1.5章 起動・幻実

 チームの皆で使うチャットルームは特別製だ。普通の経路では到達できない場所に作られていて、入るためにはパスワードを必要となっている。
 パスは三百六十七桁。通常なら入れるはずはない。正面から入ろうとすると専用のツールでも使わないといけないと思う。
「まっ、穴から入ればいいんだけどっと」
 それなりの腕を持つハッカーなら入れるような穴をすぐ見つけ出してそこから入るのがこのチャット室の流儀。
 他人がもしも入ってこないように、とここを軍や警察、民間の警備会社に見つけられた際に少しでも逃げる時間を稼ぐために必要な処置。なんて名目だけどリーダーの趣味が大いに含まれていると思う。
 あの人は現実でも幻実でも真面目そうな顔して子供みたいな事するからなぁ。
「……んーと、まだ誰も……」
 見知ったアバターが居ないと黒い室内を見渡した所で、四角い物体を発見した。
 元から在る風景オブジェクトじゃないのは見ただけでわかる。ただのプログラムでもないのだということも、長年の勘で理解できる。
 だからその四角いのはアバターなのだろうけど。
 勝手に入ってきたにしてはあまりにも堂々とし過ぎている気がする。なら予測できるのは一人。
「……初めまして?」
 どうせだから部屋の内装を和室に変えながら挨拶をする。
 えーと。掛け軸と、急須にお茶、と。畳に衾。音楽は、和風の曲でもかけて、と。
「……どうも。初めまして」
 少年特有の中性的な声が聞こえた。
 合成音声にしてはどうにも特徴がありすぎる。声の口調も少年らしい。これが演技なのだとしたら舞台俳優とかになった方が才能を有意義に使えると思う。
「えーと。このチームでアタッカーをやっている"千日手"だ。皆からは像って呼ばれてるけど、俺としては千って呼んで欲しいな」
 最初はサウザンド・ワンとか付けようとしていたんだけど冷静に考えるとちょっと恥ずかしい事に気づいてよかったと思う。もうちょっとセンスの良い名前を思い浮かべる事が出来たら、とは思うけど。
「どうも。……ハルモニアです」
 調和、か。……センスが卓越している気がする。しょ、小学生にしては。悔し紛れなんかじゃない。うん。
「そのアバター自分で作ったのか?」
 見た目ただの四角にしか見えないんだけど。
 こう、あえて褒めようとすると黒い豆腐とか?
「はい。その、棺桶の形にしようとして、作る方は手をつけたことがなくて。今まで技術の、ハッキングの方だけを高めようとしてたんで、得意じゃないんですよ」
 小学生でそこらの知識を得ようした事がすでに普通じゃあないだろう。
何歳なのかわからないから上手く言えないが。
 ここに入れる、そしてリーダーに目を付けられる程の腕前だとするとグラフィック方面が苦手でも問題ないと思う。自分で何でもやれる方がいいに決まっているんだけど。
 言い様だけで分かった。うん。これは、小学生だ。
 自分の未熟な部分を認めたくないっていうのがその顕れだと思う。
「それじゃあ俺が何か作ろうか? 俺もそんなに上手い方じゃないけどな」
 教えるにしてもコツぐらいしかない上に、これはセンスだからなぁ。数をこなすしか手段がない。
「できるなら、その。お願いします」
 そういう所は素直でいいと思う。ここでひねくれた事を言うものならちょっと鉄拳的な教育とかしないといけないところだしね。
 個人的な趣味とかじゃなくて、チームワークを良くするために。という題目で。
「棺桶の形でいいか? 戦闘用のアバターがあるならそれも作るけど」
「あ、いえ。徐々に練習して自分でやります。こういうのは経験だってやっぱり思いますし」
 向上心があるのはいい事だと思う。小学生のうちから人に頼り過ぎると、後々で悪い結果を招きそうだしね。
 心配なのは、人に頼らなさすぎる事だけど。さっきの様子を見る限りは平気だろう。
「んじゃ、皆が来るまで作業してるな。グラフィックは大まかな部分は作るけどプログラム部分との兼ね合せは自分で頼む」
「はい。それくらいはできます」
 たまにグラフィックだけ大きくて、もしくは小さくて実際の挙動と合ってないのがあるからそこはきちんと言っておかないと。
