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1章 起動・現実

「……あー。眠い」
 時計を見ると八時七分。あと二十分ぐらいは余裕がある。すぐに用意すれば高校まで余裕で間に合う時間だ。しかし、流石にもう十一月だけあって寒い。
 朝飯は作るのも面倒くさいしな。今日はいいか。昼飯は購買でパンでも買って食おう。
 両親が居ない生活にはもう慣れたけどやっぱり面倒くさい。何より飯を自分で作らないといけないのが特に。
「んー。まぁ、いいや」
 着替えながらだらだらと昨日の事を思い返す。
 最高クラスの防衛システムを破壊し、突破し、守られた先にある中身を完全に知り尽くす事ができた。
 一番顕著な動きは金の動きだった。
 どう見ても不審な名目の経費がおよそ数百。一つ一つは数千円から数万円と少ないけれど累計してみると簡単に一千万に到達する程の額。これを見て何かがあると思わない方がおかしい。
 今の時代、現実にあり幻実にない物なんて滅多に存在せず。だからこそ簡単に調べることができる。
 結果は当たり前のように横領。理由はわからないし、知る機会は情報配信サイトなどであるだろう。まぁ横領という名目の何かという可能性もあるけれど。
 用途は大体見当が付く。だから皆と一緒にいったんだけどな。
 金の動きがわかったと同時に俺らは関係者各位にメールを送らせてもらった。
 それはもう、様々な関係者様に。
 昨日のうちか、今日には警察が動き報道の人間も動くだろう。
 それが元で起こる騒動が、楽しみでならない。
「あ、そいや法一さんに後でメールしないとなぁ。兎さんにも連絡必要だし。面倒くせぇな」
 とはいっても、これは必要な事だ。目的が同じなら連絡を取り合う必要だって存在するしな。
「夏雪、おはようー」
 着替えて、メールの確認をしたと同時に、後ろからいきなり声がかかった。
 大きな眼鏡をかけて三つ編み。まるで一昔前にいたかのような学級委員を絵に描いたような少女。
 俺と同い年で幼なじみの夏野・夕菜。
「あー。おう。おはよう、夕菜。入るときはノックぐらいしろよ。……今更か」
 外見は凛々しいというか、厳しそうなんだが中身は天然と言える程のボケ人間。
 幻実でもそれを反映するかのようタレ目の猫をアバターにしている。まぁ旧型なんだけど。
「……今日も眠そうだな」
「んー。夏雪は元気だねぇ」
 初対面の人間なら機嫌悪いように見える顔で夕菜はへらっと笑った。
 俺は着替える前に幻実につなぐためのピアス型の機械を耳に付ける。夕菜は一応のように旧型のリングを腕に付けているんだが。もう少しいいのを付けてもいい気がする。
「まぁな。朝飯どした? もう家で食ってきたのか?」
 制服の上着に手を通して、鞄を持ってドアの外に出る。夕菜は当たり前のように一歩下がって俺を前にする。
「うんー。それでお母さんが夏雪に朝ごはんのパンとお昼のお弁当だって。一人だと朝ごはん絶対に食べないからーって」
 ゆっくりとした耳に通り易い声で言われて苦笑を浮かべるしかない。
 流石おばさんだ。よくわかってるじゃん。
「あと、お仏壇の御水とか取り替えてきなーって。それ終わったら学校行こうかー。遅刻しちゃうし」
 廊下をすぐに曲がって夕菜が居間に入る。
 居間には、仏壇と二つの遺影。五年前に死んだ両親の遺影が飾ってある。
「流石にそれぐらいはやってるって」
 笑い、一応水は取り替える。
 何か言われても面倒くさいしお世話になっている人の忠告ぐらいは聞くのが俺だ。
 三年前くらいはもうちょっと素直じゃなかったけど。中学の知り合いが今の俺を見たら驚きそうだ。
「あははー。だよねぇ。あっ、お母さんがお金以外で何かあったら言いなー、だってー。あはは。これ言うのもう十八回目だよー」
