき中にも礼儀あり。両親が死んだりして一番実感した言葉だ。とはいっても奢るぐらいで返せるような物じゃない程、夕菜には苦労をかけているんだが。
「気にしなくてもいいのにー。でも奢ってもらえるんならトリプルパフェがいいなぁ」
 ……訂正しよう。それだけで恩は十分に返せるはずだ。
 値段三千七百円のパフェなんて人類の規格外じゃないか。そんなもの幻実だけで十分なんじゃないだろうか。
 現実に存在してはいけない代物だろう。
「……いいぜ。お前がその気ならその勝負、受けて立つしかねぇなぁ」
「え? 何の勝負ー? えへへ。私負けないからね!」
 あー。もう可愛いなぁこいつ。嫁にするなら夕菜みたいな奴にしたいぐらいだ。
「よし。俺の負けだ。パフェかー。それでいいのか? 服とかでもいいんだぜ?」
 そっちの方が高いだろうけど、残る物だしな。俺の気分的な問題だけどそういう物の方が嬉しい。
「んー。別に私は夏雪といられるだけで十分楽しいんだけど」
「安上がりだなぁ。……んじゃ、服でも見て回ろうぜ。その方が楽しいだろ」
 何か買うつもりだしパフェも奢るつもりだ。けど少しぐらい幻実と離れて楽しむのも悪くないだろう。
 兎さんには怒られてしまうかもしれないけど。こういう息抜きがあってもいいはずだ。
「……あ。あの人、夏雪の家にたまーに来る人じゃない?」
 言われた事に意識を戻して視線を向けると、確かに見知った人が居た。
 虚無僧のような格好で街中を徘徊できる人間なんて俺は一人しか知らないし、一人以上は知りたくもない。
「あー。法……柳さん、だなぁ」
 確かあの人、東北に住んでるはずなんだけどなぁ。……何の用で来たんだろう。
 今話しかけるのも、なぁ。
「おー。……あぁ、夏雪君じゃないかー。久しぶりだなぁ。兎に会いにきたんだけど留守でねー。久しぶりに犬さんと出会えたらなーという考えも合ったんだがー。流石にねー。でも夏雪君と会えたなら結果オーライかー」
 声をかけられた。つまり、気付かれた。
 畜生。夕菜と俺の楽しい時間に横槍入れやがって。
「……なんすか法一さん。今日は仕事ですか。今見ての通りの状態なんですが」
 デート中とは言わないのが俺の悪いところだな。
 一人の時だったら快く話してたどころじゃなくて俺の家で手伝わせたぐらいなんだけどなぁ。
「ああ、デート中だったのかー。悪いなー。兎さんが帰ってくるまで暇でねぇ。あと仕事だなー。明日には帰るんだけど、知り合いに会っていこうかと思ったんだー」
 成程。まぁ、理由の大半は兎さんに会うで締められているだろうけれど。
 なんつーか。この人わかり易いんだよなぁ。いい人だし、顔も悪くないんだけど。
 服のセンスが圧倒的に終わってる。
「いえいえー。デート中なんて、そんな」
 顔を赤くしながら反論しても意味ねぇよ。
「否定はあんまりしませんけどね。前に話した幼馴染です。な、夕菜」
「あ、はい。初めまして。夏雪のお嫁さんの夕菜です」
「こちらこそ初めましてー。夏雪君の友達の柳だー。よろしくなー」
「普通に話しを進めないでください。後夕菜も微妙に突っ込みにくいボケやめろ」
 なんだこいつら。ダブルボケか。俺がわざわざ突っ込み続けなくちゃいけないってのか。
 楽しいけどさぁ。
「だってお母さんがこう言えって」
「成程なー。母の言うことは基本的に適当に偉大だからなー。それも仕方ないなー」
 駄目だこいつら。何が駄目なのか上手く言葉にできないレベルで駄目だ。
 俺が国語辞書だったらいいのになぁ。……意味わからない望みはやめておこう。本気でわけがわからない。
 ていうか法一さんも今年で二十代半ばなんだし落ち着いてもいいと思う。
「……はぁ。それで、兎さんに何の用なんですか?」
 どうせハード面の話か何かなんだろうけど。
「あー。実はなー。告白しようかと思ってなー」
 なんだ。告白か。ちょっと予想とは違ったけど成程。納得できる言葉だ。納得ってなんとなくだけれど納豆食う? という言葉に似てるような気がするなぁ。
「はぁ。そうなんですか。そういえば今日は青空が美しいですよね。太陽が燦々としてませんか?」
「夏雪ー。今はもう夕方だよー?」
「ついでに言うと月が出てるねー」
 二人がにこにことしてるなぁ。ああ。今日はこんなにも月が綺麗だ。水面に映る月は鏡花水月っていうんだっけ? いやぁ、俺って博識だ。
「って、はい!? 告白ですか!? え? 何があったんですか法一さん! 詳しくはあそこの喫茶店でおっちゃんでも飲み砕きながら詳しく聞きたいんですけど!」
「落ち着いて落ち着いてー。ここ天下の往来だからさー。大声出されると俺が恥ずかしいよー。ねぇ夕菜ちゃんー?」
「そうですねぇ。あはは、夏雪がこんなに慌ててるの久しぶりに見たかも」
 慌ててるんじゃなくて取り乱してるんだよ! ていうか完全に斜め上な方向過ぎるだろうそれ!