 ふと気づいたけどこれじゃあ過保護な親みたいだ。小学生とはいっても彼はハッカーなのだから余計なお世話になりかねない。
 さて、作業に集中しよう。
「ういーす。って和室ってことは像か。っと、新人がいんじゃねーか。うっすー。俺様は"クラブのキング"ってんだ。よろしくな」
「像とキング早いね。新しい人は始めまして。私はスプリングラビット。よろしくね」
「うーっす。皆早いなー。んでー俺は法一ー。気軽にいっちゃんとか何でもいいぜー」
 気がついてログを見ると皆がいつの間にか来ていて、ハルモニアに挨拶をしていた。
 時間を見ると一時間近く経っている。案外没頭していたみたいだった。うーん。これは悪い癖、だなぁ。
 見渡すと擬似音声を使っての挨拶はとりあえず終わっているようで、ハルモニアと他の皆はそれなりに話していた。
 そういえばこのチームで肉声を使っているのはリーダーと法一と兎だけか。ハルモニアは会った時に肉声だってわかるのだろうけれど。
 特に理由もないのだろうけど、自分を全く隠していないようで羨ましいなぁ。自分で自分を隠しているからどうしようもないのだけれど。
「……ん? 皆早いな」
 最後に、とでもいうようにリーダーが欠伸をしながら部屋にやってきた。……まだ七時だっていうのに早い。
 何かあったのだろうか。
「リーダー、今日は早いのな」
 どうでもいいといえば、どうでもいい。けれど少し気になったから仕方ない。
 言えないならうまく隠してくれるだろうしね。
「ああ。仕事が早めに終わってな。……一応自己紹介はしておこうか。ストレイドックだ。これからよろしく頼む、ハルモニア」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
 互いに頭を下げて、自己紹介は終わったみたいだ。
「ハルモニア。はい、グラフィックデータ。作り終えたから明日にでも組み込むといいよ」
 データ自体に圧縮かけてそのままハルモニアに渡す。圧縮方法は適当。冷蔵庫の中に入れて圧縮するっていう表現を使っているけど、これが中々楽しい。
「ありがとうございます。それじゃあ五分で終わらせます」
 もらったデータを普通に解凍して、ハルモニアが黙った。……うーん。五分は難しいと思うのだけど。
「んじゃ、作業してる間にどこ行くよリーダー。シャングリラにそろそろマジで挑むか?」
 キングがリーダーに問いかける。口調はどこか挑発的だ。
 この間からシャングリラの話はよく出るけどリーダーは準備が整っていないとだけ答えるからキングは不満が溜まっているのかもしれない。
 まっ、キングは伊達に破壊王って自称しているわけじゃないから気持ちは解るのだけどね。噂が噂だから、下手に深く突っ込むのは危険だと思う。
「いや。まだだな。ハルモニアとの連携をよくするためにも、今日は、そうだな。人口無能を搭載した防衛システムある場所に挑んでみようと思う。今の状態で挑んでもチームワークがばらばらになるだけだろうしな」
 苦い顔でキングが押し黙るけど、こっちはリーダーに賛成だ。
 他の皆はどうだろう。
「私もまだだと思う。噂半分だとしても危険な事には変わりないし」
「俺は皆に任せるぜー」
 兎はリーダーの意見に賛成で、法一はいつも通りに中立。
 ならこれで三対一対一。
「……作業終了です。えーと、シャングリラってなんですか?」
 さっき作ってあげた棺桶のグラフィックになったハルモニアが疑問の声を上げる。
「うぉ。早いな。いや、まぁリーダーに見込まれるんだからこれぐらいは出来て当然か」
「余りそいつを見くびらないほうがいいぞ」
 確かに。リーダーに誘われる程なのだし。……こっちは出来ないからなぁ。そこまで高速で組み込むことは。
「あー。うん。とりあえず、ハルモニアは知らないっけ」
 これは色々なチームの間でだけ流れている噂話的なものだし。一人でやっていてこの話を聞く機会は滅多にないと思う。あえて聞くなら掲示板だけれど、あそこにハルモニアが一人で行くのは少し早い。