「金は親父の遺産とか、自分で稼いだりしてるから問題ないって言っておいて。でも飯はご馳走になりたい。作るの大変だしな」
「りょーかいー」
「それじゃあもう時間だし行くか」
 欠伸をしながら外に出る。坂の上に学校はあるので十分も掛かることなく学校についてしまう。個人的にはもう少し、何かを考える時間とか欲しいんだけどな。
 幻実から離れるのも少し楽しいし。
「夏雪、鍵は?」
「ん? あぁ。お前持っててくれよ」
 鍵を受け取ることなく渡したままにしておく。どうせ帰りは夕菜の家に寄っていくんだ。俺が持ってるより安全だろう。
 学校行くと確実に物が一つは無くなるし。大した物じゃないのが救いだ。
 いじめとかじゃなくて単純に俺が悪いというのが性質悪い。
 現実って奴はこれだから。まぁ幻実でもなくしものとかは発生するんだが。
「うんいいよー。そういえばニュース見た? なんかネットドロボウが出たんだってー。一つは色々な個人情報盗まれちゃってー、一つは脱税がばれたってことらしいよー。凄いよねぇ。他にも人口知能? の開発がどうたらとか」
 早速ニュースになっていたようだ。世間を騒がせる。ハッカーにとってこれ以上の醍醐味は存在しないんだろう。最後のニュースは関係ねぇけど。まぁそれもそれで今後何かの役に立つだろうから憶えておこう。
「しかもどっちも最新のせきゅりてぃしすてむっていうのを使ってたのにだって。凄いよねー」
「まぁ、暇人がいるよな」
 俺みたいな奴が。
 企業とか学校にとっちゃ迷惑極まりない話だろうさ。最近はハッカーをどうにかするために警備会社を使ってる企業も増えてきたって聞くな。
 とはいっても並みの会社じゃ、俺らのチームでの突破を阻止できない。
手軽な人工無能を使っても普通なら軍用か超一流企業でもない限り突破されるのは目に見えて明らかだ。
 完全に備えるなら警察か軍、民間の傭兵や警備会社にでも頼む必要が出てくる。けれど警備の質を考えれば一流にでも頼むかしないと完全とは言い難い。
「ネットとか苦手だからわからないけど、夏雪はやり方とか知ってそうだよね?」
 笑いながら、尊敬するような瞳で見られても困る。ばれるわけにはいかないから嘘を吐かなきゃいけないんだ。それが少しだけ心苦しい。
 とりあえず適当なことを言っておくことにした。
「買いかぶりすぎだ。俺なんてエロ画像探したりとかしかできねーよ」
「……えっちなのは駄目だよー……」
 ジト目で口を尖らす姿は不覚にも心を動かされた。可愛いな、こいつ。
 
「えー。というわけで、二千十五年。この年にネットの世界は飛躍的な進化を遂げたわけである。日本では幻実と呼ばれているわけだ」
 歴史の教師が教卓の前で本に載っている内容を朗読している。いくら時代が進化してもアナログなところはアナログ。業者との兼ね合いと経済をまわすために教科書等の物は少なくなりつつも未だ存在しているんだよな。
「ネットと幻実の違いは大きい。ネットは視覚のみだったのが、幻実は五感の全てを使うことが出来る。逆に言ってしまうと、幻実に漬かり過ぎて現実に戻れない事態が発生する可能性もあるというわけである」
 とはいっても現実に存在する本とかを否定するわけじゃない。幻実では手触りや匂いを再現できても、本物には敵わない。
 なんて言ってしまうのは俺が書物マニアだからなんだけれど。
まぁその趣味に走ったのは命を助けてもらったって言っても過言じゃない恩人のせいなんだが、文句のひとつも言ってやりたい趣味だ。
 書物って案外高いし。
「便利になった点は現実でどこにいようと幻実で出会えるようになった事である。回線も高速化されているし研究者は幻実で作られた圧縮空間で研究に没頭するという事も可能になったわけだ。この技術のおかげで科学は日進月歩で進んでいるというわけだな」