「まぁまー。流石に今のは冗談だってばー。幾ら俺でもさー。兎さんが相手だったら犬さん以上のいい男にならないといけないってのはわかってるさー」
 ……。なんだ、知ってたのか。兎さんが犬さんに片思い中だってこと。
 いや。まぁ、あの様子を見てれば誰だってわかるだろう。小学生だって理解できるに決まってる。
「でも、好きな人が居ると他の人って目に入らないんですよ」
 夕菜が真理をついた事を言う。
 ああ、そうなんだよなぁ。本気で恋をしてしまうと、他の奴を好きになる事はできなくなるんだ。
 好意を抱かれても申し訳ないとしか思えない。
 まぁ、夕菜が言葉にするのは普通怒ってもいい事だと思うけれど。
「そうなんだよねー。けどそれでも好きな気持ちは変えようがないからさー。本当に大変だよねー」
 笑って流すのは流石大人、か。
「ですね。……まぁ、俺たちはこれから適当にどこか行くつもりですけど。柳さんはどうするんですか?」
 ついて来られても流石に困る。俺の心も癒されたいし、夕菜も気兼ねなく楽しみたいだろうし。
 気にするような性格じゃないのはわかってるんだが。
「俺は適当に秋葉原でも行くさー。パーツを安く仕入れる事が出来るかもしれないしねー。暇つぶしにはなるだろうよー」
 あそこは確かに法一さんみたいな人種にとっては聖地だからなぁ。ハッカーとしては、あの地域は魔境すぎて近寄りがたい場所なんだが。
 下手な奴が入って返り討ち。精神病を患って入院なんて話しも数知れないくらいある。
 ハッカーの魔境。エンジニアの聖地。その他諸々の呼び名で知られる場所になってるぐらいだ。
 この世で揃わない物はあの場所にない、とまで言われる。俺もたまにお世話になってるんだが。
 売る方として、だけど。
「まっ、二人ともごゆっくりねー。あんまり邪魔しても悪いしー。あ、あとあんまり兎さんに迷惑かけるようなサボり方しちゃダメだからなー」
「あ、はい。それじゃあまた」
「夏雪をよろしくお願いします」
 夕菜、それ何か違う。
「おう。任される」
 法一さんも何かが違うだろうそれ。
 とりあえず、法一さんは颯爽とした姿で去っていった。虚無僧が去る姿は正直少しだけ格好良いと思ってしまった。
 ……夕日を背景にしてればそりゃ格好よくもなるか。
「面白い人だねー。柳・法一さんって」
「……まぁ、いいけど」
 誰だよ柳法一って。そんな怖い名前付けた親が居たら逆に凄いよ。面白い人だっていうのは、わかるけど。
「んじゃ気を取り直して何か見にいくか」
「うん。えへへー。夏雪と居ると退屈しないから好きだなぁ」
 嬉しい事言ってくれる。それなら、俺も心の底から楽しませてやろうじゃねぇか。