「リーダー、説明任せる」
「像、お前はもう少し説明を覚えた方が良いぞ」
 説教は聞く気がありません。
「はぁ。ハルモニア。幻実世界に囚われるって噂は聞いた事がないか?」
「一応、学校でも噂話とかであります」
 へぇ。最近の小学校じゃそこらの噂が流れるんだ。怪談みたいな話だしなぁ。
 実際は怪談なんて生易しいものじゃないけど。
「それなら話は早い。幻実世界じゃ五感が潜り込めるわけだ。現実の方に接触がなければ、俺たちは幻実世界を現実のように感じられる。ならもしも幻実世界で死んだ場合は?  いやそこまでいかなくても、幻実世界に五感だけが囚われた場合はどうなると思う?」
 ちなみに皆はリーダーの真面目な説明も聞かずに好きな事ばかりしている。これだからチームワークとか培う事ができないって言われているの、わかっているかなぁ。
「えーと、現実世界に戻れなくなる?」
「正解だ。何でもどこかの研究機関が現実世界から抜け出すための方法の実験としてそれを行っているやら」
 例を出そうとしたリーダーの後に兎と法一が突然口を開いた。
「魔術団体が神様に近づくために、精神体として人間を進化させようだとか」
「色々な噂話が流れてるんだぜー」
「あっ、てめぇら俺様が最後締めようとしたのにとりやがったな!」
 こんな所で無駄なチームワークを発揮しなくても……。まぁチームワークに乗り遅れたキングがちょっと五月蝿いけど。
「はいはい。キング落ち着けって。とまぁ、リーダーと兎が言ったその場所が、シャングリラって事だ。噂話だから話半分で聞くといいんだけどな。俺もそんなに信じてないし」
 もちろんその無駄なチームワークには乗るんだけどね。
「入ったら、抜け出せなくなる場所がシャングリラって事ですか?」
 おや理解が早い。それに的を射た表現だ。
「そう。シャングリラに入った者は、一人も還ってきていない。これも噂だがどこかのチームが潜って一人からの通信が途絶えたらしい。 リアルでも知り合いの奴がそいつの家に行ったら、入った奴が原因不明の昏睡状態で倒れていた、という話も聞いたことがあるぐらいだ」
 ちなみにこれは、限りなく本当に近い噂だ。そのチームは、原因を探るために全員がシャングリラに入って戻っていないから本人たちの口からはもう聞くことのできない情報だけど、その話を聞いた情報屋が検証したので間違いはない。
「怖いですね」
 感心したような、けれど現実感のない声でハルモニアは頷く。
 信じていないのかもしれないし、信じているのかもしれない。ただ、口調に混ざる感情から見ると挑戦したいという気持ちが見えている。
 うーん。ハルモニアとキングが似ているのか、それともキングが子供っぽいだけなのか。
 微妙な所だなぁ。
「ああ、怖ぇぜぇ。でも挑戦したいと思うよな? 棺桶」
「……棺桶って誰ですか」
「おめぇだ」
「……。まぁ、同意します」
 姿をまんま言っているだけだ。でもハルモニアより呼びやすいから今度からそう呼ぼう。
 そういえば像や犬や兎もキングが言い出したんだよなぁ。人にあだ名付ける人って身近に一人は居るんだよねぇ。
「とはいっても、シャングリラに挑むのはもう少し先にしようと思う。ハルモニア……棺桶もチーム戦になれてないしな。何箇所かで腕試しをしてからでも十分間に合うだろう?」
 攻略されたとしたらまた別のところに行けばいいし。
 けれど、行く気がないわけじゃ、ない。
「難易度の高いところは俺も行きたいから段階を踏んでいこうぜ。君子危うきに近寄らず。俺らは君子じゃないから近づくけど、備えあれば憂いなしって言うしな」
 興味のある所に行かないなんて、そんな事はしない。早いか遅いかの違いってだけだし。
「あぁ? だってよー。最近つまらねぇし難易度の高いところいこうぜ?」
「むぅ」
 二人とも不満そうだなぁ。でも、こればかりは譲らないし、リーダーも譲らないだろう。
 この二人が単独で行く可能性はあるけど、その時はその時だ。
 棺桶はどうだか知らないけれどキングは理解していると思う。
「……畜生! てめぇら覚えてやがれ!」
 誰も答えなかったからかキングが逃げ出した。