 意味のない事に意味を見出すのが俺のような趣味人の条件だと思う。
 だからつい色々なグラフィックを弄って遊んだり、クラスメイト相手に軽い商売のようなことができるんだろう。
 趣味と実益を兼ねていると思うと、少し面白い。
「これのおかげで、戦争というのは表面上存在しなくなった。だが変わりに電子戦争という事態が起きる結果にもなったわけだ。電子戦争は互いの国の様々な場所に影響を与えてしまう。小さいところを言えば、知っての通り最近の時計は幻実とリンクしていて時間を計っているから狂うことになる。大きく言ってしまうと交通網や病院の設備に多大な影響を与えることが証明された。ハッカーという存在はある意味その電子戦争の小規模再現者とも言えるというわけである」
 弄るだけで稼げる金額はたかがしれているので知り合いのツテで仕事を紹介してもらっているけれど。
 将来は俺も何かしらの職業につかないといけないんだろう。
 給料がいいのは民間の防衛会社や、軍。技術さえあればプログラマも、と言ったところか。
 でもそこらに就職すると下手に幻実で遊べなくなるのが、辛い。
 とはいっても目的を達成するまではそこらの企業に入る気はないけど。
「そろそろ時間か。次は『幻実戦争』についてをやる。これは君たちも実害を被った戦争なので思うところもあるだろう。今日はここで終わりにする。以上だ」
 教師の言葉と同時に電子音の鐘がなって四時間目の授業は終わった。よし、これで昼飯だ。
「おい扇、俺のアバターのグラフィック作ってくれね?」
「夏雪ー。この間頼んだ物作ったか?」
 何人かのクラスメイトが俺の近くによってきた。俺は飯食いたいんだよ。ていうか後ろの奴は朝に聞けよ。
「いいんだけど、五百円だぞ。あとこの間頼まれたのはもうメールに添付してあるから家帰ってから確かめろ」
 アバターの容量は大きい。というのもアバターそれ自体がOSとしての役割を果たしているからなんだが。
 俺の物でさえアバターと数十Gしかいれられないぐらいだ。市販品程度じゃあ数Gの余りしか残らないだろう。
 まぁ一般人はそれでも十分なんだろうけど。
「夏雪ー。ご飯食べよう?」
 いつの間にか夕菜が俺の前の机に立ってお弁当を二つ掲げていた。そういえば朝に貰い忘れてたな。
「ああ、いいぞ。……なんだよ」
 傍に居たクラスメイトがにやにやした顔で俺を見ている。なんだ。幼馴染と一緒に食べるのがそんなに変なことなのか。
 もしくは俺と夕菜が付き合ってるとでも思っているのだろうか。
 正直夕菜は可愛いからそういう勘違いも悪くは思えない。実際、付き合う気はないんだが。
 長く一緒に居ると家族のように思えてくるから不思議だ。
「次の授業は戦争なんだね。夏雪、大丈夫?」
「……まっ、別に。流石に五年経つしな」
 五年も経てば色々な気持ちはどうにかなる。落ち着いたり、煮詰まったり、後悔したり。
 それでも当時に比べればずいぶんと収まっていると思うけど。
「……うん。あ、今日久しぶりにどこか行かない?」
「あー。いや。ごめん。今日は、行くところあるから」
 それに仕事もあるし、幻実でやる事も溜まってる。
「残念ー。じゃあ今度一緒にどこか行こうねー」
「ああ。金に余裕あったら奢ってやるよ」
 生活費とか法一さんに頼んだ物を考えると次に金が入らないと余裕がない。そろそろ金は支払われるはずなんだが。
「別にそれはいいよー」
「遠慮すんな」
 いつもの現実。そして、学校さえ終わればいつもの幻実が待っている。
 やる事がてんこ盛りの幻実は、張り合いがある。
「まっ、今度だけどな」
 互いに笑いながら、そう締めくくった。
 ちなみに昼飯は結構美味かった。おばさんが作る味とは違うから夕菜が作ったんだろう。
 秘密にするなんて、ちょっと可愛いところあるなぁ。