 風が噴くエフェクトまでおまけでつけるというサービス込みだ。おまけに桶も転がっている。
 ……理解、しているのかなぁ。
「落ちるのはいいが三十分後には戻ってこいよ」
 部屋から出る前に言ったから確実にログか何かには残っているだろう。たまに子供っぽいって言うか。女々しいっていうか。
 そういう所あるからなぁ。あいつ。
「えーと。キングさんって、ぼくよりも年上ですよね?」
 おっと。確かにあれだけ見るとキングは子供っぽいのは全く否定しないけれど。
「棺桶。一応あれでもキングは大人だ。と、思う。多分。毎回あんな事やってるような気がするし反省とかしないし無意味に自信過剰だし夢みる乙女みたいな事を言うけどな。やる時にはやるし、言う事はいう奴だ。と思いたい」
「アイツもわかってやってる事だろう」
 言葉にリーダーがフォローしてきた。流石に、棺桶にアレだけ見て舐められるのも可哀想だと思ったのだろう。
 そりゃ誰だって思う。
「ことハッキングに関しては、私たちの中でもキングは一番だよハルモニア君。だからこそ最も危険で腕を必要とする侵略者ヴァンダルなんてやってもらってるんだしね」
 兎が真面目な口調でプログラムを書く片手間に言った。
 幻実世界になってからは、特にそこらは顕著なんだよなぁ。
 基本的に多くのハッカーは攻撃者アタッカーだ。防衛プログラムの裏をかいて、道を自分で作って、またはなりすまして、情報を盗んで行く。
 その方が自身のアバターが破壊される可能性が低い。そして逃げやすい。
 更に言ってしまえば、アバターが破壊されて精神に多大な傷を負う者だって存在する。精神をアバターと一体化させているような物だから、痛覚だってあるんだし。
 それを受けるヴァンダルなんて大抵の人が忌避する役どころだ。
「キングさん、ヴァンダルだったんですか?」
「ああ。それで棺桶には……フリーカーとしては私か法一が居る事だし像と一緒にアタッカーをやってもらおうと思う」
「俺とキングと棺桶が攻撃で、リーダーと法一が補助でやるのか。久しぶりだな」
 相手の信号を妨害する役目がフリーカー。元は電話回線に精通した人たちがそう呼ばれていたらしいけれど。
 今は主に相手の通信機能の妨害を行う人がそう呼ばれている。ちなみに自分で全てを平均以上に出来るのが神に近い者ウィザード
「兎さんは参加しないんですか?」
 あー。そう言われると疑問に思うのもわかるなぁ。
「私はパス。作りたいものがあるの。それに、私よりも格上のフリーカーが居るんだもの。数だけ居ても無意味でしょ?」
 そういうわけだ。基本的には兎がフリーカーをやるんだけれど、念を入れておくところだと法一になる。フリーカーとしては兎よりも法一の方が数段上だし。
「……キングは将来なんか恥ずかしい二つ名とか付けられるような気がするな」
 例えば、破壊神とか。
「付けられそうな二つ名か……。スペルヴィア、あたりか」
 ……なんか自分のセンスに自信がもてなくなってきた。最初からないのかもしれないけれど。
「傲慢ってよりは憤怒の方が似合ってそうな気はしますけど」
 スペルヴィアって傲慢って意味なんだ。自分の語学能力の無さが悲しくなってくる。小学生に負けるのは流石に落ち込むなぁ。
「……あー。俺も参加するんすかー? 久しぶりだー。……上手くやれるかどうかわからないけどミスしたらよろしくなー」
 法一が面倒くさそうに言う。確かに最近参加しないでハード面ばかりやっていたけれど。
 昔、耳鳥と呼ばれた頃の法一を知っている一人としては悪い冗談以外の何者にも聞こえない言葉だ。
「前みたいに頼む」
 リーダーが心配も毛ほどにも見せずにいうと、法一は苦笑交じりの声を上げて笑う。
 棺桶はどうしてそんな風に笑うのか理解していないようだけど、これはチームの皆ならどうしてもそうなってしまう。
「昔な。法一は一人で色々やってたんだが」
「像さん像さん。あんま人の恥ずかしい過去話さない方がいいと思うぜー?」
 焦ったような声で止められた。うーん。流石に黒歴史とも呼べるような悪行は人に話して欲しくないのか。話そうとした自分が言ってもおかしい話しだけど。
 普通のハッカーならこれで多いに自慢をして貰いたいと思うはずなのだけれど。
 純粋なハッカーとして、法一はもう枯れているのかもしれない。とふと思う。
 実際はわかるわけがないけれど。
「さて。作戦なんて物は立てる必要がないだろうが。像、棺桶は撤退時のログにだけ気をつけてくれればいい。キングは勝手にどうにかしてくれるだろうからな」
 問題がそこだけなのはよくわかっている。帰りに十八ぐらいどこぞを経由すれば見つかる可能性は皆無だろう。
 うーん。アメリカ、フランス、イギリス、日本の千葉滋賀佐賀と、北海道に沖縄あたりにいって、最後にイギリスをもう一度経由して帰ってくればいいかな。
 イギリスまで相手側が辿り着いて諦めるならそれでよし。その先を追われても、こっちのツールを使えば上手く誤魔化せるだろうし。
 ……やっぱりキングのログ消しは欲しくなる。
「俺もログを消すもの作るかなぁ」
「あれは難しいわ。私も作ろうとしたけどどうしても不具合が出ちゃうもの」
 兎ですらダメならキングは超級のプラグラマになるはずなのだけれど。
 もしかすると奇跡のプログラムなのかもしれない。他にある可能性なんて数年つぎ込んで作ったぐらいしか考えられないし。
 あのキングにそんな忍耐力があるわけがない。と言い切れないのが怖い。
「そろそろキングも戻ってくるだろうから準備を終わらせておけよ。棺桶も、チームプレイを学ぶいい機会だろう?」
「はい。出来るだけ、頑張ります」
 不安要素といえば棺桶のアバターにある戦闘能力。
 基本は幻実世界が出来る前と変わらないから、そこまで心配することじゃないと思いたい。もっと時代が先に進み、ハッカー全体の技術が変われば幻実で格闘みたいな事にもなるのだろうなぁ。
 もちろん今でも徐々に徐々に変わってきてはいるけれど。
 ウィルスがプログラムに直接当てるタイプと自動で徘徊させる物にわかれた、とか。
 細かいような変化だけれどもね。
「うっし。んじゃ行こうぜ! どこ行くのか知らねぇけどよ、俺様にかかったら最後ってところ見せてやんよ」
 キングが意気揚々と帰ってきたけれど何か良い事でもあったのだろうか。
 ……どうでもいいか。きちんとやる事さえやってくれるなら、というかやる事はやってくれるだろうし。
「場所は、景気付けだ。今政権をとってる党でも狙ってみようじゃないか。この国が面白い事になるぞ?」
 犬さん絶対今の党嫌いだろう。まぁ、こっちも好きじゃないから大賛成。
 ブロックも厚いだろうし金持ちなんだから人工知能どころじゃなくて、最近作られた警備会社ぐらいは用意しているだろうし。
 ……でも老人ってそういうのに疎いからなぁ。
「面白い防備でもあるといいですね。……大人になる頃には政権変わってるといいんですが」
「それはあんま期待できねぇよ。この国だしな」
「俺が言えた義理ではないが同意できるな」
「私はー、少し期待したいなぁ」
「まっ。成るようになるだろー」
 さぁて。楽しい楽しい迷惑行為の始まりといこう。

「キング、そっち平気?」
『問題ねぇ。つーか、何も雇ってねぇとか巫山戯てんな。幻実を甘く見すぎじゃね?』
 国の機密に関わる部分には何かしらの特別集団がいるとは聞いているからいいか。
 優しい若者は心配にもなるけど。憂える人と書いて優しい。うん。名言だなぁ。
「千さん。こんなんでいいんですかね? 僕まだ何もしてないんですが」
「こんなもんだろ。チームだしな。向こうが派手にやってくれる分、こっちはやりやすい」
 チームとして動くアタッカーの極意は向こうに苦労を押し付けてこっちは慎ましく情報を掠め取るものだ。
 苦労というかガチバトルが好きなキングが居るからこそ出来る事だけどね。
『もっと男らしく俺に向かってこいやぁ! 糞野郎どもぉ!』
「……千さん。あの人無茶言ってますよ」
「気にしない気にしない。いつもの事だって」
 今日はいつにもまして楽だ。法一が動いているから情報に関しては今この区域は完全隔離されているし。犬さんも暇そうにしているのが通信越しでも見て取れる。
「千さん、そこに設置型ウィルスがあります」
「っと。本当だ。棺桶、お前すごいね」
 アバターに取り付けるタイプの対抗プログラムがあった。
 初歩的だし踏んでも即座に改竄プログラムは動作しただろうけれど、踏まないに越したことはない。
「……あ、僕のアバターは情報の綻びを感じ取るようにしてあるんで。ああいう隠す系統の物を見つけるのは得意なんです」
 成程。単体でやるならそういう物を作るのもありだったか。
「注意力とかを補うために組んだのか?」
「はい。腕が上がって慣れさえすれば、これをベースしてもっと改造してみようと思います。それに初心は大事ですから」
 いい心がけだ。熟練のハッカーだって初歩的なミスが命取りになることも少なくない。
 慣れから来る注意力の欠如程、ハッカーにとって怖い事はない。元々が割に合わない趣味なのだし、趣味で捕まってしまえばそれこそ目も当てられない獄中生活が始まる。
「頑張れ少年。俺みたいな、とは言わないけど犬さんみたいないいプログラマには成れるんじゃないか? あの人、プログラムの方はかなりの腕前だぞ。兎には及ばないまでもな」
 いいハッカーに成れるとは確証できないのが今のこの幻実。
 まだまだハッカーも一般人も手探りみたいなものだしね。
「はい、努力します。っと。ここですかね。すんなり辿り着けましたけど」
「ここだな。すんなり辿り着けない方が怖い」
 上手く行っている証だろう。
『像。あと三分で奪えるだけ奪え。法一のプログラムが限界時間だ。これ以上は無理らしい』
 ……それ程上手くいっているわけじゃ、ないかなぁ。
 ここまで来るのに遊びすぎたかもしれない。ちょっと本気出していこう。
「じゃあ僕は」
「大丈夫。これぐらいの情報量なら、一分も掛からない」
 人に見せたくないけど、最速最高の情報盗みの腕、見せてあげよう。後進の教育と思えばそれなりに平気。な気分になれる。
 アバターの腕が動く度にここにあるプログラムを全てそのまま無圧縮で手に入れていく。
 全部を一時フォルダに入れて十秒。さぁここからが真価の発揮だ。
 アバターの前に本が出てきて、その本の中に腕を全て突っ込ませる。突っ込んだ先から確実に無意味とわかるファイルを順々に削除。元データは残しておくこの優しさ。下手なハッカーだったら書庫事全部パーにしている所だ。
 本の中で選別作業が終わりここまでで四十秒。更にもう一段階。
 本を完全に閉じる。これで完全圧縮完了。圧縮後は元の十分の一。うん。絶好調。
 これで全五十五秒。一分かからなかったのは本当だし、いいはず。
「すごい」
「感心してる場合じゃないぜ、棺桶くん。それじゃさっさと行くぞ」
「あ、はい」
 窃盗を働く仏像を想像するといつもシュールだと思う。盗む相手が悪人でそれを仏罰だと言えればいいのだけれど。
 趣味だからなぁ。いつか仏罰が降るかもしれない。
『後何分で出れる?』
「あと、一分。キングは?」
『もう撤退し始めだっつーの! お前らが外に出たら速攻でとんずらこくからな!』
「キングさんって案外すごいんですね」
『喧嘩売ってんのか棺桶!』
 子供に何言っているのだろうキングは。さて、後は色々な場所を経由して帰るだけだ。
 今日もそれなりに楽しかったけれど。
 少しはキングの気持ちもわかる気がする。この程度をやるなら、シャングリラに挑戦してみたいと思うのも。
 思うだけ、にしておこう。今は。もっと厳しい所だってあるかもしれないし。
「……これならシャングリラって所にもいけるんじゃないですか?」
「さぁ、な」
 そこまで思考の飛躍を出来る程に舐めてはいけないけれど。
「何事も一歩一歩だろ。次こそは対人戦が出来ると楽しいんだけどな」
 ハッカー同士で争う事はないし警備会社でも二十四時間なんて所はない。隙間を縫うようにやればどこだって忍び込み、攻略する事が出来るのだろうからキングと棺桶の言葉は頷ける。
 きっと保守的になるのはこっちの性格なのだろう。何にせよ犬さんの許可は必要だから犬さんがやると決めなければチームでは動けないわけだしね。